第14話 魔剣
「えっと……自分がどういう立場で、どうして助かったのかも理解することができたんだけど……本当に?」
アイラがステータスカードを見ていた視線を上げて尋ねてくる。
「本当だ」
俺が肯定すると姿勢を正してベッドの上で正座をした。
「ええと、とりあえず助けてくれてありがとう」
「気にするな。デメリットもある助け方だし、俺がもっとちゃんとしていれば負わなくてもいい怪我だったかもしれないんだし」
「それを言えば魔剣の特性について知っていたにもかかわらず、あの可能性を疑っていなかったあたしの責任でもあるわ」
これ以上2人で問答を続けていても先に進まないので俺の方から折れることにする。
「分かった。できれば魔剣について知っていることを教えてくれないか?」
「そう、ね……さっきまでなら無関係だって言って突っぱねることもできたんだろうけど、あなたの眷属になった以上、何かをする為にはあなたの許可が必要になるのよね」
シルビアにもそうだが眷属だからといってそこまで縛るつもりはない。
「だったらあたしの抱えている事情を説明するから魔剣の破壊に協力してくれないかしら」
魔剣の破壊、か……やっぱりアイラの目的は辻斬に懸けられている賞金なんかじゃなかったか。
「そもそも魔剣っていうのは何なんだ?」
「魔剣は、所有者に絶大な力を与える代わりに呪いを与える剣のことよ。この街にいる辻斬なら所有者に絶対的な再生能力を与える代わりに他者の生き血を吸い続けなければならないっていう代償を与えるものよ」
体を両断されても首を斬り落とされてもすぐに元通りになる。
たしかに絶対的な再生能力だ。
俺にも所有者に対してはどうやって対処すればいいのか分からない。
「元々、魔剣はこことは違う迷宮にある宝箱から4本をあたしの父が魔剣とは知らずに見つけた物だったの」
鑑定なしでただの冒険者が剣を魔剣だと見抜くのは難しい。
「1本は父が自分で使うことにして残りの3本は売ることにしたわ」
魔剣だと知らずに冒険者として討伐依頼を受けて魔物退治を1週間も続けた頃、異変は起こり始めた。
それまで優しい父親だった彼が突如として怒り易くなった。仕事の方は新しい剣を手に入れてから調子がいいくらいで、普段は笑顔を浮かべていた。だが、ほんの小さなことでも怒ることが多くなった。
そして、それから1週間後――悲劇は起きた。
「夕食前に弟と父がちょっとしたことで口論になったところ、いつも以上に怒った父が魔剣を手に持って弟を斬り殺したの。その後、父の狂気をただ見ているしかなかった母が父に詰め寄ってしまい、母とも口論になった末に母までも魔剣で殺してしまったの」
そこから先は、魔剣に魅入られてしまった自分への怒りから狂気を止められなくなってしまった。
家から出ると街を歩く人を見るだけでストレスが溜まり、目に付く人から次々と斬り殺して行った。最終的に20人近い一般人と魔剣を持った父を止める為に魔剣と戦った冒険者5人が犠牲になったところで首に剣を突き入れられて暴走は止まった。
その止めを刺したのは他ならない娘であるアイラだった。
冒険者だった父から護身用目的に基本的な剣の使い方だけは教わっていたアイラは当時の低いレベルながら理性を失っていた父の背後から隙をついて剣を突き刺していた。ただ、これ以上暴走する父の姿を見ていられなかった。
「その後、事件を調査に来た偉い人が父の持っていた剣を鑑定した結果、父が手に入れた剣が魔剣であることが分かったわ。犯人である父はあたしの手で殺したし、暴走も魔剣のせいってことになったからあたしが咎められるようなことにはならなかったわ。けど、生き残った人たちの意識まで変わるわけじゃなかった」
当時のことを思い出したのか膝を抱えて俯いてしまう。
「街にいる人のあたしを見る視線が凄く冷たくなったんだ。夕食の食材を買おうとしても冷たい接客態度のままだったり、酷い時には売ってさえしてくれなかったりしたこともある。だから、街にいられなくなって街を出た後で別の街で冒険者になったんだ」
家族はもう誰もおらず、街を出て行くのに未練などなかった。
なんとなく俺が村にいられなかったのと似ている……いや、アイラは何日も耐えていたのだから俺よりも状況は酷いだろう。
「冒険者になって、それなりに実力を付けたあたしが何を目標にしようかって考えた時に思い付いたのが『父が売ってしまった3本の魔剣』のことだった」
父親が持っていた魔剣には『何でも斬れるようになる』という能力があった。代償に所有者に『キレやすくなる』という呪いが付随されていた。
そんな凶悪な呪いを持った魔剣が少なくとも3本も出回ってしまっている。
「あんな悲劇を繰り返させるわけにはいかない。魔剣は簡単に強大な力を与えてくれるけど、同時に人を簡単に貶めてしまう。そんな剣ならない方が絶対にいい」
力は使い方次第で良くも悪くもなる。
だが、ほぼ高確率で悪くなってしまうことが確定している力ならば捨て去ってしまった方がいいだろう。
「魔剣を探すうえで、どうすればいいのか考えた結果、父のように事件を起こしている可能性が高いって考えて危険人物を片っ端から探して行くことにしたの。で、危険人物の情報を集めている内にいつの間にか賞金首の情報が舞い込むようになっていって、わたしも魔剣の所有者であるかどうかは本人に確認しないと分からないから手当たり次第に狩って行ったら賞金稼ぎになっていたわ」
アイラの目的は魔剣の所有者だけであったが、それらしい人物を次々に倒して行く内に賞金稼ぎとして認識されてしまったらしい。
「それでも今までに2本の魔剣所有者を倒したわ」
『斬った物を溶かす魔剣』
『斬った傷を治癒不可にする魔剣』
不死を与える魔剣以外にも魔剣所有者を見つけて倒していた。2本とも魔剣を手に入れてすぐに錯乱状態に陥っていたり、激痛に襲われて暴れたりしていたため居場所の特定にはそれほど苦労しなかった。
そして、最後の魔剣所有者である辻斬を見つけたが、魔剣の効果を知らなかったため首を斬り飛ばしただけで安心している内に逃げられてしまった。その時、首を斬り飛ばしたせいで大量の血が失われてしまったことにより、辻斬の呪いは一気に進行してしまい、次第に一般人よりも強い者の血を好むようになっていた。
アイラもアリスターの街で情報を集めながら魔剣の攻略方法を必死に考え、自分のステータスでは魔剣の破壊は不可能だという結論に達した。その結果、魔剣を手放させるという手段に出ていた。
結果は、進行し過ぎた呪いによって魔剣そのものが意思を持つようになり、所有者の手元へと戻る、という状態になってしまった。
「正直に言ってあたしの実力だとどうしようもなかったけど、このステータスなら魔剣の破壊も可能だと思うわ」
「最悪、無理だった場合には俺が破壊してやるから安心しろ」
「そういえば、今までに倒した魔剣はどうしたんですか?」
シルビアの疑問ももっともだ。
所有しているだけで危険そうな魔剣の処遇はどうなったのか?
「父の魔剣が領主様に回収された後、危険だと判断した領主様が溶かしちゃったから魔剣は跡形もなく消え去ったわ。その話を聞いていたから同じように他の魔剣も鍛冶場に持ち込んで溶かしてもらったわ」
俺が魔法で脅した方法を鍛冶場で実践したわけだな。
「魔剣の捜索は明日から再開するのですか?」
「そうね。ポーションもあるし、飲んだ後で1晩ぐっすりと眠れば体調も快復しているような気がするわ。そうしたら今日と同じように辻斬の捜索から始めて――」
「捜索の必要はないぞ」
どうして? という感じに首を傾げていたので、ある魔法道具を見せてあげることにした。
「この振り子は、アホみたいに魔力を消費する代わりに探したい物の方向と距離を教えてくれるっていう代物だ。こいつを使えば辻斬を探す必要なんてない」
試しに使ってみたところ、現在は西区にある貧民街に隠れていた。
「そんな便利な代物があるならどうして最初から使っていなかったの?」
「使わなかったんじゃなくて使えなかったんだ。こいつを使うには探したい対象を強くイメージする必要がある。会ったこともなければ似顔絵も出回っていない相手をイメージすることなんてできない。だから最初の1回は自力で遭う必要があったんだよ」
その為に昨日、今日と夜間警備に当たっていた。
だが、1度遭遇してしまった以上、辻斬が俺から逃れることは不可能になった。
「それなら明日はわたしもお手伝いします」
「そうだな。シルビアにも見学する権利はあるな」
シルビアが夜間警備に参加しなかったのは依頼を受けるうえで必要な冒険者ランクの制限に引っ掛かってしまったためである。こっそりと参加しなかったのもバレた場合を考えて家で待機していた。
しかし、ギルドの依頼に関係なく討伐に赴くならランクは関係ない。
「さあ、ここからは狩りの時間だ」