第12話 “大熊”キュロス
「おい、生きていたんだってな『幻影傭兵団』!!」
バン! と壊れそうな勢いで扉が開けられる。
人が近付いていることは部屋の前を見張っている魔物から報告を受けていたから事前に鎧を着ることができた。
「誰だ?」
「おいおい、俺の顔を忘れたのかよ」
現れたのは2メートル近い身長を誇る鎧を着た男。
非常に濃ゆい顔をしながらニカッと笑う。一度見たら忘れない特徴的な顔なのだが、初めて会うのだから知らないものは知らない。
「すまない。10年以上も戦場を離れていたから忘れてしまった」
「本当に大丈夫かよ。剣の腕も鈍っているんじゃないか?」
「そっちは問題ない。帝都で冒険者をしていたから剣はずっと振っていた」
「そっか、それならいいぜ。無様な姿を晒して死ぬなんていうオチは俺も知り合いとしてごめんだからな」
やはり知り合いだったか。
「俺は『紅鬼傭兵団』の団長をしているラテルだ。よろしくな」
無邪気な笑顔を見せるラテル。
子供のような印象を受けるが、鎧を着た俺よりも大きな体をしている。戦場ではそれだけで有利になる。
「どうして、この戦場へ来た?」
「俺は帝国の出身なんだ。帝国には常備軍がいるから東の方で稼いでいたんだが、最近の状況を聞いて駆け付けたんだ」
「そうか。俺も今は帝国で暮らしている。今の状況が崩れると困るから参戦させてもらった」
当たり障りのない範囲で設定を答える。
「なら、付き合え」
「なに?」
「お前の腕が衰えていないのか確認してやる」
肩を組まれて部屋の外へと連れ出される。
全身鎧を着たままシルビアとアイラを見る。
二人は関わりになりたくないのかサッと視線を逸らした。男の俺が対応するよりも女の二人が対応した方がボロを出してしまう可能性が高い。
ここは俺が対応するしかない。
「着いたぞ」
連れて来られたのは砦の中にある訓練場。
円形の広場になっており、3メートルほど上からは階段状になっていて訓練の様子が見られるようになっていた。
硬く舗装された地面や頑丈な壁。これなら騎士の訓練にも耐えられる。
「おい、連れてきたぞ!」
「本当にいたのかよ」
「役に立つのか……?」
訓練場には複数の人がいた。
おそらくラテルと同じ『紅鬼傭兵団』に所属する傭兵や他の傭兵団の者たちだろう。
あっという間に取り囲まれる。
彼らの反応は二つに分かれた。
久し振りの再会を喜ぶ者。
懐疑的な目を向けてくる者。
実力を疑われるのも仕方ない。なにせ10年以上も戦場へ出ていなかった傭兵。鈍っていてもおかしくない。
「問題ない。戦場からは離れていたが、冒険者として魔物相手に戦っていた」
「悪いが、戦場で人間を相手にするのは森で魔物を相手にするのとは訳が違うぜ」
人垣の向こうから姿を現す男。
使い込まれた古い鎧を着ており、左目の横から口の左端へ深い傷がある。40歳は過ぎていると思われるが、体に僅かな衰えがあるだけでベテランの風格を携えた男だ。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
会話を続けるが男が俺に気付いた様子はない。
今の俺は鎧を着ている。そのため声も低くなっている。全身鎧という特徴が声の違いも隠してくれていた。
「そうは言ってもな……」
傭兵の言いたいことも理解できる。
大半の魔物は知能が低い。そのため本能の赴くままに襲い掛かってくる。
対して人間は狡猾に動く。相手の隙を伺い、頭で考えながら行動する。
本能のままに戦う魔物と同じように戦っては人間相手だと役に立たない。
「どうすればいい?」
「オレとサシで戦え」
ベテラン傭兵が背中に差していた斧を抜く。
人の顔よりも大きな刃が左右についた斧。切れ味もそうだが、それ以上に相手を叩き潰せるだけの力がある。
「お、久し振りの“大熊”のキュロスの本気が見られるのか?」
大熊という異名で呼ばれるだけあって大きな斧を軽々と振り回している。
「いいだろう」
俺も剣を抜く。
相手が傭兵であるのなら、こちらも実力を見せなければ信用してもらえない。
ただし、使用するのは神剣ではない。腰に差していた黒い剣。そもそも今は神剣を強化する為に預けている最中で手元にはない。そのため俺が変装している黒い鎧を着ていた男――ホセが手にしていた真っ黒な剣と似た剣を迷宮の力で生み出して使用させてもらっている。
「ほう。なかなかの業物を使っておるな」
「礼を言っておこうか」
「だが、本人の腕が鈍っていては宝の持ち腐れだ」
「そうではないことを今から証明してやる」
突っ込んでくるキュロス。
振り上げられた斧が勢いよく振り下ろされる。
これは俺が戦場に立つ資格があるのか確認する為のテストだ。真正面から受け止めなくては意味がない。
剣を翳すと言葉通りに斧を真正面から受け止める。
「むぅ!」
キュロスが斧を押し込んでくる。
あまりの強さに足が後ろへ僅かに下がる。
けど、それだけだ。
斧の一撃に耐えた。
ただし、これで終わっては魔物と戦っているのと変わらない。
そう思っていると斧を下へ引き、がら空きになっていた胸へと突き出してくる。
俺も剣を下へ落とすと斧が上から叩かれ、狙いが膝へと落ちる。そこへ、さらに足を叩き付けると地面に押し付ける。
「……腕は落ちていないようだな」
「認めてもらえてよかったよ」
ホセの戦い方も誤魔化すのに役立ってくれた。
『幻影傭兵団』について軽く調べさせてもらったところ、リーダーでもあるホセは高い筋力を活かして剣を振り回して敵陣へと突っ込んでいく。防御は基本的に鎧任せで回避はしない。
ステータスと頑丈な鎧。
二つの力が揃っているからこそ取れる戦略。
その二つを揃えることができた俺が真似るのは簡単だった。
「すげぇ、見えたか今の?」
「それよりも二人のパワーだろ。この硬い地面を削っているぞ」
「さすがは有名な人たちだ」
若い傭兵が囃し立てる。
最近はすっかり姿を見せていなかった強い傭兵。関わりがなかったが故に彼らの興味を掻き立てていた。
ベテランの傭兵たちもキュロスが戦う姿を見せたことで納得していた。
「よかったな」
「ああ、ありがとう」
手を差し出してくるキュロス。
親しみを込めて俺も握る。
すると、キュロスが抱き着いてきた。ハグだ。相手の健闘を讃えているだけで深い意味はない。
「よう、誰だお前」
「……!?」
キュロスも他人に聞かれたくない話をしたかっただけだ。
「どういうことだ?」
「オレはホセが駆け出しの頃に鍛えてやった経験があるから分かる。あいつの剣は、お前の剣よりも重心が下を向いていた」
「それだけで?」
「何度も直すよう言っていたから覚えていただけだ。だけど、それ以外の部分では真似できているぞ。特に手が左右逆なところとか、な」
『幻影傭兵団』を真似るにあたって彼らの映像を見せさせてもらった。迷宮主であるリオに頼めば帝都にいる人間の様子を観察することなど簡単だ。
ホセは、日常生活では右手をよく使っていた。物を持つ時も右手だったし、迷宮を探索している最中に邪魔な木の枝があれば右手で払っていた。
だから右利きだろうと判断した。
けど、剣を持つ時だけは上にくるべき右手が下になっていた。
おそらく左右を逆に持ってしまう癖があったのだろう。
そういった細かな所を知ることで真似た。
が、もっと細かいところを知る人物がいた。
「……できれば黙っていてほしい」
「オレは、お前の正体なんて興味がない。ただ、戦場に立てるだけの実力があるのか知りたかっただけだ」
「で、合格か?」
「ようこそ、クソッタレな戦場へ」