第12話 犯罪奴隷引き取り不可
「む、無茶言わないでくださいよ!」
「やっぱりな……」
次の町へついて捕らえた盗賊たちを引き渡そうとしたところで問題が発生した。
人口2、3000人の小さな町。そこで400人以上の盗賊を引き取るなど無理があった。
次の町の規模を知っていた騎士は、引き取ってもらえないだろうというのを事前に予想していた。
「……ちょっと、どうするの?」
傍で俺の護衛としていてくれるアイラが小声で尋ねてくる。
正直言って考えていなかった。次の町へ行った時に引き渡せばいいや、ぐらいの考えでしかいなかった。
『だから、私は全員の生け捕りには反対したのです』
屋敷でディオンと遊んでいるアルフを見守っているメリッサから注意される。
メリッサは事前に分かっていたので反対はしていた。
だからこそ、その時には訳の分からなかった案を提示してくれている。
「仕方ありません。何人か必要としている人数だけを売り払って残りは王都まで連れて行きましょう」
「いや、そんなことをしている時間は……」
「この馬車の移動速度は見ましたよね。ここへ来るまでの間、普通の場所と変わらない速度で移動していましたよ。迷惑は掛けません。俺の責任で連れて行きます」
「……分かった。どの道、あのまま放置もできなかったのは事実だ。問題にならない、というのなら同行を許可しよう」
よし!
これで途中の立ち寄った町で数を減らしながら王都まで行くことができる。今の王都は復興中だし、安い賃金で使うことのできる労働力なら快く受け入れてくれるはずだ。
メリッサの提示した案のまま進める。
門番と交渉していると一人の商人がやって来る。かなりの長身、それに鍛え上げられた肉体をしている。
「あなたは?」
「この先にある町で奴隷商を営んでいる者です。今日は、別の商品を受け取ってから立ち寄ったのですが、町の噂を聞いて思わず飛び出してしまいました」
「こ、困りますよ……!」
奴隷商を名乗る男を追って一人の兵士が息を切らしながら到着した。
「彼は本物の奴隷商ですか?」
「そのとおりです。町の周囲に現れた盗賊を捕縛した後、奴隷として扱うことはあっても、我々に正当な価値を下すことなんてできません。なので、話を持ち掛けようとしたところ……」
既にこちらへ出向いた後で、急いで追ってきた、といったところだろう。
「では、好きな奴隷を選んで連れて行ってください。こちらも人数を減らせるなら買い叩くような値段でなければ安く売りますよ」
「それは助かる」
商談の方は奴隷商と進めることになった。
逃げ出すような奴隷はいない。荷車は内側から開けられるようにはなっていないし、何らかの方法で逃げ出したとしても目を光らせているシルビアかイリスに捕獲される。
「どのような人物がよろしいですか?」
奴隷商が町の騎士に尋ねる。
「そうですね。これから冬になりますし、色々な肉体作業を担ってくれる男性の奴隷が5人もいれば十分です」
「では、なるべく健康そうな方がいいですね」
「はい。その方向でお願……おや?」
騎士がある馬車の前で足を止める。
馬車の中にいた人物は俯いて顔を見せないようにしていた。
それでも、騎士には馬車の中にいる人物が誰なのか分かった。
「誰なのかと思えばダリアさんの所のサルマ君じゃないか」
「う、うるさい……!」
「それに友達連中も一緒にいるね」
同じ馬車にいた何人かがビクッと反応する。
「知り合い、ですか?」
「ああ。もう、何年も前の話になるが、この街にいるのが嫌になって王都へ出て行った連中だよ。立派になって帰って来るものだと思っていたけど、音信不通になったから死んだものだと思っていたんだけど……まさか、こんな形で再会することになるとは思わなかったよ」
不敵な笑みを浮かべる騎士。
とても古い知り合いに遭ったようには見えない。
「僕は君たちが出て行く前にいったよね。『王都で有名になるのは、君たちが思っているほど簡単な話じゃない』って」
「ああ、そうだったよ」
小さな声で反論する。
彼らも町の近くにいる魔物を狩って多少の強さはあった。けど、その程度の強さは大きな町へ行けば通用しない。冒険者になってDランクにまで登り詰めることには成功したが、それよりも先へ進むことができずにいた。
なかなか成功しない現状に仲間の一人が故郷へ帰ることを提案する。
しかし、その時の状況では帰ることができなかった。
冒険者として活動する為の金、日々の生活費、遊んでいるうちに騙されて作ってしまった借金。
それらがあるうちに拠点を変更する訳にはいかず、返済が滞るようだと冒険者ギルドから指名手配されてしまうこともあるらしい。
そのため、故郷へ帰ることができず王都で燻ぶりながら借金の利息と日々の僅かばかりの生活費を稼ぐ日々が続いていた。
「結局、普通に稼ぐだけだと返済が一向に終わらないから悪事に手を染めるようになったんだ」
一度、犯罪がバレてしまえば普通の生活は送れない。
最初の犯罪で失敗して身元がバレてしまった彼らは盗賊として生きていく以外の選択肢がなくなっていた。
「……彼らを解放してもらっていいですか?」
「こいつらでいいんですか?」
「ええ。同郷の者を放っておく訳にはいきません。何よりも帰りを待っている母親が悲しむことになります」
「まあ、こちらとしては引き取ってもらえるなら構いません」
馬車にいた5人が解放され、報酬―一人当たり金貨10枚―を受け取らせてもらう。
その後も奴隷商人が労働力になりそうな人物を選んでいく。
ただし、最初の5人以外は奴隷商人の営む商館へと連れて行かれることになる。そこで、まともな相手に買われればいいが、ほとんどの場合は過酷な労働環境へ放り込まれることになるのが犯罪奴隷の運命だ。
☆ ☆ ☆
「あ、おはようございます」
その日は町で一泊した一行。
俺は町の中にある宿を利用せずに馬車の中で休ませてもらった。誰かが、これだけの盗賊を見張っておく必要がある。しかし、こちらの都合で連れ回しているような状況なので見張りぐらいはこちらで負わせてもらった。
馬車から出るとちょうど二人組の騎士と遭遇した。
一人は兄で、騎士とはいえ下っ端の二人は朝の大変な時間から仕事をしなければならない。
「シルビアさんたちはどうした?」
「女性陣なら帰りましたよ」
「帰った!?」
もちろん屋敷にである。
「3人に見張りを任せたら疲れていたようなので戻って休むように言ったんですよ」
こういう時に【転移】があるのは本当に便利だ。
「まさか、彼女たちにだけ任せていたのか?」
兄が鋭い目を俺へ向けてくる。
俺の姿を見れば寝起きなのは分かる。女性に過酷な夜の見張りを任せて自分だけ休んでいた。
「俺は昼間の担当ですから、夜の間は寝かせてもらっただけですよ。良ければ兄さんも屋敷へ戻りますか? アリアンナさんのことが心配でしょう」
ちょっと顔を見せに行くだけなら大丈夫だろう。
「いや、長期の任務で家族の傍を離れるのは騎士にとって当たり前のこと。俺だけがそんなことをすれば同僚から恨まれることになる」
さすがに兄以外の騎士を連れて戻るつもりはない。
「とりあえず朝食にしますか」
簡単に食べられるサンドイッチを【道具箱】から取り出す。片手に持って簡単に食べられる食事だが、シルビアが丹精込めて作ってくれたため栄養を考えて様々な具材が挟まっている。
「……ん?」
羨ましそうな視線を感じて振り向けば兄たちが見ていた。
「よければ食べますか?」
「いいのか?」
「たくさんありますから少しぐらいは大丈夫ですよ」
保存が効くため、その気になれば年単位で困らないだけの量がある。
兄たち二人の騎士と歩きながら馬車のある場所を見回る。これだけの数を連れて町の中へ入る許可が下りなかったため町の外で待機させてもらっていた。鱗馬には上質な飼い葉を与え、盗賊の食事については残飯を与えている。
「あれ……?」
同僚の騎士が何かに気付いて足を止めた。
「どうしました?」
「……馬車の数が増えていないか?」
たしかに馬車の数は昨日、町へ着いた時よりも増えている。
「こっちですよ」
案内した場所には増えた3台の馬車があった。
「え……」
「……頭が痛くなってきた」
馬車の中で捕らえられている人物の姿を見た瞬間に同僚の騎士が言葉を失くし、兄も頭を抱えていた。
「夜の内に捕らえられた盗賊を逃がそうと襲撃があったみたいなので捕らえておきました」
近辺にいる盗賊は全て捕縛している。
馬車の中にいたのは騎士甲冑に身を包んだ騎士だ。
「全員、証言をした後に家族の元へ帰るのと引き替えに自分たちが何をしていたのか証言してくれると約束してくれました」