第27話 終焉の獣⑨
「ちっ、遅かったか」
一瞬にして変わる目の前の景色。
遠くに見えるのはメティス王国の王都だ。
粉塵の舞う中へと炎が叩き付けられる。が、中心にいる魔物は、魔法使いからの攻撃をものともせずに突き進む。
終焉の獣だ。
ただし、数分前に見た時よりも体が一回り大きくなっている。歩いている終焉の獣の近くには家が立ち並んでいるのだが、いつの間にか周囲の家よりも大きくなっている。
「いいね。実にいい」
終焉の獣の肩に乗った騎士が笑っている。
「こんな国は滅ぼしてやる――喰え」
騎士の命令を受けて終焉の獣が黒い腕を周囲へと伸ばす。
幸いにしてこの場には多くの人間がいる。喰らうことによって体を大きくして力を強めている。
盾を構えていた一人に黒い腕が迫る。
「ひっ!?」
既に黒い腕がどのような物なのか知っているのか自分へ迫っていることを知った瞬間に盾を放り出して逃げていた。あの腕の前では防具など意味をなさない。
「あ……」
「そん、な……」
兵士たちが次々に喰われていく。
「住人の避難を最優先に進めろ」
何の前触れもなく王都に現れた魔物。
住人の避難など全く間に合っておらず、兵士が壁になって犠牲となることで住人への被害を少しでも遅らせていた。
セラフィーヌが王都を選んだのには理由がある。
――斬!
東方の剣――刀を手にした男が駆け抜け様に終焉の獣の足を斬る。
「先ほどよりも硬くなっている」
深々と斬ることには成功している。
しかし、不満そうな顔を見るに本人は切断するつもりだったのかもしれない。
「ああ、同感だ」
槍を手にした壮年の男性が横に着地する。
彼が手にしているのは魔槍。太陽の力を集めることによって高熱を発し、相手を溶かしながら貫くことが可能な効果を持っている。
「さっさと片付けたいところだが、あの不死身性があったままでは埒が明かない」
他にも5人の男女がいる。
彼らはメティス王国の誇るSランク冒険者。春先から起こっていた諸々の事情によって半年以上もの時間を王都で待機させられていた。
そのことを同じSランク冒険者としてセラフィーヌも聞いていた。
他の場所に移すのは一つの手だが、それによって無視できないレベルの被害が出てしまうのは本意ではない。そこで、被害を最小限に抑えられる人々がいる場所へと移すことにした。
即ち、Sランク冒険者が7人もいる王都だ。
しかし、Sランク冒険者の力でも手に負えないかもしれない。
「止めろ、ドルフ! いったい、どういうつもりだ?」
地上にいる一人の騎士が頭上に向かって声を上げていた。
「決まっている。私は、この国を壊す」
「なっ……! どうして、そんなことを……!」
「この国は腐っている。実力主義を謳う公爵がクーデターを成功させた。これで血統主義の国も変わると思っていた。だから、私はクーデターに協力した。だが、実際のところはどうだ? 出世するのは家柄がいいだけの連中ばかりじゃないか」
「だから、壊すことにしたのか?」
「そうだ。乗っ取るなんて生温い方法じゃあ国は変わらない。やるなら1から……いいや、0から作り直すぐらいでないと何も変わらない」
騎士――ドルフへ話し掛けていた騎士へ巨猿が手を振り下ろす。
お互いの大きさに差があり過ぎる。触れただけでただの人間は潰されてしまうだろう。
「潰れたか」
手が叩き付けられた場所には陥没した地面があるだけで騎士の姿などどこにも残されていないことを確認すると再び前進を始める。
向かう先は、王城だ。
「これ以上、先へ進めるな」
戦争へは協力しなかったSランク冒険者たちだったが、王都が魔物によって蹂躙される危機ならば参戦しないわけにはいかない。
前へ進む終焉の獣へ攻撃を叩き付けていく。
「無駄なことを」
攻撃によるダメージは発生する。
しかし、瘴気を新たに得ることで無限とも思える再生が行われる。
終焉の獣が咆哮する。
それだけで周囲にあった建物が吹き飛ばされ、Sランク冒険者たちも歯を食いしばらなければならない事態になる。
「向こうはしばらくSランク冒険者たちに任せるか」
彼らにも久し振りに少しは働いてもらうことにしよう。
「見つけた」
目的の人物を見つけると駆け寄る。
「あの化け物の相手はSランク冒険者たちに任せろ。どういうわけか奴の尾には物理攻撃が通用しない。魔法が使える奴を集めて攻撃させろ。その間に少しでも多くの住人を避難させる。さっきみたいな大規模な攻撃をされると一度に何百人もの人間が犠牲になる。絶対に住人へ意識を向けさせるな」
次々と指示を出す王都のギルドマスター。
ルイーズさんに代わってギルドマスターになったのは、以前は副ギルドマスターを務めていた中年男性だ。現役だった頃はパーティリーダーとして的確な指示を出していたが、パーティが壊滅的な被害を受けたことで解散してしまったのを機会に現役を引退してギルド職員になった。
非常に頼りになる人物で、後を任せても問題ない、とルイーズさんから聞いている。
「お前は……」
近付く俺たちの姿に気付いたギルドマスター。
さすがはルイーズさんが優秀だというだけあって挨拶をしたことすらないのに俺たちの姿を知っていた。
ギルドマスターの視線が俺の腕の中にいる騎士へ向けられる。
「そいつは?」
「敵の魔物を操っている人物については知っていますね」
「ああ」
「その騎士と知り合いらしい人物がいたので保護をしました」
手が叩き付けられる直前に救出させてもらった。
「あの化け物の上にいる奴は、男爵家の次男で騎士団に所属しています。本人は、結構な実力があるのですが実家が貧乏男爵家ですから……」
王都の騎士団は、爵位を継ぐことができない貴族の次男や三男の受け入れ先になっているところがある。そのため実家の影響力が強く、実力よりも権力の方が重視されている。
そのせいで燻ぶっている騎士が多くいた。
そして、クーデターを画策した公爵はそういった人々に声を掛けていった。
「あの公爵なら実力主義という言葉にも期待が持てるから信じる気になれたのだろう」
王国には、そういった人々が多くいた。
長く続いている国だと、どうしてもそういったことが起きるようになる。
「だけど、実際にはクーデターに協力してくれた人の中でも爵位の高い者から優先して昇進させられました」
「まあ、クーデターを起こすにも資金や物資、人手で協力が必要になる。爵位の高い人たちなら簡単に用意できるから報いる為にも必要な措置だったんだろう」
しかし、詳しい情報を知らない者から見れば爵位を優先しているようにしか見えない。
結局、公爵も口先だけの人間で、身分で人を判断する。
そう思ってしまった。
「俺も似たような立場なので気持ちは分からなくありません」
ようやく分かってきた。
王都にいる終焉の獣は、帝国にいた頃とは打って変わって憎しみに囚われた獣のような雄叫びを上げている。
あれが本来の終焉の獣なのかもしれない。
おそらくは、『裏境の鏡』によって王国を恨むドルフの憎しみが映し出されている。
「事情は分かった。現状をどうにかしないといけませんね」
言いながらギルドマスターを見る。
Sランク冒険者が頑張ってくれているが、7人掛かりでもわずかに歩みを遅らせるのが精一杯。
今、必要とされているのは規格外の力。
もしくは、終焉の獣の弱点を知っているような人物だ。
「随分と詳しそうだな」
「少なくとも王都にいる人間の中では最も情報を持っている、と自負しています」
俺なら倒すことができる。
そんな思いを込める。
「お前たちが王都を拠点にしている冒険者だったなら、な」
「移動するつもりはありませんよ」
強制依頼を出したとしても王都を拠点に活動している冒険者にしか強制力を発揮することができない。
そして、俺は動くつもりがない。
「はぁ……」
溜息を吐くと金貨の入った皮袋を渡してくる。
「前金だ」
ざっと100枚ぐらい入っている。
「あの化け物を倒したなら、この10倍を払ってやる。だから、必ず倒せ」
「了解」