第18話 極限硬化
慣れた、と言ってもフォリスの速度に慣れた訳ではない。
俺が慣れたのはスキル――迷宮魔法の扱い。迷宮魔法は、基本的に各々の迷宮にいる魔物のスキルや特性を魔法として再現させたもの。
今回、俺が再現したのは極限盾亀の硬度。
自身の硬度を限界以上に引き上げる【硬化】の魔法。それを極限盾亀の防御力を掛け合わせることで強化する。
【迷宮魔法:極限硬化】。
再現するのは簡単ではなく、フォリスの攻撃を受ける極限盾亀を何度か見ることでようやく完成した。
「確実に倒す為に急所を狙ってくると思ったよ」
目で追えない速度で移動したフォリス。
しかし、フォリスならば急所――心臓を狙ってくるという確信があった。そこで胸の前に手を置いてみたところ、極限盾亀が持つ盾と同程度の硬度にまでなった俺の手とぶつかることになった。
「がぁ、くそっ……!」
フォリスが後ろへ跳ぶ。
痛めた右手を左手で押さえている。逆にダメージを受けてしまっている。
そして、迷宮魔法を使用して防御した俺の方には全くダメージがない。
後ろへ跳んだフォリスを追う。痛みのせいなのか速度が出ていない。
「どれだけ速く動けてもダメージが与えられないなら勝てないぞ」
そのまま突っ込む勢いで両手の拳を使って攻撃する。【極限硬化】を使用しているおかげで世界最強の手甲を装備して殴っているようなもの。今ならドラゴンの鱗すら打撃で砕ける自信がある。
フォリスが体を左へ右へと動かして回避する。態と直撃しないよう打撃を繰り出している。
隙を見て後ろへ大きく離れようとする。
「そうはいかない――【召喚】」
フォリスの真後ろの地面に魔法陣が描かれる。
一瞬にして魔法陣から現れるのは、元の位置からこちらの戦闘を眺めているだけだった極限盾亀。来ようという意思は感じられるのだが、いかんせん動きが遅い。
「なにっ!?」
この状態で離れる為に後ろへ跳べばぶつかる。
「やるぞ」
リミットシードルがコクッと頷く。
前後からリミットシードルと同時に拳撃を繰り出す。
足の動きは鈍重なリミットシードルだが、腕を繰り出すのは非常に速い。
そして、俺の役割はフォリスがこの場から移動しないようにすること。左右や上へ跳ばれないよう拳を繰り出すことによって大きく離れるのを阻止している。無理矢理抜け出すことも可能かもしれないが、その時には必ず極限まで硬化させた体と衝突することになる。
一方、フォリスの方は前にいる俺の攻撃は見て回避することが可能だが、後ろにいるリミットシードルの攻撃は気配を頼りに回避しなくてはならない。
一撃、二撃……五撃。
そこまではよかったが、6発目の打撃を背中に受けてしまう。
目が虚ろになって意識が飛びそうになっている。耐えられたのは、ドラゴン特有の防御力を誇る鱗があったから。防御力を高める為に人の身に鱗を纏っていた。防御力は高められるが、人の体には一部分であっても重すぎる鎧。フォリスにとって最大の武器である速度が殺されてしまうことになるが、大きく回避することができない状態では多少の重りは不利にならない。
だが、鱗の力を以てしても致命的な一撃を受けてしまった。
「必殺――」
「ギャウ!」
俺の拳がフォリスの右腹にめり込む。
次の瞬間、後ろからリミットシードルの右手による拳が叩き付けられる。
右前と左後ろからの打撃。
「こ、これは……」
痛みによってフォリスの意識が戻る。
しかし、同時に感じる下腹部からの痛みに気付いた時には既に手遅れだった。
「――ぶち抜き」
異なる場所へ強力な打撃を同時に受けたことで衝撃によってフォリスの体が捩じ切られる。
胸から上だけとなった上半身が宙を舞う。
――ドサッ!
下半身が崩れ落ち、上半身が捨て落とされる。
凄まじい速さを誇っていたフォリスでも走る為に必要な脚がなければ脅威にはならない。
「ぐはぁ」
「まだ生きているのか」
口から血を吐き出すフォリス。
ドラゴンは生命力も強いため捩じ切られても生きているらしい。
道具箱から魔力回復薬を取り出す。
【極限硬化】。途轍もない防御力を得られ、硬くしたからといって速度が落ちるようなこともないため攻撃にも使える魔法だが、想像以上に魔力を消費する。やはり人の身で再現するようなスキルではなかった。
魔力枯渇により途切れそうになる意識を繋ぎ止めて魔力回復薬を飲み干す。
魔力回復薬は飲めば飲むほど体に抵抗が出来て飲んでも効果が薄くなる。それに俺の魔力が強過ぎて完全に回復する訳でもない。1日に飲めるのは3本程度が限界だ。
空になった瓶を収納すると倒れるフォリスに近付く。
警戒して殺気を向けてみる。
「無意味だ。もう戦う力なんて残っていない」
俺が近付いてもピクリとも動かない。
どうやら本当の事みたいだ。
「せっかくだ。死ぬ前に一つだけ教えてくれ」
「……何だ?」
「お前たちがここで何をしていたのかは知っている」
ドラゴンという最強種の魔物が地脈の上にいることで噴出させ膨大な量の瘴気を吸収していた。
とはいえ、吸収したからといっていきなり強くなれる訳ではない。
瘴気を吸い過ぎたキマイラが自滅してしまったようにドラゴンにも必ず限界、というものが存在している。
「どれだけ膨大な瘴気を手に入れたところで無意味だ。限界以上の力を手に入れて何をするつもりだ」
「……たしかに我やクォアルでは限界が存在する。だが、奴は……奴だけは違う」
「奴?」
「我の弟だ」
最奥にいるドラゴン。
そいつの為にフォリスやクォアルは協力していた。
「一つだけ忠告しておこう。我を倒したぐらいで慢心しないことだ」
「忠告ありがとう。けど、慢心できるような余裕はないさ」
「そうか。我は、お前たちがヴィシュに負けるのを楽しみに待つことにしよう」
フォリスの体から完全に力が抜ける。
そうして、全身が光に包まれると金色のドラゴンが姿を現す。上半身と下半身に分かれてしまっているものの満足できる状態だ。
☆ ☆ ☆
「魔物の進化、ですか……?」
「そうだ」
俺の言葉にシルビアが首を傾げていた。
フォリスから得られた最奥にいるドラゴンに関する情報。自分の最期を悟って弱気になっていたところでの言葉。
おそらく嘘偽りはないと思われる。
むしろ、自慢気に言っているようなところがあった。
魔物が限界以上の瘴気を得た結果。
一つだけ心当たりがあった。
「限界以上の魔力を得てしまうと99%以上の確率で失敗する」
結果は、以前のキマイラで見て知っている。
「だけど、稀に成功することがあるらしい」
1パーセントにも満たない奇跡的な確率。
その奇跡的な確率の先に驚異的な魔物が生まれることがある。
「それが極限盾亀や不死帝王みたいな魔物だ」
もはや英雄と呼ばれるような人物でなければ討伐が不可能なほど強さを持つ。
「そんな魔物になろうとしているんだろ」
「ちょっと待って。ドラゴンは進化する前でもリミットシードルに近い力を持っているのに、それ以上に強くなるっていうこと?」
「間違いなくなるだろうな」
そうでなければ進化する意味がない。
そして、そうなってしまえば英雄でも手に負えなくなる。
「俺たちのやることは進化する前にそのドラゴンを倒すことだ」
おそらく、まだ奥にいるドラゴンは進化していない。
そうでなければ手前で金と銀のドラゴンが何かをしている意味がない。
「行くぞ。猶予は、それほど残されていないかもしれない」