第31話 神の恩恵―後―
打ち上げは全員が思い思いに行動していた。
シルビアはイリスに頼んで自分のコンロを用意して自分から料理を提供し、アイラとイリスは現地の冒険者たちと話をして盛り上がっている。ノエルは母たちと一緒に食事を楽しんでいる。それというのも獣人を見るのが珍しいため奇異な視線を向けられて居た堪れなくなったからだ。メリッサは体調不良で伏せている。
大勢の人がいることもあり、一人ぐらい知らない人間が混じっていても気にされない。
ノエルのいる場所なら自由に動けるティシュア様が料理を楽しんでいた。
口の中に入れた串焼きを飲み込む。
「私に聞きたい事、というのは?」
「惚けなくてもいいです。エルマーたちの強さに関してです」
俺の最初の予想では、消耗した眷属たちが全面的に支援して魔物を倒すと思っていた。
しかし、実際に蓋を開けてみればアイラが近付く魔物を斬ったり、メリッサが魔法の使い方を教える為に手伝ったりしたもののエルマーたちだけでほとんど倒してしまったようなものだ。
予想外……と言うよりも異常だ。
何か理由があると考えるべきであり、あの状況なら【祝福】を疑う。
「勘違いをしているようだから訂正しておくけど、【祝福】は【加護】に似た神の力を一時的に使えるようにするだけよ。信仰の対象であり、神獣を亜空間へと放逐して人々を助けた伝説から神になった私では風神のような分かり易い力を与えることはないわ」
神の力を持った神気を扱えるようになること。
そして、ステータスの一時的な上昇。
それぐらいしかできない、と言う。
ただし、ステータスの上昇だけでも十分だし、瘴気の魔物を倒せるようになるというのは十分なアドバンテージになる。
「貴方が懸念しているのは『信仰』の方よ」
「信仰?」
メンフィス王国にいた人々から信仰されていたティシュア様。
信仰されることによって得られる力によってメンフィス王国に安定を齎していた。
「私と触れ合うことによって『純粋な願い』が叶えられやすくなるわ」
「例えば?」
「そうね。強くなりたい――そのように願い続けていればレベルアップ時におけるステータスの上昇が高くなるわ。もっとも、迷宮主や迷宮眷属には及ばないけどね」
たしかにエルマーたちは同世代の少年少女と比べて強い。
戦闘を生業にしているシオドア族の子供たちの中で最も強いディアと対等に戦えるぐらいには強い。
「あの子たちは、あの私の神気がある屋敷で生活しているわ。その恩恵は、あの子たちを強くすることになったわ」
神気の恩恵を受けることによってシエラは風神から【加護】を受けるに至った。
それと似たようなことがエルマーたちにも起こっていた。
「じゃあ、俺たちにも似たような事が?」
屋敷で生活しているのは俺たちも同じだ。
「いいえ、それは難しいわ」
首を振って否定するティシュア様。
「これは、私の【祝福】を受けた者が持つ『純粋な願い』に呼応して何かしらの恩恵を与えるものよ。どれだけ強く願ったところで、大人の穢れた願いには反応しないわ」
どうやら、神様から見れば俺の願いも不純らしい。
まあ、力を望むにしても迷宮を拡張させる為の資金稼ぎに必要、となってしまうため神様が望むような『純粋な願い』ではないのだろう。
地味にショックではあるが、俺たちに影響がないのなら母たちにも影響がないだろう。
「……ん? ということは、屋敷で生活している子供は影響を受ける可能性があるっていうことですよね」
アルフやソフィア、それに兄の子供であるレウスだっている。
影響について頭を悩ませていると「大丈夫よ」とティシュア様が言う。
「影響が出るとしたら『純粋な願い』を持つ者のみよ。エルマーたちの場合は、自分を引き取ってくれた貴方の事を心の底から尊敬していて貴方に少しでも恩を返そうと願ったから反応しただけ」
強く願う必要がある。
そうなると、アルフたちのような幼児では物心がついていないため影響が出るほどの願いを抱けない。
「でも、それだとシエラに影響が出たのはおかしくないですか?」
シエラもまだまだ幼い。
最近では、他の子供たちよりも早く動き回れるようになったり、色々な言葉を喋ったりしているが、ティシュア様が言うような強い『純粋な願い』を抱いているようには見えない。
「そこは、アイラに責任があるわね」
「あたし?」
アイラが混ざってくる。
娘のシエラや自分の名前が呼ばれたことで反応していた。
「貴女は、自分のお腹にいる頃からシエラに『弟や妹を守れるような子になってね』と願っていましたね」
「まあ……」
その願いは、自分が弟を守れなかったことに起因している。
自分たちの人間関係を考えてシエラに異母弟や妹ができるのは分かっていた。だからこそ自分のような後悔をしてほしくないと思って願い続けていた。
その姿を屋敷にいた母たちは微笑ましく見ており、母たちとも友好的な関係を築けているティシュア様は自分が会う前のアイラの様子についても聞くことができていた。
そして、アルフやソフィアが生まれてからのシエラは、弟や妹を守れる立派な姉であろうとしていた。
「双子が生まれるまでのシエラは普通の子だったわ。けど、双子を見た瞬間に本能で自分が守らないといけない弟と妹だと悟ったのよ」
「でも、お腹にいた頃の言葉なんて……」
「頭では覚えていなくてもシエラの心にしっかりと刻み込まれているのよ」
弟と妹を守れる姉になる。
それは、シエラにとって使命のようなものになっていた。
「風神の【加護】を受けてしまったのは想定外だったけど、間違った方向へ行くようなことだけはないわ」
「信じていいんですよね」
「言ったでしょう。影響があるとしたら『純粋な願い』のみ。シエラの場合は、『立派な姉』という願いに反応して成長を促して強く在ろうとしている。これから顕著に表れることがあるかもしれないけど、親として見守る。それが貴女たちのするべきことよ」
神気による影響はたしかにある。
しかし、それらはステータスの上昇などによって表れるだけ。ただし、他者よりも強いことで起こる問題はいくつかある。その辺は、保護者である俺たちで対応しなければならない。
「納得はしてくれた?」
「そうですね。ただ、もっと早く言ってほしかったです」
そう言うとティシュア様が気まずそうに視線を逸らした。
「……だって、この事を言えばシエラたちに会わせてもらえないかもしれないじゃない」
神気の影響を根本から排除するならティシュア様の立ち入りを禁止する必要がある。
溺愛している子供たちに会えなくなる事を恐れたため黙っていた。
「そんなことはしませんよ」
子供たちだってティシュア様に懐いている。
もう会えないような事になれば子供たちから恨まれる可能性がある。
「良かった」
相当気にしていたようで俺の言葉を聞くとホッと胸を撫で下ろしていた。
「本当に神様ですか?」
そうしていると子供を溺愛する女性にしか見えない。
「もちろんですよ」
神気による影響などあるが、やっぱり普通の女性にしか見えない。