第8話 指輪の行方―後―
ガエリオさんの店では酒や調味料を扱っている。
ただし、店に置かれている酒は安物ではない。アリスターには昔からある酒蔵や販売店がいくつもある。アリスターで生産されている酒は、昔馴染みの店へ優先的に卸されている。そのため新規に参入するのは難しい。
そこで、ガエリオさんは遠方から辺境まで特殊な酒を取り寄せることで店の特色を出した。
結果は上々。
店の売り上げは伸び、メリッサを呼べるだけの余裕が出た。
そんな手段を取ることができるのも貴族時代の伝手があったからだ。間に業者を挟まず、自分から赴いて交渉する。自らの行動で費用を抑えていた。
そのため、長距離を移動して商品を運んでもらう必要がある。
商品を運ぶ業者も信用できる人物に頼んでいるため持ち逃げされるような心配もしていなかった。
「護衛は付けていたはずだ」
今回もCランクの冒険者パーティに護衛を頼んでいた。
「ええ、信頼のできる人物です。ですが、少数精鋭のパーティで3人だけだったのが災いしました。敵は百人近い規模の盗賊だそうです」
「なっ……」
商品の護衛を頼まれた冒険者は、必死に戦ったものの多勢に無勢。しかも、盗賊とは思えないほど戦い慣れていて数を頼りに冒険者が消耗するのを待っていた。
不利を悟った冒険者は、馬車の荷台を捨て置き、馬に御者と商人を乗せて逃げることにした。
盗賊と思われる人物も商品が手に入れば興味を失くしてしまったのか無駄に追い掛けてくることもなかった。
「命からがら逃げてアリスターまで報告に訪れたのが今朝の話です」
報告を聞いたメリッサは依頼完了のサインをした。
「さすがに、そのような敵を相手に馬車を守り切れとは言えません。負傷もしていたので少しばかり色をつけて報酬を渡しておきました」
「いや、それは構わない」
そういったフォローを忘れてしまうと信用を失うことになる。
ガエリオさんの商売は信用を第一に行っている。今さら頓挫させる訳にはいかない。
「その後、私の方で対処することにしました」
盗賊に襲われた詳しい場所を聞いて移動する。
メリッサには【空間魔法】があるため、襲われた場所から馬車で1日ほど移動する必要のあるシーリングの近くだったとしても自分だけなら一瞬で移動することができる。
「少し脅したところ盗賊たちから証言も得られました」
「何をしたんだよ……」
メリッサの脅しは、【闇属性魔法】を利用した精神干渉になる。詳しいことは聞かない方がいい。
重要なのは、盗賊から証言を得られた、という事実。
「盗賊じゃなかったのか?」
数十人の盗賊。
盗賊にしては人数が多い。以前の第3王子が行っていた愚行が思い起こされる。
「兵士が盗賊に扮していた訳ではありません。彼らはきちんとした盗賊です」
「それにしては人数が多いな」
「どうやら盗賊を雇った愚かな人間がいるようです」
盗賊に金を支払い、街道を利用する人の貴重な情報を流す。
雇われた盗賊は、指定された相手を襲うことで報酬を得ることができ、さらに通常時と同じように相手の荷物を奪うことも許されていた。
普通に襲うのと違うのは、襲う相手が指定されていることぐらいだ。
「かなりの数、それも複数の盗賊団が雇われているらしいので全体の数は数百人に及ぶそうです」
「誰が、そんなことをしている?」
アリスター伯爵が身を乗り出して尋ねる。
盗賊騒動は、その領地を治める領主が対応しなければならない。シーリング領の近くで発生した問題は、シーリング家が対応しなければならない。
しかし、アーカナム地方での盗賊騒動は、統括しているアリスター伯爵にも責任がある。気になるのは無理もない。
「どうやら私が捕らえたのは盗賊集団の中でも下っ端らしく、あまり情報を持っていませんでした」
「そうか」
残念ながら黒幕の正体までは分からなかった。
まあ、事件を知ってから半日も経っていないのにある程度の情報を得られたのはメリッサだからこそだ。
「ただ、協力者を知ることはできました」
先ほどのメリッサの言動。
会食に参加すると言い出したことから協力者が絞られる。
「シーリング男爵か?」
「正解です」
シーリング領は、宿場町として栄えている。宿屋が多くあり、王都と辺境を行き来する人のほとんどがシーリングを利用してから目的地へ向けて出発する。
町の入口には、検問があるため誰が町へ入ったのかは記録を見れば簡単に分かり、領主には記録を見る権限がある。
「つまり、シーリング男爵が情報を横流ししていたって言うのか?」
「そうです。目的の人物が町へ入ったのなら翌日には出て行きます。その時間の間にシーリング男爵の部下が盗賊団のアジトへ急行して知らせているそうです」
メリッサが討伐した盗賊は今年の春から盗賊集団に所属するようになった。
だが、盗賊集団は以前から活動しており、シーリング男爵はかなり前から協力者として活動しているようだ。
「盗賊は、シーリング家が関与している話が聞けた時点で一番近い町だったとしても連れて行くのは危険だと判断したので別の町へ連れて行きました」
「それがいいだろうな」
シーリングで突き出した日には、すぐに釈放されるのが目に見えている。
その連れて行った町もグルである可能性が高いが、少なくともシーリングへ連れてくるよりは何倍もいい。
「あの指輪は?」
「盗賊との関わりは絶対に漏らしてはなりません」
盗賊との共謀は、それだけで重罪になる。
事が露見するだけで爵位の没収は間違いなく行われる。
「なので、信頼できる部下を一人だけ連れて盗賊がアジトにしていた洞窟へ乗り込んだようなのですが、そこで襲われてしまったようなのです」
多額の報酬。
効率のいい襲撃相手の情報。
それだけの物を貰っていながら盗賊は満足しなかった。
「身包みを剥がすように所持していた物を奪われてしまったようです」
その時にも身に付けていた思い出の指輪を奪われてしまった。盗賊集団に所属したことで盗賊たちが調子に乗ってしまい、何度も情報を渡して『襲ってもらっている』うちに格下として見られてしまった。
既に盗賊集団と協力関係にあるため事を公にすることもできない。
そのため泣く泣く指輪を諦め、自分の戦力を整えてから盗賊を討伐するつもりでいたのだろう。安全に事を運ぶなら人数を増やす必要がある。
しかし、その前にメリッサが行動を起こしてしまったので露見してしまった。
「これからどうなる?」
「可能性としては三つです」
黒幕を裏切り自首する。積極的に情報を渡していた現当主は罪から逃れることはできないだろうが、シーリング家の断絶ということにはならないはず。
二つ目は何もしない。知らぬ存ぜぬを貫き通して、指輪についても落として失くした物が盗賊の手に渡ったことにする。メリッサがどこまで情報を持っているのか分からないため可能性がない訳ではない。
そして、三つ目……
「事情を知る私たちの排除です」
僅か、とはいえ指輪の件をアリスター伯爵も聞いてしまった。
脅威を完全に排除するつもりならアリスター伯爵も処分する必要がある。
「事前に事情を知れたことはいい。だが、なんてことをしてくれたんだ……」
「向こうは一介の冒険者が多少の事情を知ったぐらいでは本気になってくれない可能性がありました。ですが、伯爵が関与することとなれば危機感を覚えるのは間違いありません」
実質、シーリング家を統括している立場だ。
今頃は、部屋へ戻ってからどうにかしようと躍起になっている。
「心配には及びません。最後の方法だけは絶対に不可能です」