第26話 予想外な成長
「照準固定」
護衛の為に連れてきたジリーが迫るリス型の魔物へ杖を向けます。
対する魔物の方は小さな体を駆使してジグザグに動きながらジリーへと近付いています。魔物としては先に消耗している私を襲いたいところですが、その前に立つジリーが邪魔をしています。
ジリーが持っている杖は、先端に魔法の威力を増幅してくれる碧色の宝石がついた杖で、冬に私が誕生日プレゼントであげた物。さすがに迷宮の力で生み出した物をプレゼントにする訳にはいかなかったので、街にある店で購入した物ですが、奮発したので上質な物を渡すことができました。
「【風弾】」
魔法の名と共に放たれる風の弾丸。
小柄なリス型の魔物が俊敏に動いて弾丸を回避する。
ですが、魔物から離れたところで弾丸がギュゥン! と方向を変えて魔物に襲い掛かります。
潰されて弾ける魔物。
弾丸の威力だけでも絶命させる威力がありますが、肉片のように細かくなった魔物がドロドロに溶けて地面に黒いシミを作り出します。どうやら【祝福】を受けた効果もしっかりと出ているようです。
ただし、本人は自分の強さに納得していないようです。
「あの……強くなり過ぎじゃないですか?」
【祝福】を受ける前までの威力ならハンマーで殴った程度。小型の魔物なら十分に脅威となりますが、間違いなく一撃で吹き飛ばせるほどの威力はありませんでした。
「たしかに強くなり過ぎですね」
何らかの恩恵によってステータスが強化された場合に危惧するのが制御能力。制御できない力ほど危険なものはなく、自分だけでなく周囲にいる人まで危険に晒してしまう可能性があります。
ですが、ジリーにそのような様子はありません。威力に戸惑うようなことはあっても完全に制御ができており、弾丸の操作も問題なく出来ております。
「おそらく【祝福】との親和性が高いのでしょう」
「親和性、ですか?」
「はい」
ジリーはよく分かっていないようでキョトンとしています。
親和性と言いましたが、【祝福】とではなく『ティシュア様』との親和性です。
「貴女たちは【祝福】を授けてくれたティシュア様がよく立ち寄る私たちの屋敷で生活しています。エルフの女性が言うには、神の力に満ちた屋敷らしいです」
その恩恵と言っていいのか分かりませんが、シエラが【加護】を風神から授かることになりました。
シエラの例は特別です。
ですが、特別ではないジリーたちにも何らかの影響があってもおかしくありません。その一つが『ティシュア神との親和性』です。もっとも、ティシュア様にそのような意図は全くありません。屋敷での関係性は、知り合いの子供を可愛がる年上の女性と子供でしかありませんからね。
「いいのでしょうか?」
こんな力を貰ってしまってもいいのか。
エルマーもそうでしたが、境遇のせいか子供たちにはどこか遠慮したところがありますね。
ですが、迷っているような余裕はありません。
「……!」
ジリーも気付いたみたいですね。
森の奥から小型の反応がいくつも迫っています。
「どうやら敵も少しは考えたみたいです」
戦闘力の乏しい小型の魔物。
何も考えずにそれぞれ突っ込ませるのではなく、何十体という魔物を集めてから突撃させることにしたようです。
「ど、どうしましょう……!」
杖を抱きかかえてジリーが不安そうにオロオロしています。
今のジリーは魔法の実力は十分ですが、実戦経験がどうしても欠けています。やはり、アリスターの近くで受けられる簡単な依頼だけでは苦戦させられることが少なく、緊急事態への対処が備わっていませんね。
「どうしました?」
手招きしてジリーを傍に呼び寄せます。
私から明確な指示を受けたことで安心しています。
手を伸ばせば届く距離まで来たジリーの体をギュッと抱きしめます。
「メ、メリッサさん!?」
屋敷で健康的な生活をするようになったジリー。成長期ということもあって最近では身長も伸びて、体付きも女性らしくなってきました。
ですが、やはり子供ですね。
想像以上に軽い体を優しく包み込みます。
「これまで魔力制御の方法と簡単な魔法しか教えてきませんでした。ですが、貴女たちの願いを叶える為には、それでは足りません」
エルマーたち3人が目標にしている事。
3人とも助けてくれた私たちへの恩返しを考えており、直近の目標として自分たちを養う為に使ってくれたお金を返せるぐらいに稼げるようになりたいと考えています。
私たちとしては、多少の思惑があって引き取りましたが、本当に気まぐれで引き取っただけの子供たち。生活費の事など考える必要はありません。
それでも稼げるようになるのは生きていくうえで必要。
ちょっとした親切心から新しい魔法を教えることにします。
「心を落ち着かせない」
「は、はい!」
落ち着くよう言っても緊張したままのジリー。
抱き着いていると緊張しているジリーの激しく鼓動する心臓の音まではっきりと聞こえてきます。
「緊張しているのですか?」
「そ、それは……」
「大丈夫ですよ、ジリー」
「ふぇ?」
優しく語り掛けながら【闇属性魔法:鎮静】を使用します。
この魔法には対象の精神状態を落ち着かせる効果があります。医療現場では怪我をして興奮状態にある人に使われ、犯罪現場でも拘束した犯人に使われることがあると聞いたことがあります。
魔法を使った甲斐があったのかジリーの目がトロンとします。
戦闘状態にあることを考えれば危険ではありますが、これから私がやろうとしている事を考えれば落ち着いていた方がいいです。
「おかあさん」
それにジリーのこんな言葉を聞いてしまった後では何も言えません。
母親を知らずに育ってしまったジリーたち。この落ち着いた状態が母親に抱かれていると錯覚するのなら受け入れましょう。
ただ、最低限の理性だけは取り戻してもらわなければなりません。
「ジリー」
「はい……」
「落ち着くのはいいですけど、魔物が迫っていることぐらいはしっかりと認識しなさい」
「は、はい!」
今にも眠りそうな状態から起きてくれました。
どうやら少し魔法の掛かり方が強かったみたいです。魔法使いであるジリーなら魔法に対する耐性も強いはずなのですが、私が掛けた魔法ということに掛かり易くなる原因があったようです。
「杖を構えて」
言われるまま向かってくる魔物へ杖を向けます。
迫る魔物は、鼠型の魔物。体が小さく、戦闘力が低い代わりに1体の瘴気の消費量が少ない魔物なため数を用意することも難しくなかったのでしょう。
ですが、高位の魔法使いを相手に雑魚で数を揃えたところで意味がありません。
ジリーを抱きしめる手を通して魔法に必要なイメージを彼女の体に通します。
魔法を発動させる為に必要なのは、発動させた後の魔法のイメージと体内を駆け巡る魔法の感覚。
上級魔法を使用している最中の感覚を実際に使用してみせることで覚えさせます。
「【風属性魔法:暴風壁】」
私たちを中心に荒れ狂う風の防壁が生み出されます。
そこへ殺到してくる鼠の魔物たち。しかし、同時に襲い掛かってくる程度の知能はあっても、具体的な攻撃方法は理解できていなかったらしく、暴風壁に向かって突撃してくるだけ。
ただし、暴風壁は突撃してくる魔物を一切寄せ付けないどころか、体当たりしてきた魔物を遥か彼方まで吹き飛ばしていました。まあ、【祝福】を受けたジリーの魔法で吹き飛ばされたのですから戻ってくることはありません。
このまま魔法を維持しているだけで私たちの勝利です。
「今日の課題は、この魔法を維持することです」
【暴風壁】を維持する為に私も手伝っています。
ですが、本当にサポート程度ですので、維持し続ける為にはジリーが頑張る必要があります。
「でも、これ……けっこう、きついです」
「本気で強くなりたいなら、これぐらいの負担があった方がいいですよ」
もっとも、多少スパルタな訓練ができるのも【祝福】があるおかげです。
せっかくの状況ですから利用させてもらうことにしましょう。