第10話 最北の村
翌朝、ウルカを出発する。
今日の目的地は山脈に最も近い場所にある村……正しくは最も近い場所になった村だ。
以前、最も近い場所にあった村はドラゴンの襲撃により壊滅している。
そのため、現在はその村の手前にあった村が最も近くなっている。
そして、ドラゴンを警戒する者たちの拠点として使われていた。
村を訪れたのは情報収集が目的だ。
「よぉ、あんたらがウルカに飛んで行ったドラゴンを倒した奴らだな」
情報収集の為に酒場へ入ると剣を背負った一人の男が出迎えてくれた。
情報収集と言えば酒場。酒が飲めないので普段は寄り付かないのだが、荒くれ者の多い酒場での情報収集を女性陣に任せる訳にはいかない……と言いつつも俺が心配になって全員で来ている。
「よく知っているな」
「昨日、ウルカヘドラゴンが飛んで行ったのはここからでも見えたからな」
救援の為に急いで向かおうとした。
ところが、村から出た頃には既に戦闘が終結していたためウルカまで来るようなことはなかった。
それでも異常事態であることには変わりないため情報を集めるために馬を出して情報を集めに行っていた。そこで、俺たちの事も知り、仲間に知らせる為に急いで戻って来ていたようだ。
「俺はここにいる冒険者連中のまとめ役をしているケミルだ」
「冒険者のマルスです」
「敬語はナシだ。たしかに俺の方が年上なんだろうが、故郷のウルカを救ってくれた英雄に感謝している。そんな奴に堅苦しい敬語を使われたくない。むしろ、こっちの方が敬意を表したいぐらいなんだが、俺たちの方が苦手でね」
「そういうことなら」
向こうからの要望があったので切り替える。
「お前たちがここへ寄ったのはノーズウェル山脈の情報が欲しいからだろ」
「正解」
俺たちは山脈について何も知らない。
一応、昨日の内に冒険者ギルドで得られる情報は聞いておいた。それでも、山脈に最も近い場所の方が新鮮な情報を得られる。
「冒険者ギルドで山脈の簡単な地図はもらってきた」
ノーズウェル山脈は、いくつもの山が連なっており、向こう側には海が広がっている。しかし、険しい山々が続いているせいでこちら側から海を眺めることはできていない。あくまでも海側から切り立った山脈を確認することが出来ただけだ。
「ギルドもかなり奮発したな」
地図は高価な代物で、正確であればあるほど価値は上がる。
俺たちが譲り受けた地図は、ギルドが保有している地図の中でも正確な物で、地形が細かく描かれている。これよりも詳細な地図だと出現する魔物についての情報が描かれた物があるが、今回は必要としていないためもらった地図でも問題ない。
「ただ、この地図は古い」
「古い?」
地形など簡単に変わるものではない。
大規模な地殻変動や災害でもあれば別だが、最近は地形を変えるほどの災害が起きたなど聞いていない。
「災害だよ奴らは」
奴ら、というのはドラゴンの事だ。
「何があったのかは知らない。だが、山脈の2ヶ所にデカいクレーターができていた」
ケミルの考えによればドラゴン同士が戦った跡ではないか、という事。
その考えはおそらく間違っていない。北から来たドラゴンは自分の力を誇示する為に元々いたドラゴンを倒している。その戦闘で出来たクレーターなのかもしれない。
「厄介なのは、そこに見るからにヤバそうなドラゴンが住み着いていることだ」
クレーターは手前と奥の2ヶ所存在している。
そして、手前のクレーターには銀色のドラゴンが居座り、奥のクレーターには金色のドラゴンが居座っている。
ドラゴンを監視している斥候の報告によれば居座っている2体のドラゴンは見張りのように決して動くことはなく、常にクレーターの外を警戒しているらしい。そして、クレーターに近付く者がいればその場から動くことなく殺している。
この情報も危険を伴いながら入手したものだ。なにせクレーター内にいるドラゴンは、自分たちを監視している者がいる事に気付いている。気付いていて脅威ではないと判断して放置している。
しかし、いくら脅威でなかったとしても一定以上近付けば殺されるのは確実。
虐殺されないギリギリの場所で監視を続けて情報を集めた。
「奴ら、山脈に元々いた魔物を次から次に殺していっている。魔物の中には仲間意識の強い奴らもいる。そういった連中は、お互いの実力差を気にすることなく仲間の仇を討つ為に戦いを挑んでいったんだ」
だが、普通の魔物がドラゴンに勝てるはずがない。
そのため、山脈にいた魔物は既に絶滅に近い数まで減らしてしまったらしい。
「魔物はしばらく放置すれば増えるから問題ない。だが、あんな危険な存在を野放しにしておくのは危険だ」
だから危険が伴うとしても斥候は情報収集をしている。
そして、今日になってドラゴンを倒せる可能性の高い俺たちが麓までやって来たことでケミルたち冒険者は俺に賭けることにした。
「知りたい情報があれば俺たちが知っている情報なら全て教える。それに食糧の運搬なんかで荷物運びが必要だって言うなら俺たちの中から体力のある奴を無償で出してやってもいい。だから、俺たちの故郷を必ず救ってくれ」
ケミルが頭を下げる。
その姿は本当に真剣で、心の底から故郷を助けて欲しいと願っていた。
冒険者は基本的に損得勘定で動く。利益がなければ依頼を受けるようなことはないし、利益があっても命を失うかもしれない危険な依頼なら避けてしまうのは普通の事だ。
そういった事情を分かっているにも関わらずケミルは願った。
柄にもなく利益を無視した感情が沸き上がってきた。
「俺たちには収納の魔法道具があるから荷物運びは必要ない。ただ、山脈には不慣れだから誰かにクレーターまでの道案内を頼みたい。けど、ドラゴンとの戦いだから戦闘に巻き込まれても責任は負えない。その覚悟がある奴にお願いできないだろうか?」
「もちろん、それぐらいなら構わない」
ケミルの紹介でリッキーという一人の青年が道案内を担当することになった。
リッキーは、どこにでもいるような普通の青年で冒険者とは思えないほど小柄な体格をしていた。
「これでも身のこなしには自信があるからドラゴンが相手でも逃げ切る自信があるよ」
笑顔でそんな風に言い切った。
なら、道案内は彼に頼ることにしよう。
「今日はもう昼過ぎだ。今から山脈に入ると途中で野営をする必要がある。それぐらいなら、ここで休んで明日の朝早くに出発した方がいいな」
ケミルの提案に反対する理由もないので村で休んでから出発することにした。
しかし、向こうは休ませるつもりがないらしい。
「どうした?」
シルビアが酒場の外を見つめていた。
正確に言えば村の北だ。
「……何か来ます」
シルビアでなくても全員が分かった。
「何だ?」
「地震、か」
地面が揺れていた。
「いいえ、違います」
地震とは違う揺れ方だ。
どこか遠くから地響きが伝わってくる。
「きゃあ!」
「出たぞ!」
酒場の外から悲鳴が聞こえてくる。
「ケミルさん!」
すぐさま酒場へ駆け込んでくる冒険者の姿があった。
緊急事態に際してリーダーであるケミルを呼びに来た。
「どうやら敵さんが熱烈な歓迎をしてくれたらしい」
慌てている冒険者とは対照的に落ち着いたケミルが外へ出る。
俺たちもケミルに続いて酒場から出て山脈のある北を見ると、思わず言葉を失ってしまった。
岩肌の斜面を亀みたいな茶色いドラゴンが駆けていた。
「地竜だ」
以前にグレンヴァルガ帝国で見たカルテアほどの大きさはないが、似たドラゴンが村へ向かって来ている。