第17話 狂気の村-中-
伯爵と名乗る男を地面に放り投げるイリス。
逃げる村人を召喚したデュラハンと共に隣村まで護衛したところで戻って来ていた。
その後、氷の棺に閉じ込めていた指揮官を回収。
狂気に満ちていた村だったが、【迷宮適応】を信用したイリスは殺し合う兵士たちの間を縫って指揮官の元まで辿り着いていた。
争いの真っ只中にいた将軍だったが、皮肉にも氷の棺の内側にいたおかげで凍傷の危険に晒されながら守られていた。
「見覚えがあるな。たしか王国軍のフレイペトス少佐……いや、今は上の席が空いたから将軍になっているのか」
「……その通りだ」
「一体、何があったのか説明してもらおうか」
「敵に情報を簡単に渡すと本気で思っているのか?」
「少しは状況を見て判断することだな」
王国軍と帝国軍が殺し合っている。
現状では、敵味方に分かれているものの、どちらかが全滅するまで続けるような勢いだ。それに最悪の場合には片方が全滅した時に味方同士で殺し合いが始まる可能性もある。
絶対に止めなくてはならない。
「もう、王国軍も帝国軍もない。今は一人の人間として殺戮を止めなければならない」
「……」
フレイペトス将軍は答えない。
なら、代わりにヒントを出してあげることにしよう。
「この将軍は家族を人質に取られている」
「おまえ……!」
将軍との間に何があったのか言うようイリスに指示を出す。
あの状況では仕方なかったとはいえ、自分の置かれている状況を伝えてしまったことを今さらながらに後悔する。
「あと、将軍が受けていた命令は『村人の惨殺』。村人の大半が殺されたところを見ると命令は達成されているのかもしれないけど、全員が殺された訳じゃない」
「つまり、家族と村人を天秤にかけた結果、家族を優先させた訳か」
ウルカエル将軍がフレイペトス将軍を殴る。
「恥を痴れ!」
いくら敵国とはいえ、無抵抗の村人を惨殺するなど大問題だ。
このまま処刑してしまいたい気持ちに駆られるウルカエル将軍。しかし、現状で最も情報を持っているのはフレイペトス将軍だ。
「お前に命令を出していたのは誰だ?」
「知らない……本当だ! 奴らとのやり取りは全て手紙で行っていた。だから相手の顔なんて見ていないし、手掛かりになるような物は何もない」
「じゃあ、どうやって家族が人質に取られていると判断したんだ?」
もしかしたら狂言の可能性もある。
「私はクーデターを成功させた功績から将軍になった。前国王に忠誠を誓っていた連中からすれば憎しみの対象となる。だから、守るべき家族には護衛をつけていたんだ。ところが、私の元に護衛の頭だけが届けられた」
偽物などではなく、たしかに人の息吹が感じられた。
届けられた死体には人の温もりが残っており、それほど時間が経過していないことが分かった。
探せば犯人を見つけることができるかもしれない。
しかし、それはできなかった。
「これでも将軍の地位を利用して優秀な護衛を雇っていた。そいつらが恐怖に怯える形相を浮かべながら死んでいた。そんな相手に反抗すれば人質に取られている妻と娘がどんな目に遭わされるのか分からない」
それに命令の内容は難しいものではなかった。
今回の戦争で、国境に最も近い村で惨殺事件を起こす、というもの。
戦争という状況なうえ、敵国での出来事ならば現場を知らない軍の上層部を誤魔化せると思った。
「部下の大半については村を包囲することしか説明していない」
国境に最も近いことから密偵の巣窟になっている。そのため村を検分するまでの間、村人が逃げ出さないよう包囲しておく必要がある。今後の王国の為にも必要な検査だと伝えられていた。
「幸いにして将軍という地位だった。側近を自由に選べる権利はあった」
村で何をするのか本当のことを伝えられていたのは、村に突入した30人の騎士たち。
クーデターによって血気盛んになっていた彼らは戦場を求めていた。そのため剣を振るうことができる状況を喜んで受け入れた。
「私の役割は、ここまで王国軍を連れてくることだったらしい」
村を包囲していた兵士たちも『狂気』に当てられて惨殺に参加している。
「それは、村で何が起こっているのかは知らない、ということだな」
「ああ」
「……」
これ以上の情報は得られそうにない。
「連れて行け」
「はっ」
捕虜となるフレイペトス将軍。
この先、どのような扱いを受けることになるのかは帝国軍が判断することだ。
「……どうするべきか?」
手掛かりが何もない。
しかし、このまま手をこまねいている訳にもいかない。
「将軍、いいか?」
「……陛下!」
戦場までこっそりとついて来ていたリオ。
会議室にいた時の皇帝が着る服ではなく、冒険者のような格好をしているため話し掛けられるまで紛れていることに気付かなかった。
「先ほど聞こえてきた子供のような声。アレに原因があるのは明白だろう。ならば声が何なのか突き止める必要がある」
「ですが、手掛かりが何もありません」
「手掛かりなら先ほどの話から得られた」
脅されていたフレイペトス将軍。
命令の内容は『この村での惨殺』。敢えて場所をしていた。
「この村に何らかの『特別』があるのかもしれない。村に関しては君たちの方が詳しい。何か知らないか?」
「そのように言われましても……」
思い当たることはない。
「だとしたら、アレが原因だろうな」
「アレ、ですか?」
リオの視線が村の中へと向けられる。
俺も同感だ。
「村の中に妙な物がある」
「それは、一体……」
「分からない。村中に狂気が渦巻いているせいで、はっきりと捉えることができない」
異常が起きている村。
原因を特定するため真っ先に【鑑定】を使用してみたところ、村全体に覆う何らかの力によって阻害されている。けれども、何かに反応したのは間違いない。
リオも同じように【鑑定】で気付いている。
「原因は村の中心にある。それを破壊しに行くぞ」
「え、まさかこの惨状の中を突っ込むつもりですか?」
敵味方に分かれて斬り合っている。
そんな状況へ足を踏み入れるだけでも危険を伴う。
「今も無事な私たちの手でどうにかしなければならない。詳しい場所が分かっているのは私だけだ。ついて来る勇気のある者だけついて来ればいい」
「……」
騎士たちが躊躇している。
運が悪ければ死んでしまう可能性が高い。
「おい、こんな危険な状況に首を突っ込むんだから報酬はさらに弾んでくれるんだろうな」
名乗りを挙げたのはラテルだ。
「当然だ。その代わり、私をしっかりと守れよ」
「もちろんだ。報酬の件もそうだが、突っ込んでいった奴らの中にはウチの若い連中もいるんだ。見捨てられる訳がないだろ」
突撃した傭兵の中には『紅鬼傭兵団』も含まれている。
無事だったのは、耐性のあった団長と副団長ぐらいだ。
「俺も協力するぜ」
「おうよ!」
傭兵が次々と名乗り出る。
無事だったのは団長クラス。自分が手塩にかけて育ててきた部下が正気を失った状態で戦って死んでいく姿を見ていられなかった。
「手伝おう」
『幻影傭兵団』に扮している俺たちも協力する。
今の状況なら不自然さもないはずだ。
「分かりました。我々、騎士も協力させていただきます。陛下に、もしものことがあっては騎士の名折れです」
「よし、準備はできたな。王国軍も帝国軍も関係ない。正気を失っている奴ら全員を救い出すつもりで突っ込め」