第21話 賢竜魔女
激しく降る雨。
そんな中にあっても黒い炎が消えることはなかった。
「ただの炎じゃないね」
感心した様子で黒い炎を見つめる賢竜魔女。
一方、ヴィシュの方は突如として現れた賢竜魔女の事が気になって仕方ないようだ。
「まさか……」
……ん?
知り合いなのか?
そんなはずはない。賢竜魔女は千年以上も前の話だが、迷宮の魔力で生み出された魔物。ヴィシュが迷宮に挑むようなことをしていなければ会う機会はない。
それに賢竜魔女の方はヴィシュを気にしたような様子がない。
「どれ、少しはやるみたいだし、強めに力を出してやるかね」
「あの馬鹿……!」
召喚する直前に手加減をするように言っておいた。しかし、彼女には手加減するようなつもりがない。
「【吹雪の息吹】」
賢竜魔女の持つ杖から強烈な冷気が放射される。
瞬く間に地面や岩が凍り付き、雪山にいるような錯覚にとらわれる。
「マズい……全員、集まれ」
寒さに体を震わせながら極限盾亀の後ろへと集まる。
極限盾亀も自分の後ろに守るべき主と眷属の全員が集まるのを確認すると魔力を周囲に展開させて障壁を作る。盾と同様の力がある障壁。内部にいる間なら外部の影響を受けるようなことはない。
「だから私は反対だったの」
同じように冷気を使うイリスが外の景色に呆れていた。
氷属性の魔法を得意としているイリスでも岩山を一瞬にして雪山に変えるような芸当はできない。
「仕方ない。それに召喚した対価に見合うだけの効果はあったみたいだ」
障壁の内側からティニルを見る。
寒さに体を震わせているティニル。俺たち以上に体を震わせており、意識が朦朧としているようだ。
「ドラゴンって言っても蛇に近い魔物だから寒さには弱いんじゃないですか?」
「その割にヴィシュは平気そうじゃない」
俺と同じように極限盾亀の背から顔を出して外を見るシルビアとアイラ。
アイラが言うようにヴィシュは平然としていた。
「普通の炎じゃない。けど、普通の炎と同じように熱かったから冷気にも耐えられているんでしょ」
「なるほど」
黒い炎が放つ熱気。
それに扱うヴィシュには冷気への耐性もあるのだろう。
「ババア……」
「なんだい。随分と失礼なガキだね」
「生きていたんなら、どうして帰って来なかった」
ヴィシュが大剣を振り回す。
同時に黒い炎も周囲へと振り撒かれて賢竜魔女の出していた冷気を溶かしてしまう。
晴れる岩山。
雪解け水によって足元は濡れていたが、元の状態を取り戻していた。
が、ティニルの方は限界だったらしい。
「さ、さむい……」
バタッと倒れてしまった。
まだ生きているようで【人化】が解かれるようなことはなかった。
技術を身に付けて魔法すら掻い潜れるようになったティニルだったが、さすがに周囲を凍らせて雪山に変えてしまうような攻撃の前では無力だったらしい。
「ティニル。チッ……!」
「余所見をしている暇があるのかい」
「……!?」
倒れるティニルを見て舌打ちをするヴィシュ。
その眼前へ【空間転移】を使って移動してきた賢竜魔女を見て驚愕せずにはいられなかった。
驚くヴィシュを無視して持っている杖で腹を突く。
「がはっ……」
口から赤い血を吐きながらヴィシュが吹き飛ばされる。
突いた瞬間、風属性の魔法で衝撃波を発生させ、闇属性魔法によって遠く離れていくよう調整している。
岩山の断崖に叩き付けられるヴィシュ。
今の突きは、攻撃の為ではなくヴィシュを離れさせるのが目的。
「死ぬんじゃないよ」
杖を空へ向かって掲げると地上が影に覆われる。
「げっ?」
頭上を見上げれば呆れるしかなかった。
直径10メートルの岩が浮かんでいる。1個や2個程度の数ならば脅威に感じなかっただろうが、100以上の岩が浮かんでいた。
「ここにはいい土があるね。おかげで、強力な弾丸が造れたよ」
土属性魔法の中でも初級と言える【土弾】。
土を圧し固めて弾丸を造り出し、相手に向けて放つ魔法。魔力だけの状態から弾丸を造り出すことも可能だが、自然にある土を利用して弾丸を造った方が魔力の消費を抑えることができる。
それも弾丸として適した大きさの時の話だ。
直径10メートルの弾丸。しかも100以上の数ともなれば魔力の消耗を抑えるなんていう話ではなくなる。
「いきな――!」
岩の弾丸が落ちてくる。
まるで雨のように落ちてくる弾丸は、岩山を吹き飛ばし、砕けた破片が麓へと落ちて行く。
途中で立ち寄った村が心配になるほどの損壊。
しかし、俺に賢竜魔女を止める術はない。
「楽しくなってきたね!」
後半は、降り落ちる岩に炎を纏わせていた。
もう滅茶苦茶だ。
岩山が崩れるような状況にあっても極限盾亀は一切のダメージを負っていない。当然、障壁の内側にいる俺たちには何の影響もない。
「あの、【絶対命令権】は?」
迷宮主は、迷宮眷属や迷宮の魔物に命令を聞かせることができる。
俺の命令にはシルビアも含めて関係者は誰も逆らえない。はず、なんだけど……
「どういう訳か、あいつには【絶対命令権】は力を発揮しないんだ」
今も周囲に気を遣って戦うよう命令を出している。
しかし、一向に聞く気配がない。唯一の救いは、俺に対して敵対する意思を持たせないよう強制することができることだ。その代わりに、彼女は自由にしなければならない。
迷宮にいる魔物の中で最強の魔物。
力を持っている代わりに命令で縛ることができない。
「こんなもんかね」
気付けば空中に浮いていた賢竜魔女。
満足そうな表情を浮かべていた。
「出ておいで。慣れない力のせいで気配を隠し切れていないよ」
俺にも分かる。
岩山に落ちた岩の下からヴィシュの気配が感じられる。
岩の一部が下から吹き飛ばされて大剣を手にしたヴィシュが現れる。
「ババァ‼」
「まだ言うかい」
ヴィシュの言葉に怒った賢竜魔女が土の槍を造り出して投擲する。
土の槍が迫るヴィシュだったが、黒い炎を纏う剣で受け止める。
黒い炎に包まれると土の槍もドロドロに溶けてしまった。
あの黒い炎の前では、どんな攻撃も燃やされてしまう。
「ああ、また迷宮の魔力が――」
ちょっと怒った拍子に強力な魔法を放つ。
迷宮の魔物は、迷宮の外で魔力を消費してしまうと迷宮の魔力まで消費してしまうようになっている。本来なら迷宮内でのみ使うことの許された魔物。その魔物を外でも使ってしまうことへのちょっとしたペナルティだった。
弱い魔物なら大したことはない。
しかし、賢竜魔女が使う天災級の魔法ともなれば無視することができない。
「――どんどん減っていく」
だから外へ出したくなかった。
「男が細かい事を気にしているんじゃないよ」
こっちの声が聞こえていたらしく、怒鳴り声が聞こえてきた。
「相変わらずだなババァ」
「さっきからババァ、ババァと煩い奴だね。ワタシのことを知っているのかね」
「オレは、アンタの孫だよ」