第26話 終焉の獣⑧
ふわっと浮かび上がるゴーゲン。
足元を見れば風で砂が舞っている。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。少しばかり張り合いのある相手で年甲斐もなくワクワクしておる。以前のカルテアは相手が強過ぎたばかりにワシの出番がなかった。じゃが、今度の相手は問題なさそうじゃ」
「もう100歳を超えているのですから気を付けてくださいね」
100歳!?
「小娘に心配されるほど老いておらんわ」
齢のことを言われるのが嫌なのか顔を顰めながら終焉の獣がいる方へと飛んで行く。
『お、きたねおじいさん。けっこうつよいみたいだけど、ぼくほどじゃないよ』
「悪いが、お主に付き合うつもりはない。せいぜいワシの研鑽に付き合ってくれ」
『は、へ?』
ゴーゲンが左上から右下へと杖を振り下ろす。
すると、それに合わせて終焉の獣の体が斜めに切断される。
「後ろにいるお前さんごと斬るつもりだったじゃが、その黒い腕は厄介じゃな」
繭のように丸くなった黒い腕。
終焉の獣に色々とアドバイスをしていた騎士の姿が見えないが、おそらくは繭の中にいるのだろう。
魔法を無力化する黒い腕。その中にいたおかげで命拾いしていた。
『ひどいよ、もう』
切断されたはずの体が黒い腕によって引き寄せられて接着する。
「酷い? 何がじゃ?」
『人の体を簡単に斬ることがだよ』
「安心せい。化物相手に容赦をするつもりはない。それに酷いのはこれからじゃ」
『え……?』
空に浮かんだ数十の火球。
それが一斉に落ちてくる。
体に当たった瞬間に爆発を起こし、体が焼かれて炎に包まれる。
「次じゃ」
新たに作られ、再び落とされる数十の火球。
爆発と炎に包まれる終焉の獣は身を守る為に黒い腕で体全体を覆って耐えることしかできなかった。全身を完全に覆ってしまうと動けなくなる。耐えることはできるが、ゴーゲンを倒すことはできない。
子供である終焉の獣は現在の状況を不満に思っている。
それでも背中に父親がいるからこそ我慢している。
「さすがはゴーゲンの爺さんだ。手も足もどころか体が出せなくなっていやがる」
笑いながらリオが爆発の起こる場所を見ている。
飛び散った火の粉が砦の壁に当たっているのだが、燃える様子は見当たらない。
「俺たちは消火活動に当たった方がいいんじゃないか?」
「問題ない。爺さんが暴れることは予想できた。だからセラフィーヌを連れてきたんだ」
セラフィーヌが持つ魔法適性は【空間】。
今では世界中を探して数人の適性者がいるかどうか、という珍しい適性。さらに言えば実用できるほどに扱える魔法使いはセラフィーヌだけらしい。
「あいつは砦へ来た瞬間に砦が傷付かないように空間を操作したらしい」
詳しいことはリオにも分からない。
以前に聞いた話によれば、セラフィーヌは攻撃を受け止める障壁を生み出すのではなく、空間をズラすことによってズレた空間よりも向こう側へ攻撃がいかないようにしている。
「相方は“火炎旋風”ゴーゲンだ。周囲への被害を抑えるよう私から要請させてもらった」
「あの爺さんの名前は聞いたことがある。たしか魔法使いの癖に単身で魔物の群れに【火】属性の魔法を使いながら突っ込んで行って竜巻のような光景を引き起こしたことから、そんな風に呼ばれるようになったんだよな」
「それは正しくないな。【火】と【風】の両方を使いながら突撃するのがゴーゲンの爺さんの戦い方だ」
「げっ、マジかよ! じゃあ、100歳以上だっていうのは……」
「私も正確な年齢は知らない。しかし、100歳を超えているのは間違いない」
ゴーゲンは【火】と【風】だけではなく【光】にも適性を持っていた。
幼い頃から三つの属性の魔法を使いこなすことができていたゴーゲンは魔法を極めようとするものの人間の寿命ではどうしても限界がある。それでは魔法を極めるなど夢物語だ。
絶望したゴーゲンは【光】属性の魔法に着手し、寿命を伸ばすことに成功した。
「凄ぇじゃねぇか。【光】属性の魔法で長生きできるなんて」
「だが、間違っても真似しようとは思わないことだ」
ゴーゲン曰く、魔法の修行中に身に付いた魔力や適性があるからこそ可能な技。
過去に存在したどんな魔法にも属さないし、そもそも魔法なのかどうかすらも怪しい。彼だからこそ可能な技。
最悪の場合は、体が溶けて消えてしまうことすらあるらしい。
それに、寿命の引き延ばしに特化させ過ぎたせいで回復魔法など他の【光】属性の魔法を使用することができなくなってしまった。
だけど、それでもゴーゲンにとっては問題なかった。
「ふむ。こんなものじゃな」
火球による爆撃を止める。
煙と炎に包まれる終焉の獣。尾が撥ねるように動くと炎を次々と喰らっていく。同時に瘴気を得たことで体が元の状態に戻っていた。
『だから無駄なんだって……え?』
体を回復させたところで地面が光っていることに気付いた。
ただ光っている訳ではない。地面に描かれた魔法陣が強い光を発していた。
『これって……』
「私の魔法です」
シュッと終焉の獣の姿が消える。
どこにもいない。
「何をしたんだ?」
何かをしたらしいセラフィーヌの傍へと人が集まる。
この場で率先して確認するのはリオの仕事だ。
「私は空間に干渉することができます。色々な条件さえクリアすることができれば遠く離れた場所へ魔物を移動させることができます。相手はどうやら不死みたいで私たちの手には負えそうになかったので丸投げすることにしました」
文字通りに遠くへ飛ばした。
「どこへ飛ばしたんだ?」
「メティス王国の王都傍にある丘の上です」
ガタッ!
シルビアの纏う白い鎧が揺れる。
「おい、けっこうな人がいるんじゃないか?」
「ええ。たしかに多くの人がいますね」
王都のすぐ傍。
ということは王都にいる人が犠牲になる。
「私は報告しか受けていませんが、あれを召喚したのは王国軍の騎士なのでしょう? ならば、あれが暴れた責任は王国にあると思われます」
たしかに彼女が言うことに一理ある。
帝国に何らかの非があるのなら問題だが、今のところ騎士の目的について何も分かっていない。
「少し疲れました。休みたいので護衛をしてくれますか?」
その目は俺に向けられていた。
「なぜ、俺に?」
「私たち知り合いでしょう」
二人とも帝都で活動していた冒険者。
リオとの間にある偽設定を本当に持っている者がいてもおかしくない。
「できれば美味しい物でもあると嬉しいのう」
ゴーゲンも仕事を終えて休む気満々だ。
結局、護衛を引き受けて砦へと入る。
リオも礼を言う為についてきている。
「……この辺でよろしいでしょう」
人目がなくなった場所。
そこで改めてセラフィーヌが振り向いた。
「私たちの手には負えず王国へ押し付けるような形になりました。ですが、遠くへ飛ばすのはあなたたちにとって都合がよかったのではないですか?」
「……どういうことだ?」
「隠さなくてもいいですよ。その鎧には情報を隠蔽する効果があるみたいですね」
鎧の内側を覗き見できるようなスキルを持っていた人物と偶然にも遭遇してしまった場合に備えて鎧にはいくつかの機能を持たせてある。
情報隠蔽の機能もその一つ。
【透視】や【気配探知】をした際に全く異なる人物が見えるようにしてある。
「私やゴーゲン様クラスの魔法使いになれば、鎧を纏っている方たちの魔力の大きさを感じることぐらいはできるようになります。カルテアの際には帝国を助けていただいてありがとうございます」
「バレているのか」
兜を脱いで姿を晒す。
「本当に若いの」
カルテアとの戦い。
二人とも率先して戦ったため俺たちが合流する前より戦線離脱をしていた。そのため顔までは見られていない。
「今回、王国と敵対する為にそのように姿を隠していたのでしょう。ですが、王国を守る為に戦うのなら全力を出せるのではありませんか?」
そこまで分かっているなら話は早い。
終焉の獣は決して不死身などではない。もしも、本当に不死身なのだとしたら以前に討伐されることはなかったはずだ。
「でも、足が……」
「行きは私が送ります。こちらへ戻ってくる時はリオ……失礼、陛下の仲間の力を借りれば問題ないでしょう」
ソニアのスキルなら国を越えるような長距離の移動でも楽にできる。
「分かった。奴を仕留めてくる」
「ご武運を」