第31話 傭兵事業の報酬
奴隷が働かされている厨房。
特別な調理技術など必要とされておらず、ただ野菜の皮を剥いていればいいだけの仕事。
多くの奴隷女性が借金返済の為に雇われていた。
彼女たちに共通しているのは、全員が生気を失った目をしていること。
ここへ連れて来られてから数カ月。長い者だと十数年の歳月が経過している。
黙々と食材の下処理をしているだけの仕事。鉱山奴隷のような危険はないが、同じ作業をずっと続けていることで感情が麻痺してしまっている。
「おい、そこの二人」
「……」
「無視するんじゃない!」
雇い主である男性が怒鳴りつけるも呼ばれた二人の女性は反応を示さない。
それが、ここにいる女性たちの素であるため雇い主も溜め息を吐きながら用事のある二人の腕を掴む。
「お前たち二人だ! レイヤ、リリャ」
三十代後半の女性。
しかし、過酷な労働環境から心が死に掛けているせいか実際の年齢よりも老けて見える。
立たされた二人は、雇い主の男に引かれるまま外へと出て行く。
二人を気にする同僚はいない。二人が抜けたからと言って仕事量が減るわけではない。いなくなった人間を気にするよりも仕事を片付ける方が優先だ。
「ここで待っていろ」
ある部屋へと二人を入れ、ソファに座らせる。
命令されるまま座るものの自発的に行動する様子がない。
「……ちっと過酷すぎたかね」
しかし、雇い主も借金を肩代わりして奴隷を購入した身。
少なくとも彼女たちに購入費分は働いてもらわなければならない。
「ここで待っていろよ」
雇い主の男が退室する。
しばらくすると戻ってくるが、その間彼女たちが動くことはない。
「こいつらの姿を見たら少しは元気を取り戻すだろ」
部屋に二人の子供が入ってくる。
やせ細った幼い子供。
「あ……」
何年も会っていないせいで一目見た時には気付かなかった。けど、すぐに自分の娘だと気付いた。
二人の目に輝きが灯る。
離れ離れになっていた我が子と会えた。
「おかあさん……?」
「うん」
「おかあさん!」
女の子が母親に抱き着く。
物心ついてから初めて母親に抱き着くことができた。気付いた時には、自分を物のように扱う女性の店で掃除をしていた。
自分にも親はいるはず。
どうして自分たちは捨てられてしまったのか。
いつかは会いたい。
そんな想いを抱えながら今日まで生きてきた。
「ごめんね。本当に、ごめんね……」
「うん、うん……!」
二組の母娘が涙を流しながら再会を喜んでいた。
その様子を部屋の外から見ている二人の男の子がいた。
「レクト!」
「フォウ」
10歳ぐらいの男の子と8歳ぐらいの男の子。
二人の男の子もレイヤとリリャの息子だ。
ただし、足りない。
「お兄ちゃんはどうしたの?」
「ねぇ、フィンは?」
母親の問いに二人の少年が目に涙を溜めながら首を横に振った。
レイヤの息子の長男がいない。
リリャの息子も次男がいない。
せっかくの家族の再会。だが、欠けてしまっている。
「いったい、どういうことです!?」
この場へ連れてきた雇い主へと尋ねる。
「二人のガキは死んだ」
「え……」
「嘘、よ……」
雇い主の言葉に愕然とする。
長男は鉱山で働かされていた。実際に掘るのは体力的に難しいところがあったが、子供でもできる雑用はたくさんある。
後方での仕事だったとしても鉱山内の仕事であることに変わりはない。非常に危険が伴う仕事でお互いに支え合いながら仕事をしていたが、数週間前に発生した落盤事故によってフィンは死んでしまった。
次男は最悪だった。病気から快復したばかり、ということで無理はさせられなかったため下働きとして過酷な労働環境で働かされていた。
その途中、病み上がりということもあって体調を崩してしまい、そのまま帰らぬ人となった。
家族は、父親を失っただけではなく子供を一人ずつ失った。
「ところで、どうして私たちは集められたのですか?」
最初に連れて来られた頃は、子供に合わせてほしいと何度も懇願した。
しかし、会わせてくれることは一度もなかった。
「それは彼女から説明してもらおう」
最後に部屋へ入ってきたのは若い女性。
レイヤたちには見覚えがない。それはそうだろう。彼女たちは完全に初対面だ。
「あ、あなたが『幻影傭兵団』のレイヤさんなんですね!?」
「随分と懐かしい名前ね」
彼女にとっては色々とあった青春時代の名。
そして、最も幸せだった時間を奪った名でもある。
「これにサインをしてください!」
女性が一枚の紙を出してくる。
レイヤが慎重に内容を確認している。色々とあったため疑り深くなっている。
「え……」
だからこそ書類に書かれている内容が信じられなかった。
「何か、の間違いじゃ……」
「いいえ、間違いではありません。いえ、私の間違いだったわけですけど」
「彼女は帝都にある傭兵ギルドの受付職員の一人だ」
久し振りに現れた傭兵について調査をしたところ、途轍もないことが分かった。
既に『幻影傭兵団』は解散しており、団員も3名のうち2名が死亡していることを確認できた。しかも、残った1名も奴隷として働かされている。
詳しく確認しなかったことを受付の女性は上司から叱られた。
ただ、女性はマニュアルに従って確認すべきことは全て確認した。ギルドが発行している身分証は本物だったし、久し振りの仕事ということでステータスカードも確認した。
証明書があったため本物だと判断した。
が、結局は偽物だった。
では、戦場で活躍した『幻影傭兵団』は何者なのか?
自分の与り知らないところで皇帝と親密な関係にある、ということになっていた。
もしかしたら皇帝陛下なら何か事情を知っているのかもしれない。しかし、一介の受付に過ぎない彼女が皇帝に会えるはずもなく、そんな質問をした時点で不敬罪によって処分される可能性があった。
彼女が最も優先して対処しなければならないのは別の問題だ。
「お願いです。報酬を受け取ってくれる人がいなくて困っているんです!」
どこの誰なのか分からない。
そのため多額の報酬が行き場を失って浮いている。
この状態は非常にマズい。
「このままだと私の管理責任を問われることになります! せっかく手に入れた受付の椅子を手放したくありません!」
「でも、わたしがもらうのは……」
自分は厨房で野菜の下処理をしていただけ。
傭兵だった経験があるため、戦場へ出たわけでもないのに報酬をもらうわけにはいかない、と辞退しようとした。
「大丈夫です。レイヤさんが『幻影傭兵団』の一人であるのは事実です。偽物の方もそういった事情を分かったうえで入れ替わっていたはずです」
実際、傭兵ギルドからの報酬には期待していなかった。
「それに、お金は必要ですよね?」
「それは……」
報酬は他の傭兵よりも多額だった。
終焉の獣から多くの傭兵を守っていたことが高く評価されたことで多額になっていた。
その金額はレイヤとリリャの家族全員を奴隷から解放し、しばらくはのんびりと暮らすことができるほどだ。
レイヤが子供たちを見る。
減ってしまった家族。
現状を思えば、胡散臭い話だったとしてもサインするしかなかった。
「分かりました。サインをします」
「ありがとうございます」
「どうせなら住む場所も紹介しますよ」
「随分と気前のいい話ですね」
「疑わないでください。ここから、かなり離れた場所になりますが今回の戦争で滅んでしまった村があります。そこでは、移住してくれる若者を求めています。土地は余っているみたいですから子供たちを連れて行ってみるのもいいのではないですか?」