第28話 終焉の獣⑩
「いやぁ、体が軽いな」
建物の屋根の上を飛び跳ねるようにして移動する。
その後ろをシルビアとアイラ、イリスもついてきていた。
シルビアとアイラも嬉しそうな顔をしている。
と言うのも今の俺たちは鎧を脱いでいる。帝国にいるはずの『幻影傭兵団』がこんなところへいてはおかしなことになるので王国へ移動した直後に脱がせてもらった。
「わたしもやっぱり冒険者の方がいいです」
「そうね。あたしたちに鎧は重いだけよ」
「ま、ちょうどいい訓練にはなっただろ」
今の俺たちは数日間ずっと着ていた鎧を脱いでいる。
いつ、自分たちの姿を見られるのか分からない状況。特別待遇によって個室は与えられていたが、緊急時に備えて鍵のない部屋だったため完全に心が休まっていたとは言えない。
「おっと」
終焉の獣へ近付いたところ一人の男が吹き飛ばされてきた。
紫色のローブを纏った眼鏡をかけた男の冒険者だ。
吹き飛ばされた体を受け止めると男が弱々しい力で手を伸ばしてくる。
「に、逃げろ……あいつは、人の手に負えるような相手じゃない」
パッと見ただけでも男はボロボロだった。体は血で真っ赤に染まっていて、何らかの魔法効果を持っていると思われるローブも至る所が破れて使い物にならなくなっていた。
「どれだけやられた?」
「……情けない話だ。Sランク冒険者が7人掛かりで相手をして一人が死亡、二人が重傷……いや、俺もこの様だから重傷者は三人だな。今は残った三人で必死に戦っているが、それもいつまでもつか……」
魔法使いの傷は強力な打撃を受けたことによるものだ。
本来なら後方から攻撃して安全なはずの魔法使い。打撃を受けてしまう、ということは後ろまで攻められてしまったか、前に出過ぎてしまったのか。魔法使いの必死な様子から後者だと思う。彼なりに王都を守ろうとしたのだろう。
「安心しろ。あいつは俺たちが倒す」
「それ、はよかった……」
意識を失ってしまった。
倒れた体を建物の屋上に寝かせる。気休め程度にしかならないが、屋上に置かれていた大きな木箱の後ろに隠しておく。
「行くぞ」
大きく跳び上がると終焉の獣の頭上へと移動する。
そのまま勢いに任せて落下すると後頭部を蹴って地面に叩き付ける。
「な、何者だ!?」
うつ伏せになった終焉の獣の後頭部に着地すると必死に肩にしがみついていたドルフが叫んでくる。
「こいつの討伐を引き受けた冒険者だ」
「討伐……? 何も分かっていないな。こいつは、どれだけの傷を負おうとも無限に回復させることができる! 限界なんて存在しない力を得れば得るほど体を大きくしていく。本当は、帝国にいる人間を喰って確実に王都を落とせるぐらいに大きくしてから来たかったが、どうやら杞憂だったらしい」
帝国軍を襲ったのにはそういう理由があったのか。
王国軍を襲えば、王国は血眼になって討伐に出たはずだ。だが、終焉の獣が追って行ったのは帝国軍だったため王国軍は何もすることなく撤退していった。
もしも、あのままスクルル砦にいた人間が全員喰われていれば、この大きさにまでなって王国へ入れてしまっていたのかもしれない。それを思えば転移でここまで連れて来たのは正解だ。帝国から王都へ来ようとすればイリスの故郷であるクラーシェルを通らなければならない。あそこを戦場にするような真似はしたくない。
壊れる王都を見て、終焉の獣の力に自信を持ったドルフは意気揚々と語る。
そんな姿を見て思わず溜息を吐くたくなるのを堪える。
「どうして、誰も致命的な欠点を抱えていることに気付かないかな?」
ドルフはおそらく気付いていない。
Sランク冒険者たちも基本的な戦法については、大きなダメージを耐えることによって終焉の獣の再生力を上回ろうとしていた。決して間違いではないのだが、Sランク冒険者の力でも足りなかった。
もっと簡単な方法がある。
「グウゥゥゥオオオッ!」
吼える終焉の獣が腕を叩き落としてくる。
崩れる建物。その場から飛び退くと叩いた腕も一緒に地面へ落ちて行った。
アイラの斬撃だ。左腕を斬り落とすと右腕を斬る。自分へ迫る脅威を察知して腕を引いたため斬り落とすには至らなかったが深い傷を与えることに成功した。
しかし、斬り落とされた腕も斬られた傷もみるみる内に修復されていく。
攻撃を回避すると建物の上を跳び回りながら魔法を放つ。終焉の獣を挟んだ反対側からはイリスが氷柱を飛ばしている。
「その程度の攻撃が何だって言うんだ」
激昂した終焉の獣が尾を何百本と出す。
王都を覆うほどの大きさ。
「やるぞイリス」
「了解」
右からイリスが冷気を、左から俺が炎を浴びせる。
冷気と熱気の衝突によって水蒸気が発生する。濃い真っ白な霧に覆われてしまったせいでドルフが俺たちの姿を見失っている。
「だが、問題ない。私が見失っても、こいつは感知できている」
黒い腕が俺たちへと正確に狙いを定めて飛んでくる。
感知しているのは生きている人間の魂。故に視界を潰したところで逃れられる訳ではない。
「ああ、本当に問題ない」
回避する必要などない。
俺とイリスの所まで到達する前に黒い腕の動きが止まる。
「何をしている!」
「無駄だ」
止めているのは終焉の獣の意思ではない。
「捕まえました」
尾の根元で掴んでいるシルビアによるものだ。
巨大化したことで少々予定が狂ってしまったが、それでも根元の部分はシルビアが全力で手を伸ばせば抱えられる大きさでしかない。
全ての腕を合わせれば明らかに終焉の獣よりも大きな黒い腕。よく見てみると黒い腕の途中から新たな腕が生え、さらに新たな腕から別の腕が生えていることで大きな腕を形作っていることに気付いた。尾の根元部分には腕が1本生えているだけ。
それが掴まれたことで動きが制限させられていた。中心にある最も重要な尾を掴まれたことで命令が行き渡らなくなっている。
「どうして掴むことができる!?」
ドルフが困惑するのも無理はない。
物理攻撃が通用しない尾。それだけでなく触れる者から魂を奪い、生命力を吸収することができる。触れることすら不可能な代物だ。
それを可能にしているのが【壁抜け】だ。
全ての障害物をすり抜けるスキルを使用することによって、シルビアは尾に触れることなく掴むことができている。
「そのまま押さえていろよ」
シルビアの役割は尾を一纏めにしておくこと。
纏められた尾に鎖を巻き付けていく。ただの鎖ではない。
「よし」
これで問題ない。
「倒すことができないから動きを封じたつもりか? だが、この程度の拘束は簡単に抜け出して--」
「いいや、最後の仕上げはこれからだ」
ザッ。
終焉の獣が動きを止めたことで静かになった大通り。
そこに一人の女性が立っていることにドルフが気付いて顔を向ける。
剣を上へ掲げたアイラがいた。
「もう、いいのよね」
「ああ。思いっ切り斬れ」
「マズい……」
俺たちが終焉の獣に関する情報を持っているのはこれまでのやり取りで分かっているはず。
だからこそ躊躇なく攻撃する姿に不安を覚えた。
だが、何かをするには手遅れだ。
騎士として優秀だったらしいが、このような異常な事態に対処できるほどの力はなかった。
アイラが剣を鋭く振り下ろす。
斬撃を飛ばす【飛天斬】。さらには【明鏡止水】の合わせ技。
派手に暴れていた終焉の獣の体が頭の頂から下まで綺麗に両断される。
「討伐完了」
剣を鞘に納めるアイラ。
斬られた方の終焉の獣には、起き上がるどころか体を再生させる気配すらなかった。