第32話 将軍の職責
「よかったのか? 傭兵ギルドからの報酬を渡して」
廊下を歩きながら、とある囚人の収容所で働かされていた奴隷の話をした。収容所は環境が劣悪でありながら給料が低いため望んで働くような人はいない。
だが、人手は絶対に必要。
そこで、奴隷を雇うことにした。奴隷なら国が定めた最低限の給料さえ支払って衣食住を保障していれば、どのような扱いをしようとも問題になることはない。奴隷たちは過酷な労働にも耐えなければならず、その結果、死んでしまったとしても雇い主に落ち度はない。
今回の報酬を使ってレイヤとリリャの家族を奴隷から解放した。
彼女たちがいてくれたおかげですんなりと身元を隠すことができたので、ちょっとしたお礼だ。
探すのは苦労しなかった。リオから『天の羅針盤』を借りれば全員の現在位置が分かる。さすがに既に死んでしまっていた二人については反応してくれなかったためどうにもならなかった。
「いいんだよ。今となっては、どうしても欲しい金額でもない」
戦利品なら別にある。
それと、今は興味本位からリオに同行させてもらっていた。
「どうだ?」
「陛下! 問題ありません。こちらの質問には素直に答えてくれているため必要な情報は手に入れました。とはいえ、彼は本当に家族を人質に取られていたため軍を私的な理由で動かしただけのようです」
敬礼しながら答えるのは、スクルル砦の指揮官であるウルカエル将軍。
隣にマルスとして会うのは初めてな俺もいるのだが、リオが事前に話を通してくれたおかげで問題なく受け入れてもらえていた。俺は王国側の情報を持っている者として同席が許可された。
俺たちが赴いたのは、スクルル砦の地下にある牢だ。
「フレイペスト将軍」
「なんだ?」
鉄格子の向こう側には王国軍の指揮官だったフレイペスト将軍がいた。
「貴殿の処分が決まった」
家族を人質に取られていたとはいえ、軍を本来の作戦にはなかった行動をさせてしまった。その責任を負わなければならない。
「王国は捕虜の引き取りに応じなかった」
国境近くの村で、どちらの軍も捕虜を得ることはなかった。
あの時は本当に余裕がなかったため逃げるだけで精一杯だったためだ。
唯一の例外がフレイペスト将軍。本来なら指揮官だけが捕虜になるなどあり得ないのだが、状況が状況だったため捕虜になりスクルル砦へ捕らえられることになった。
身分が身分なので帝国は、王国への返還を求めた。もちろん、タダで返還する訳ではなく身代金を要求した。
相手は将軍にして伯爵。
身代金は十分に得られる。
「ところが、王国は返還を拒否した」
「でしょうね」
王国にとって勝手な行動をしたフレイペスト将軍は恥以外の何物でもなかった。
「家族が身代金を支払うことになりますか?」
伯爵家なら支払うことは可能だ。
フレイペスト将軍は家族から愛されている。助ける手段があるなら自分の家族は絶対に助けてくれる。そう、信じて疑っていなかった。
「残念ながら家族が身代金を支払うことはない」
「な……! そんなことがあるわけない。息子が私を見捨てるような真似をするはずがない!」
フレイペスト将軍には3人の子供がいる。
息子が一人と娘が二人。誘拐されてしまったのは、二人の娘だけで息子は無事だった。行軍している間は、息子が当主代行として留守を預かっていた。
こういう場合、当主の座を得たい息子が父親を見捨てた可能性が考えられる。
だが、息子がそんな人物でないと父親が最も分かっていた。
「まさか、息子にまで何かあったのでは……!」
不安に駆られた将軍が鉄格子に掴み掛かる。
その手を警棒でウルカエル将軍が叩くが耐えていた。
それだけ家族のことを愛しているのだろう。
「いいや。息子は無事だし、家族も捕えていた者から解放された」
手に入れた情報によれば、人質となっていた家族は侵攻を決行した日の朝には解放されていた。
人質は全員が無事。大きな怪我どころか掠り傷一つなかった。
終焉の獣による襲撃からも生き残っている。
「陛下。どうやら彼は自分がしたことの重さを理解していないようです」
ウルカエル将軍は何があったのか知っている。
「私の口から伝えてもよろしいでしょうか?」
「構わない」
同じ将軍としてフレイペスト将軍の行動は許容できるものではなかった。
「貴殿に王国軍の決定を伝える。フレイペスト家当主は、私的な理由により軍を動かし王都へ壊滅的なダメージを与えることになった魔物を喚び出すきっかけに加担することとなった。一歩間違えば王都が壊滅していた危険性がある。この罪は、国家への反逆に相当するほど重く、フレイペスト家を罰する」
国家反逆。
この罪の重さが分からないわけでもない。
「まさか……」
そして、将軍個人ではなくフレイペスト家へと罪が課せられることとなった。
「他家へ嫁いでいる者を除き二親等の親族が処刑されている」
将軍には姉と妹がいる。どちらも既に結婚して違う姓を名乗っているため処罰の対象からは外れている。
妻と3人の子供、それに隠居した父と母。少し前に祖母を亡くしたばかりの祖父が斬首されていた。
「そんな……! 全ての責任は私にある!! お願いだ。王国へ直訴させてほしい!」
「既に手遅れだ」
リオが俺を見てくる。
地下牢の壁に魔法である光景を映し出す。
「こ、これは……」
「三日前の王都だ」
王都にある広場。以前は噴水があって、露店が並べられていたため子供を連れた家族によって賑やかだった。
ところが、終焉の獣が暴れてしまったため面影がなくなってしまっている。
そこが一部だけ瓦礫を撤去されて台が置かれていた。
「こんなことって……」
台の上には首から上だけの頭部が5つある。
王都の住人からの投石を受けて誰なのか判別できないほどボロボロになっている。それでも、家族であることが将軍には分かった。
「王国は今回の一件を誰かの責任にする必要があった」
そうすることで住人の怒りをどこかへ向かわせるためだ。
「ただし、首謀者である騎士ドルフは死体が残っていない」
ドルフの家族も同じように処罰されている。
「それだけでは足りなかった王国は貴殿にも責任を負わせることにした」
斬首され、死体は住人の憂さ晴らしに使われることとなった。
実際、王都は4分の1が崩壊してしまっている。家や仕事を失ってしまった人は数万人単位でいるため暴動が起きる危険性まで考えられていた。
「将軍ならば命令通りに軍を動かす必要がある。それを外してしまった者には相応の罰が必要になる。軍とは動かすだけで莫大な費用が掛かるため上は相当怒っているのだろう」
「……! 家族を想って行動することの何が悪い!?」
「行動するのは悪くない。しかし、行動が間違っていた」
指示に従わなくても家族は殺される。
指示に従っても家族は殺される。
どちらにしても捕まった時点でまともな選択肢は与えられていなかった。
「じゃあ、どうすればよかったんだ……」
「可能性があるとしたら国へ内密に相談し、従うフリをしながら救出してもらう。王国にだって秘密裏に動く特別な隊ぐらい存在しているだろう」
帝国には限られた一部を除いて暗殺などを行う秘密の部隊が存在する。今回みたいな救出能力も当然のように持っている。
「そ、そんなことを考える余裕もなかった」
家族を愛していたからこそ危険な橋は渡れなかった。
視野が狭くなっていたせいで指示に従う以外の選択肢が消えていた。
「将軍とは何千もの兵士の命を預かる者。貴殿が考えているほど軽い職責ではないのだよ。とはいえ私も家族を想う者の気持ちは分かる。私からせめてもの温情だ。苦しまないよう家族の元へ送ってあげることにしよう」
それが自分の救う唯一の方法だと悟ったフレイペスト将軍は諦めた。
「最後に一つだけ聞かせてほしい」
俺からの質問だ。
「なんだ?」
「家族を誘拐した人物に心当たりはないか?」
「ない」
それだけが聞きたかった。
人質となっていた家族の証言から誘拐犯はリュゼだと予想できる。力の大きさに比べて手勢が少ない彼女たちでは自分で動く必要があるため誘拐なんていう仕事にも従事しなければならない。
そして、本当に興味がなかったため人質を無傷で解放したのだろう。