第34話 獣神復活を唆す者
「おじさん! ビール一つとおススメね」
「あいよ」
酒場に入ってきた一人の女性。
いつも通りの簡単な注文を済ませると指定席へと向かう。別に予約をしている訳ではない。だが、この酒場へ訪れた時には決まって利用する席がある。常連客も知っているため自然と空いている席だ。
とはいえ女性の他に先客がいない訳ではない。
この席は、女性の所属するパーティの専用席になっている。そのためパーティの他のメンバーが先に来ていれば椅子の一つが使われている。
「ただいま!」
今日は彼女――リュゼ以外の全員がいる。
「ご苦労様です」
そう言って帰還したリュゼを迎えるのは、栗色の髪を腰ぐらいまで伸ばし眼鏡を掛けた知的な女性――テュアル。酒場にいるにも関わらず酒を飲まずにサラダだけを食べている。
「また、そんな物だけを食べているの?」
「お酒は脳に悪影響を及ぼします。それに夕食で過度な肉を摂取するべきではありません」
「そんなこと言っていると大きくならないよ」
リュゼの視線がテュアルの胸へと注がれている。
スラッとした長身。誰もが認めるほどの知的な美人なのだが、胸は慎ましかった。
「大きなお世話です。身体的な特徴など気にしません」
平然としているテュアル。
しかし、表向きはそのように振る舞っているだけであり、一人になると悩ましく思っていることを仲間たちは知っている。
「へい、おまち」
「わぁ!」
リュゼが椅子に座ると料理と酒が運ばれてくる。
疲れていたリュゼは一気に運んでいく。
「それよりも報告してくださらない?」
「うん?」
食べ続けるリュゼに質問する金髪の女性。長い髪を螺旋状に巻いている……所謂ドリルヘアという姿をしており、宝石がついた指輪をしている。顔立ちや仕草、アクセサリーを見ればむさ苦しい男たちの集まる酒場には似つかわしい令嬢に見えるのだが、着ている服は冒険者が着るような動き易さを重視した物。
口と手を動かし続けながら視線だけで何を言っているのか尋ねる。
「私が協力してあげた作戦がどうなったのか教えなさい」
「あれ、アタシを通してオネットだって見ていたんじゃないの?」
「ええ。たしかにリュゼさんの視界を借りて見ていました。ですが、見せてもらえたのは肝心な部分のみ」
直近の作戦で言えば、王都で暴れる終焉の獣の姿のみ。
途中でどのようなことがあったのかは、他のメンバーにもそれぞれやることがあったため自分の作戦を中断してまで見ようとはしていなかった。
それに現場にいて肌で感じることによって得られる情報もある。
「私には他にやることがありました。それにリュゼさんにはメティス王国でやるべきことが他にもありましたから、事の顛末を見届ける役目もお任せしていたんのです。私には知る権利があります」
リゴール教に『宝珠』『神櫃の鍵』『裏境の鏡』を売り渡した古物商とはオネットのことである。髪型や出で立ちのせいで貴族のようなオーラが出てしまうオネットであるが、冒険者になる前は商人をしていたこともあるため偽るのは難しいことではなかった。
「いいじゃない。アタシたちにとっては関係のない話なんだから」
「それは、そうですけど……」
オネットの目的は、リゴール教に魔法道具を売ることで利益を出すことでも使わせることで何らかの恩恵を得ることでもない。
使わせる、それ自体に意味があった。
「それで、成果はありましたの?」
オネットが左隣にいた女性に尋ねる。
「ああ、上々だぜ」
白い髪をした短髪の女性が何かを企んでいそうな笑顔を浮かべる。実際には何かを企んでいるようなことはなく、純粋に嬉しいことがあったため笑っている。
「そう。よかったですわ。私たちの中で最も重要な役割を果たしているのはキリエさんですもの」
「わたしの仕事はたしかに重要だ。だが、こいつの方がもっと重要なはずだぜ」
キリエの肩に頭を預けて眠っている水色の髪をポニーテイルにした女性。戦闘時には遠距離から弓を構えて敵を射貫く凄腕の弓士なのだが、普段は眠たそうにしていることが多く、酒場に来た時など酒を飲んでいないにも関わらず匂いだけで眠りに落ちてしまうほどだ。
以前、グレンヴァルガ帝国の帝都でオークションが開催された折に暗躍し、最後にはリオと死闘を繰り広げていた。
迷宮主と対等に戦うことができる。そのことから戦闘力の高さが伺える。
「誰が重要かなんて関係ない。この場にいる全員の働きがなければ俺の……俺たちの目的は達成されない」
パーティの中で唯一の男性。
と言うよりも、彼を中心に女性5人が集まったパーティだ。
ただ、珍しい女性冒険者が5人もいるパーティで一人だけいる男性というのはかなり目立つ。そのため冒険者仲間からは男性の方こそ異質に見えていた。
「シャルルから問題ないとは聞いている。あれだけ強力な魔物の召喚が何度も行われたことで瘴気の動きが活性化している」
魔力が潤沢にある辺境で瘴気から作られた魔物が生み出されたことによって瘴気が溢れ出した。
封印された神から神気が引き出された。再度、封印されてしまったのは想定していなかったが、一時的にでも封印から解き放たれたことによって地脈の流れに影響を及ぼすことに成功した。
そして、メティス王国とグレンヴァルガ帝国の間で終焉の獣を召喚することで地脈の流れを大きく変えることに成功した。あの場には大きな川のような流れがあった。召喚の際に膨大な瘴気が使用されたことで一時的に枯渇し、せき止められることとなった。行き止まりに当たった流れは、そのまま別の場所へと流れることになる。
この流れを作ることこそ彼らの望み。
「……問題ない。私たちの望み通りに流れはできあげられる」
テーブルに突っ伏したままシャルルが寝言のように答える。
「できあげられる?」
ただ、言葉の中に含まれた言い方がオネットは気になった。
ゆっくりと眠たそうな顔をしたまま上半身を起こす。その際にパーティメンバーの中で最もワガママなボディをした胸が揺れる。普段はローブを纏っているせいで分からないが、非常に大きな物をお持ちな女だ。
「どういうことなの?」
若干の苛立ちが含まれた声でテュアルも尋ねる。
「……彼らの介入が想定以上に早かった。そのせいで最初に予想していたほど劇的な変化が見受けられない」
「それは、計画に支障を来たすほどなのですか?」
「……違う。時間は掛かるけど、最終的に私たちの目的を達成するには十分。具体的に言うなら来年の春には目的を達成できる」
「そっか。リゴール教の人たちの動きが思っていた以上に遅かったせいで秋に間に合わなかったから焦っていたけど、問題ないみたいだね」
地脈の変化は、彼らの目的を達成させる上で必要な条件の一つ。
そして、最も大きな効果を挙げるのは国が戦争をしている時だった。戦争をするのが好きな国ではあるものの冬にまで戦争をするようなことはない。ただし、春には戦争が再開される。
「あの愚かな皇帝は、可愛い自分の孫に帝位を継がせるつもりでいる。その際に孫の為に少しでも箔がほしいんだろ」
戦争での勝利は分かりやすい功績だ。
周囲の国々を武力で併呑し、大きくなっていったという成り立ちのある国として戦勝は功績になる。
だからこそ比較的安全な前線に孫を立たせている。
しかし、侮っていた新皇帝を相手に戦果を挙げられずに焦っている。このままでは国内の貴族たちからの反発が強くなり、戦争を仕掛けたことが裏目に出る可能性があるため次は今まで以上の攻勢に出る、という噂まである。
「でも、やっぱりあいつらは邪魔してきたわね」
何度も彼らの前に立ち塞がり、作戦を邪魔してきた迷宮主と眷属たち。
全員で排除に動けば、彼らを始末することは可能だっただろう。しかし、その間に何人かが倒れてしまう可能性がある。何よりも計画に気付かれて少しでも阻止されてしまうような事態は避けたかった。
「最初から予想できたことです。だから、重要な役割を果たす今回の作戦では私たちの直接的な関与を排除したわけです」
自分たちが動いて何らかの重要な痕跡を残すことを避ける。
そのために面倒な手段でリゴール教に接触し、作戦遂行に必要な魔法道具を古物商に変装してまで売り渡し、自分たちの関与は監視に留めた。
「だが、今さら気付いたところで遅い」
既に計画は動き出している。
彼らが関与することはない。
「リゴール教の生き残りの奴らに思い知らせてやる。本当の終焉がどういったものなのか、っていうことをな」