第33話 王都の掃除
今回の依頼で手に入れた物の中で最も価値のある物。
「やっぱり、これだろう」
いつものように迷宮の最下層へ移動すると、収納リングから『裏境の鏡』を取り出す。
瘴気を受けて溶けたドルフ。服や装備は残っていたため、混乱する王都のどさくさに紛れて回収させてもらった。
かなりの力を秘めているため【魔力変換】すれば、大量の魔力を手に入れられる。
「でも、勿体ない」
「何が?」
「終焉の獣を喚び出せるほどの力を蓄えられる訳だから使い方次第では凄い力が得られるんじゃない?」
イリスが言うように正常に運用すれば膨大な魔力が得られる。
ただし、『裏境の鏡』に正しい使用方法など存在しない。
「こいつを使ってできるのは混乱ぐらいだぞ」
『裏境の鏡』の効果は、映した人間の感情を周囲に拡散させる。
そうして増幅されたエネルギーを自らへと吸収することができる。
楽しい感情や嬉しい感情を抱いている人を映し出せば周囲にいる人たちを幸せにすることができる。ただし、そういった感情は落ち着いていて得られるエネルギーは少ない。
対して怒りや悲しみは時間を掛ければ掛けるほど膨れ上がり、最後には人の手に負えなくなってしまうほどだ。
効率を考えるなら負の感情を利用した方がいい。
ドルフがしたように狂気を利用して殺戮を引き起こして阿鼻叫喚を巻き起こす。
最も効率よく魔力が得られる方法ではある。
ただし、それができるのは一度きり。利用した人物から再び魔力が得られることはない。
それに俺たちの手で行われた、と知られると立場を失うことになる。
「こんな物はさっさと【魔力変換】してしまう方がいいんだよ」
鏡を放り投げる。
地面へ落ちる前に消え、迷宮に魔力が補充される。
『うん、いいね。かなり魔力を溜め込んでいたみたいだ』
「溜め込んでいた?」
終焉の獣を喚び出した後も人々の悲しみは伝播していった。
その感情を鏡は常に吸収し続けていたおかげで大量の魔力が溜まっていた。
『特に王都なんて被害が酷いんじゃない?』
「そうだな」
今も復興の為に作業が行われている。
そのため戦争どころではなくなっており、全員が一致団結する必要があるため派閥に関係なく手を取り合っている。
彼らも自らの拠点がある王都が壊されるのは本気で困る。
ただし、危機感を抱くまでに時間を要してしまった。
「火事場泥棒、なんて言うつもりはないけど、けっこうあくどいことをしているんじゃない?」
「どうせ後で処分する物なんだから有効利用したって問題ないだろ」
最下層にある神殿から出る。
普段は魔物もいない静かな階層なのだが、今日は特別な魔物で溢れていた。
「うわ、スライムもこれだけいると壮観」
見渡す限りスライムで埋め尽くされていた。
これらのスライムは全て迷宮で過ごしていたものたちなのだが、少し前までは王都の下水道に潜んでもらっていた。
「ご苦労。全員、『吸収』は終えているな」
スライムの体が震える。
どうやら頷いてくれたようだ。
「いや、私も頼まれて【召喚】していたからスライムが王都に潜伏していたのは知っていたけど……」
さすがに俺一人で召喚するには数が多い。
なのでイリスと手分けして人に見つからないよう【召喚】して王都にスライムを放った。魔物と言っても戦闘力が皆無だと言っても過言ではないほど弱いとされているスライム。主な攻撃手段は飛び跳ねて体当たりする程度。体内に取り込むことによって対象を溶かす攻撃は強力ではあるものの冒険者や騎士のように戦い慣れている者には通用しない。
見つかったのが1体や2体程度なら大きな問題にはならない。
だが、さすがに数百体も潜んでいるのを見つけられれば復興で忙しい騎士団も駆り出されていただろう。
「よし出せ」
スライムが大きく開けた口の向こうから固められた球体を吐き出す。
七色に輝いており、見る者を惑わす効果がある。
「輝いているのはスライムの能力なんだけどな」
吸収し、自らの力とすることができる。
ただし、吸収率は悪いため自分よりも圧倒的に強い相手を吸収することでレベルを1上げられる程度だ。
だからこそ完全に吸収させず、体内で留めさせておいた。
「一体、何を取り込んだらこんな風に輝くの?」
「さあ?」
惚けている訳ではない。
スライムへの指示は『終焉の獣』が放った瘴気を含んだ物を取り込め、というものだ。
含んでいれば何でも吸収させていた。
そのため瘴気を含んだ多種多様な物が吸収され、球状に圧縮されている。
「げぷっ」
吸収する際に色々と取り込んでいるためスライムたちも満足そうだ。
「さあ、全員持ち場に戻れ」
スライムは環境を問わない。さすがに溶岩の中や極寒の土地に適しているのは少ないが、どんな階層でも生きていける。
そのため、あちこちの階層から呼び出している。
こうして戻るよう言えば『転移結晶』を自分で使って帰っていく。
「うわ、けっこう溜め込んでいたわね」
「だろ? 俺も『終焉の獣』の復活を阻止しなかった甲斐があるってもんだよ」
地面に落ちた球を拾いながら笑う。
これ一つ一つに相当な魔力が込められている。
「ねえ、今なんて言ったの?」
錆びた歯車のような動きでイリスがこちらを見る。
「まさか、本気で復活を阻止できなかったとでも思うのか?」
あんなものは鎧を脱いで全力で力を使えば阻止することができた。たとえ復活したとしても村で討伐するのも不可能ではなかった。
事前に膨大な魔力を溜め込んでいると分かっていたため利用させてもらった。
「けっこうな被害が出ているんだけど」
「そうだな」
村が壊滅したのは、襲撃された後だったためどうしようもない。
ただし、最初から本気になっていれば王都での被害は未然に防ぐことはできた。
「王都を守ってほしい、なんていう依頼を引き受けていたか?」
「受けてはいない」
「王国から依頼を受けて王都を守るのはSランク冒険者の仕事だ。彼らは税金から捻出された報酬をもらっているんだから王都が壊滅的な被害を受けたのは彼らが守り切れなかったことに責任がある」
「でも--」
「俺にできることには限界がある。これでもアリスターの冒険者や住人から期待されているのは知っている。だから、俺の手が届く範囲でアリスターに危機が及ぶようなら全力で助けるさ」
仮に王都を救っている間にアリスターが壊滅するような事態になれば目も当てられない。
「できる範囲では助けるさ」
ただし、王都は俺の手には収まらない。
今回も王都があのような被害を受けることになると事前に分かっていれば全力で動いていた可能性もなくはない。しかし、目先の利益を追い求めてしまったばかりにチャンスを逃してしまったのは事実。
だからこそ少しは後悔している。
「せめてもの償いとして掃除に協力してやっただろ」
瘴気に侵された物は、焼却して処分するしかない。
その手間を省いてあげたことで許してほしい。
『すぐに使う?』
「いや、貯めておけ」
迷宮核からの質問に答える。
魔力はすぐに使わない。
どうやら『神樹の実』に相当するほどの魔力を溜め込んでいたため階層の追加も可能になっている。
ただし、今すぐに着手するつもりはない。
「戦争に関わっている間にけっこうな時間が経った。気付けば冬になろうとしているぞ」
スクルル砦で何日も滞在した。
終焉の獣が暴れていたのは1日とちょっと程度の時間だったが、それ以上に後始末であちこち動き回っていたせいで時間を要した。
もうすぐ11月が終わろうとしていた。