第7話 悪意
俺は目の前にいる男の言っている言葉の意味が分からなかった。
「は? 俺の取り分は?」
「そんな物あるわけないだろ」
その言葉を聞いて目の前の男を先輩冒険者だと見なくなった。
こいつは、敵だ。
冒険者ですらない、ただの盗賊だ。
だが、俺のような弱者が戦いなれた冒険者を相手にして勝てるはずがない。ここは、勝つことよりも生き残ることを優先させよう。
「迷宮で見つけた宝は基本的に見つけた奴に権利があるっていう話を聞いたことがあるんだが」
「ああ、無用な争いを避ける為にそういうことになっている。だから、お前にはここで死んでもらうことにする」
全員が武器を抜いていた。
その目を見て本気で俺を殺そうとしていることを悟った。
俺も、仕方なく剣を抜くが、
「おいおい、なんだその剣は?」
男がニヤニヤとした笑みをしながら聞いてくる。
手に持つ剣を見れば刃がボロボロに朽ちていた。土壁に突き刺したり、魔法で壁を無理やり壊したりせいでダメージが入っていたようだ。隠し部屋を見つけたことに興奮したせいで剣の状態を確かめることを忘れていた。
しかも試しに少し振ってみただけで欠けていた刃が更にボロボロと崩れてしまった。
そんなことをしている間にリーダーが目の前まで迫っており、剣を振りかざしてきた。
咄嗟に握っていたボロボロの剣で受け止めようとするが、リーダーの剣を受け止めることすらできず、剣が当たった瞬間、完全に砕け散ってしまった。
「あ、父さんからもらった剣が……!」
「剣の心配なんかしている場合かよ」
「うっ……」
リーダーの蹴りが腹に思いっ切り叩き込まれ、地面をゴロゴロと転がる。
(痛い……)
腹の痛みに顔を顰めながら転がったまま冒険者たちを見上げると、リーダーが宝箱の横に移動しており、ニヤニヤと中身を確認していた。
「さすがは迷宮だな。これだけのお宝があるなんて」
「仲間の俺たちは山分けだぜリーダー」
「もちろんだ」
宝箱の中身をどうするのか考えているのだろう、男たちが笑い出した。
「なんで、俺みたいな初心者の後なんか付けていたんだ」
迷宮の入り口で出会った男たちは迷宮から帰るところだったのだ。
その予定をわざわざ止めてまで俺みたいな初心者を尾行する理由が分からなかった。
「初心者だから、お前を尾行していたのさ」
「は?」
「迷宮には初心者の幸運って奴があってな。初めて迷宮に入った奴ほど浅い層で宝を見つけやすいんだ。俺たちが初めて潜った時にも壁に埋め込まれた宝石を見つけて金貨1枚ぐらいの稼ぎにはなった。それから、前にもお前みたいな初心者を捕まえて見つけた宝を奪ったが、その時の宝はここまで凄い物じゃなかったな」
俺の前にも初心者狩りをしていたらしい。
そして、盗賊のような冒険者に目を付けられた俺も初心者狩りの標的にされてしまったようだ。
とりあえず痛む腹を我慢しながら立ち上がると、降参を示すように両手を上げる。
「お宝は諦めるから命だけは見逃してくれないか?」
家には帰りを待っている家族がいる。
「はっ、帰すわけがないだろ」
後ろから聞こえてきた声に振り返ろうとすると、左肩に鋭い痛みが走る。
(痛い、痛い……!)
再び地面に転がると斥候役の男が装備した2本の短剣を手の中で弄んでいた。
片方の短剣が血に濡れて、紅くなっていることから斥候役の短剣によって肩を突き刺されたのだろう。
――グサッ。
倒れる俺の目の前に矢が突き刺さる。
「おりゃっ」
「ぐはっ」
前衛の男が俺の体をボールでも蹴るように何度も蹴り飛ばす。
(こいつら……)
男たちがさっさと俺を殺すつもりならすぐに終わっていただろう。それでも俺がまだ生きているのは、男たちが俺を嬲って遊んでいたからだ。
「おい、どけ」
入り口の方から声がする。
何度も蹴られたせいで意識が朦朧とし始めていた。
それでも自分の命の危機を感じ取ったからか、離れる男たちとは反対方向に転がる。
薄らとした視界の中で爆発が起こる。
(火魔法――火球)
火属性の魔法の中でも簡単な魔法で、火のボールを生み出し、相手に叩き付けることで爆発も起こす。
立ち上がろうとする度に代わる代わる誰かが攻撃してくる。
「かはっ……」
まだ遊ぶつもりなのか火球の威力も調整されており、熱と爆発の影響で呼吸がし辛いが、致命傷にはなっていない。
――ピキッ。
地面を転がっていると下から音が聞こえた。
(……ピキッ?)
音のした場所を注意深く見てみると地面に亀裂が生まれていた。
(そうか、さっきの魔法で……)
さっきの火球は、威力も調整されていたが、それ以上に狙いを俺の足元に定めていたため爆発による衝撃が地面に伝わっていた。そして、亀裂が出来た場所の先から僅かにだが、風が流れていた。
そこで、ここが地下深くへ続いている迷宮の中だということを思い出した。
俺の足元にある地面は、土が延々と続いている地面などではなく、階層と階層を隔てる壁でしかない。流れてくる風の先には、今いる部屋のような空間、もしくは迷宮の通路が広がっているはずである。
(だったら……)
男たちに嬲られ、体力は消費していたが、魔力は消費していない。
なけなしの魔力を右手に集めると、地面に叩き付ける。
「……地揺れ(アースウェイブ)!」
魔法を発動させた場所を揺らす程度の魔法。しかも、俺の使う魔法程度では揺れによって男たちの足を止めることもできない。
「おいおい、なんだよその弱っちい魔法は?」
男たちがケラケラと笑っている。
だが、魔法使いの男だけは俺の目的に気付いたのか、注意を促す。
「チッ、全員離れろ」
地揺れによって脆くなっていた地面の一部に小さな穴が開く。ちょうど人が一人通れるぐらいの大きさだ。
滑り込むようにして穴に逃げ込む。
これで、下の階に逃げられる。
「え……?」
しかし、10メートル、20メートルと落とされても地面に落ちることはなく――バシャン、という大きな音を上げて水の中に落ちた。
☆ ☆ ☆
「ありゃ、ダメだな」
リーダーである俺は仲間に今回の標的である初心者がどうなったのか教える。
下の階層に逃げ込むつもりで開けた穴に飛び込んだのだろうが、下の階層に辿り着くことはなく、水の中に落ちた。しかも水の中に落ちた音が聞こえるまでの時間からして4~5階層分は下に落ちている。
装備もない、体力も魔力もボロボロな状態。
運よく生きていたとしても無事なはずがない。
「へへっ、リーダー。これ、どうする?」
斥候を担当している仲間が尋ねてくる。
今回の仕事で、一番働いたのはこいつだ。
俺たちは、こいつが尾行する後ろを離れた場所から付いて行っただけでこの隠し部屋を見つけることができた。
「分け前はお前が多いだろうが、基本的には地上で待っているアイツも含めて俺たち全員で山分けだぞ」
「もちろんだぜ」
これだけの宝石があれば俺たちが最初に潜った時に見つけた宝石や、前回の奴から奪った宝よりもデカい稼ぎが期待できる。
だから迷宮での初心者狩りは止められないんだ。