第22話 ドラゴンの祖母と孫
魔物の増え方の一つに生殖がある。
普通の動物とは異なる法則で生きている魔物だが、雌雄が合わさることによって新たな命が生まれることもあるのは人間と同じだ。
ドラゴンも雄と雌が出会うことによって数を増やすことはできる。
最初に会ったクォアルは、奥にいるドラゴンの事を兄だと言っていた。
執事として傍に控えていたティニルはどうなのか分からないが、他の三人は血の繋がった兄弟である可能性がある。
兄弟ならば、父や母がいなければならない。
そして、祖父や祖母がいてもおかしくない。
「オレが忘れる訳がねぇ。まだ本当にガキだったオレのことを『鍛える為だ』とか言って魔法で何度も痛めつけられたんだから、アンタの使う魔法とオレのババァが使う魔法が同じだっていうのは間違いねぇ。何よりもアンタの言動が同一人物だ」
同一人物だと確信しているヴィシュ。
しかし、それはあり得ない。目の前にいる賢竜魔女は最下層手前の門番として迷宮の魔力から生み出された魔物。ヴィシュとの間に血縁関係があるはずがない。
だけど、全くの見当違いという訳でもない。
「アンタのは勘違いだよ。ワタシは、アンタの祖母なんかじゃない」
「そんなはずねぇ!」
「ワタシは、迷宮が迷宮の魔力を消費して生み出した魔物でね。その時に元となった魔物がいるんだよ」
不死帝王や極限盾亀のようなユニークな魔物。
いくら迷宮でも何もない状態から魔物を生み出せる訳ではないため元となる情報が必要になる。
それこそ【魔力変換】で迷宮の魔力に換えてしまった魔石。
魔力に換えることで以後は自由に生み出すことができるようになる。と言っても強過ぎる魔物は、消費する魔力の量も膨大なので何体も生み出せる訳ではない。効率を考えて1体いれば十分だ。
「まさか――」
「おそらく、ワタシの元になった魔石はアンタの祖母の物だったんだろうね」
たしか3代目の迷宮主が討伐したドラゴンの魔石だったはずだ。
詳しいことは知らないが、アリスターから少し離れた場所で暴れており、このままだとアリスターまで来る可能性があったため早めに討伐する為に動いた。
その時に魔石を手に入れており、【魔力変換】に成功している。
「ババァ、何やってんだよ……」
生き別れたと思った祖母に再会できたと思えば、その相手は祖母であって祖母ではない。
ユニークな力を持つ魔物は、その正確に力が依存しているところがあるため迷宮の力で生み出された後も生前の性格を残している。そのためヴィシュの祖母と言動まで一致してしまった。
「まあ、いい。ババァでなくてもババァぐらい強いことには変わりない。一緒に来てくれ」
「なんだって?」
「故郷が奪われた」
聞けば、ヴィシュは故郷としていた山で王子のような存在だった。
父親が群れの中で王として君臨しており、群れにいる100体以上のドラゴンを従えていた。当然、王の子であるヴィシュが次の王となる。三体の子供の中では最も強かったため誰も反対しなかった。
しかし、内心では違った。
着々と王位を簒奪する為の準備が側近だと思っていたドラゴンの手によって進められていた。
そのドラゴンは、現王の兄。
ドラゴンの王は純粋に力でのみ決定される。
強い者が主となる。
その掟に従った結果、兄は弟に王の地位を譲ることになった。
弟に負けた。
兄にとっては、王になれなかったことよりも弟に負けたことの方が許せない。
だからこそ、表面上は王となった弟を支えるフリをしながら王を倒す為の準備を進めていた。
ただし、自分の力では勝てないことを理解している。
そうして、頼ったのが別の群れで王をしていたドラゴン。
可能な限りの支援をした末に強くなった別の群れの王にヴィシュの父親は負けてしまった。
屍は野に晒され、群れは吸収されてしまった。
だが、王の子供であったヴィシュたちは吸収されなかった。群れに入れれば力となるが、王位を継ぐはずだった存在はいずれ担がれる可能性があり危険だ。不穏分子を手元に置いておくような愚かな真似はしなかった。
ヴィシュも挑むような真似はしなかった。
凄まじい力を持つドラゴンであるヴィシュ。それでも王だった父には勝てない。その父を倒した相手に勝つことなど不可能だ。兄や妹と協力したとしても、その時には数で勝る向こうが群れ単位で戦うだけだ。
結局、逃げるしかなかった。
兄弟についてきたのは、教育係だったティニルのみ。
少なくなった家族は、1000年以上も前に自分たちの前から姿を消してしまった祖母を求めて、この大陸へと渡ってきた。そして、この場所で進化の可能性を見出し、新たな群れを作って報復に出向くつもりだった。
「なるほどね」
ヴィシュの事情は分かった。
この地にいたドラゴンで村を襲ったのも群れ全体の力を底上げする為だ。
だが、最終的には王同士の戦いになる。ヴィシュが相手よりも強くならなければ意味がない。
群れを強くするのと同時に自分も強くしていた。
しかし、そうしている内に最大戦力の3体がやられてしまった。
「だが、ババァ! 最強のドラゴンであるアンタがいれば問題ない。あの群れは、アンタとアンタの夫が一から作り上げたものだ。それが奪われて悔しくないはずがない!」
「断るよ」
「は……?」
まさか断られるとは思っていたのか、口を開けたまま呆然としてしまっている。
「魔物の社会は弱肉強食。ズルや卑怯な真似をされたって言うんなら許せないところだけど、アンタの話を聞いていると正々堂々と戦った末に群れを譲り渡しただけじゃないか。別に憤りを感じるところなんて何もないよ」
賢竜魔女の考えは、魔物の社会においては当たり前の考えなのかもしれない。
弱肉強食。
自然界で生きる上では、どうしても欠かせない掟になっている。
「それに今のワタシは迷宮の魔物だ。今は数百年ぶりに外へ出してもらえて嬉しかったんで、はしゃいでつい力を出し過ぎちまったけど、主に迷惑を掛けるつもりはない。手を貸す気はないね」
これで、ちょっとはしゃぎ過ぎ?
岩山は原形を留めないほど粉々に壊されてしまっている。嵐では済まされない災害が通り過ぎた後のような状態になっている。
とてもではないが、はしゃぎ過ぎなどという言葉では済まされない。
「……やっぱり、アンタは俺のババァじゃねぇ」
「最初からそう言っているだろう」
呆れたのか溜息を吐く賢竜魔女。
「だけど、一つだけいいかい? アンタの祖母さんが生きていたとしても同じように考えたはずだよ」
賢竜魔女の性格は、ヴィシュの祖母の性格が元になっている。
当然、考え方なんかも同じだ。だから、群れの在り方に対する考えも同じ結論に達する。
「そんなはずない!」
「同じ考えをしているはずのワタシから言わせてもらえば、アンタは群れの争奪戦に敗れた負け犬――いいや、負けドラゴンだね。力を付けてリベンジしようっていう考えはいいけど、そこでも人間たちに負けそうだからといって情に訴えかけようっていう魂胆が気に入らないね」
「黙れ!」
「ボコボコにしてやるから覚悟しな」