第30話 ファールシーズ公爵
「これはひどいな……」
瘴気に侵された人を見て騎士の一人が呟いた。
体がドロドロに溶けて臓器と思われる肉塊の一部が粘液の上に浮かんでいる。その隣には原型を留めている目玉があり、見ていた兵士の一人が口を押さえて建物の陰へと姿を消した。
「瘴気による影響は気にする必要がない。城の魔法使いたちが既に確認済みだ。俺たちは治療が必要な人たちを探して搬送するぞ」
『了解』
一瞬だけ溶けてしまった人を見ると表情を歪ませてから探索へ向かう。痛ましく思うものの、あのような状態になっては手の施しようがない。
次々と騎士や兵士が集まってくる。
彼らの仕事は、生存者の捜索と壊れた王都の復興。最低限でも壊れた大通りが元のように使えなければ復興はままならない。
「失礼」
王都の様子を大通りにある建物を背にしながら眺めていると冒険者ギルドのマスターが話し掛けてきた。
「何か?」
「先に報酬だけでも渡しておこうと思って」
律儀に報酬を持って来てくれた。
ギルドマスターが収納リングから出した金貨の入った皮袋をありがたく受け取る。
「他のお嬢さん方は?」
「彼女たちなら帰しましたよ」
正しくは、シルビアの故郷がある村へアイラを同行させて帰した。
終焉の獣が現れたのは、王都の北東にある丘の上。その丘の向こう側にシルビアの故郷があるため不安になった彼女を安心させる為にも向かわせた。
俺はイリスと共に残って情報収集をしている。
「そうか。実は、君たちに面会したいと言ってきた人物がいる」
「……できれば面倒事には巻き込まれたくないのですが」
「そう言わずについて来てほしい」
冒険者ギルドは基本的に中立。
しかし、ギルドマスターにも立場がある。普段なら断れるような命令でも聞かざるを得ないのかもしれない。
一応、傍にはイリスもいる。万が一、ということもないだろう。
「失礼します」
案内されたのは大通りの近くにある大きな食堂。
食堂の中には十数人の役人たちが詰め掛けており、テーブルの上に王都の地図を広げて議論を交わしていた。
現在の状況を確認し、今後の復興について話し合っていた。
「あの魔物を討伐した冒険者を連れてきました」
「随分と若いな」
そう言うのは白髪の老人。老人と言っても生き生きとしており、老いを感じさせない生命力がある。
「何かご用でしょうか?」
「今は宰相を務めているファールシーズ公爵だ」
ファールシーズ公爵。
クーデターを成功させた人物で、自分の孫を新たな王に据えた先々代の王の弟。
「どうやら私について知っているようだ。詳しい紹介は必要ないな」
たしかに最低限の情報は知っている。
「よく私が知っている、と分かりましたね」
「貴族というのは人との付き合いが仕事のほとんどだ。表情からある程度は察することができなければ公爵など務まらない」
そう言うと公爵が射貫くように俺を見る。
次にする質問の反応から色々と探るつもりだ。
「確認したいのは、騎士ドルフがどのような目的であのような行動を起こしたのか教えてほしい」
「心当たりはないのですか?」
「報告では実直で優秀な騎士だと聞いていた。部下からの信頼も篤いようだし、近いうちにでも準男爵の昇爵させるつもりでいた」
ドルフの評価はきちんとされていた。
しかし、下から見れば上の決定が遅いようにしか見えず、耐えることができなかった。
「何があったのか私の知っている範囲でありますが、お教えしましょう」
国境付近で起こった王国軍と帝国軍の戦闘によって引き起こされたこと、そうして喚び出された終焉の獣がどのような被害を齎したのか伝えた。
「すぐに事実確認をしよう。色々な思惑があって戦争を仕掛けたもののこのような事態は想定しなかった」
これから公爵は忙しくなる。
が、そもそも戦争を仕掛けるような真似をしなければ利用されるようなことにはならなかった。
「君が知っていてくれて助かった」
「戦争が起こってクラーシェルが困るような事態になると困りますからパーティメンバーの一人がクラーシェル出身なので少しばかり注意して監視をしていたから知ることができただけです」
帝国軍とは一切関わりがなく、私的な理由から戦場の監視を行っていたことにした。
個人でやるには随分と凄いことをしているが、たった4人で戦争を終結に向かわせた過去の実績がある。常識は通用しない。
「彼についても正義感の強い騎士なのだから評価はしていた」
「なら、なぜ昇進させるなりして報いなかったのですか?」
「クーデターを成功させるにあたって多くの上級貴族の手を借りることになった。まずは、彼らから報いなければ色々な反発があった。皮肉なものだ。血統主義に反旗を翻しておきながら先祖の功績と家柄だけが取り柄な連中の顔色を窺わなければならない。そのせいで勘違いをさせてしまった」
周囲の光景を見ながら言う表情は後悔に満ちていた。
「彼らにも不満はありました。けど、リゴール教なんていう非合法な組織に手を貸していたんですから罪は償わなければなりません」
「リゴール教……」
「何か?」
「やはり、王族の罪ですね」
衝撃の事実を聞かされた。
春先までリゴール教をまとめていたのは、第2王子であるレジナルドだった。
「え、だって彼は権力なんかには興味のない人だと聞いていましたよ」
公に第1王子を支えると宣言している。
「それは表向きの話だ。実際には、3人の兄弟の中で最も強い野心を抱いていた」
幼少の頃は、自分が兄よりも優れていると信じて疑っておらず、自分が王位を継いだ方が国を栄えさせられると思っていた。
だが、父親である国王は、継承問題によって国内が荒れることを恐れて早々に第1王子に王位を継がせると宣言した。
それを機に第2王子も諦めるようになった。
それが表向きの姿。
ところが、実際には王族としての権限を利用して密かに動いていた。
「その一つがリゴール教だ」
以前から終末論を謳って人々の恐怖を煽っていたリゴール教。
第3王子が私兵を盗賊として利用していたように手駒を欲していた第2王子はリゴール教を乗っ取って私兵としていた。
「あの子は、領地をもらって資金も潤沢にあった。ただ、横流しした資金だけでは足りなかったから立場を利用して中抜きもしていたようだ」
クーデターを成功させた公爵は、第2王子と第3王子の両方が非合法な方法で野心を満たそうとしていた事実を知り、証拠まで手に入れてしまった。
そして、第1王子はお世辞にも優秀とは言えない人物だった。いや、文武共に優秀な人物ではあったのだが、珍しい物を見つけると手に入れたくなる癖があった。時には王族として権限を利用してまで奪い取ることがあったぐらいで国の財政を圧迫させる要因になっていた。
「つまり、クーデターは成功させてよかったんですか?」
「それは、これからの功績で判断してほしい」
既に失敗により王都へ壊滅的な被害をもたらすことになった。
公爵も王子たちのことを悪くいえなくなってしまったため苦しんでいた。
「今回の一件は本当に助かった。ギルドからの報酬とは別に何らかの方法で報いたいと思う」
「いえ、けっこうです」
王や王に近しい者からの報酬と言えば爵位だ。
貴族にさせられても領地経営をしているような余裕はないし、内容によっては面倒事に巻き込まれる可能性が高い。
今のままが十分。
いや、もらえるならば何らかの財宝でも欲しいところではあるが、藪蛇をつつく可能性があるので報酬そのものを断ることにする。
「それよりも改革の方はうまい具合に進ませてくださいよ。今回みたいなことがまたあっても無報酬で手を貸すような真似はしませんので」
「冒険者だな」
苦笑いを浮かべる公爵。
冒険者の事情にも詳しいため俺の言葉にも苦笑いを浮かべるだけで耐えていた。




