第14話 『島』の毒
「もう、ちょっと右……あ、少しだけ前に進んで」
「どう?」
「あ、採れた!」
エルマーに肩車されたディアが木に生っていた果物を取る。
赤くて丸い果物。店で売られている林檎に似ている。だが、割って中を確認してみると真っ赤な果肉が詰まっていた。食べてみると絶妙な歯応えがあり、満腹感も得られる。
これも今では数が少なくなった果物。
だが、森の中を見渡せばいくつもある。
エルマーの知識によれば毒はないとの事だったが、調べずに口にするようなことはしない。きちんと【迷宮魔法:毒鑑定】で毒の反応を確認してから食べている。
「あぁ、美味いな」
昼食はきちんと食べてきたのだが、腹に溜まる美味しい物を口にしてしまうと手が止まらない。
「僕も食べるのは初めてです」
「さっき茂みにあった木の実は果物として美味しかったけど、こっちは食事として楽しめる」
ここへ至るまでエルマーは大きな茂みの中に生えていた木の実にも気付いている。その木の実も数が少なくなっている。割った瞬間に果汁が溢れ出してきて人々を魅了させてしまったためだ。
その木の実について俺は全く知らなかった。
木の実を見つけた時も、果物を見つけた時も大人の矜持として俺は知っていたフリをしていた。
が、それも限界が近付いていた。
木の実と果物は、どちらも【迷宮魔法:鑑定】では反応してくれなかった。
「次は何が出てくるかな?」
「楽しみ」
陽気な気持ちで先へ進むエルマーとディア。
二人が背負っている鞄には既に大量の素材が詰め込まれており、これだけで数日分の稼ぎになる。冒険者として活動しているエルマーにとっては喜ばずにはいられない。
一方で、俺たちは不安に潰されそうだった。
『本当にどうするの!?』
『もう珍しい物が出てこないで』
アイラとノエルが戦々恐々としている。
何かを見つける度に羨望の眼差しで見られる。尊敬する保護者たちなら知っていて当然。それに、自分が知らない利用方法や価値を高める方法を教えてくれるかもしれない。
そんな期待に満ちていた。
残念ながら期待に応えることはできない。メリッサやイリスでさえ知らないのだから俺たちに分かる訳がない。
『どうするべきか……』
唯一の救いはアイラがいることだ。
彼女がいるおかげで俺たちに対する絶対的な信頼は揺らいでいない。
『いや――』
素材採取はここまでだ。
「止まれ」
エルマーとディアに立ち止まるよう言う。
二人とも貴重な素材の採取にはしゃいでいたとしても戦士であることには変わりない。自分よりも上位者である俺からの命令には一瞬で従う。
そうして、何が起こっているのかを把握し、何をすべきか考える。
二人とも俺が右側を見ているのを確認すると、すぐさま状況を把握する為に森の奥を見る。そうして、次に耳を澄ませば人の走る足音が聞こえ、こちらに向かって呼び掛ける声が聞こえることに気が付く。
「おーーーーーい」
森の奥にいた人物は必死に手を振っていた。
自分に気付いてほしい、そういう想いもあるのだが、それと同じくらいに自分は無害だということをアピールしたかった。
森の奥から現れたのは3人の人物。
先頭を走るのはナイフと軽鎧を装備した男で身軽なこともあって後ろを走る二人よりも先を走ることができていた。後ろには盾と剣を手にした黒髪の青年がおり、そのさらに後ろを背に斧を装備した壮年の男が走っていた。
本来会う予定だった冒険者とは違うパーティだが、ここで冒険者と遭遇できたのは僥倖だ。
話題を採取から逸らすことができる。
「あんたら、新顔だな」
「そうですよ」
「そうか。この『島』へ来たのなら、いくつか……注意事項がある」
3人の中でリーダーは斧を持った男らしいのだが、重たい装備を持っているため体力を著しく消耗していたらしく、目の前へ来た時には息も絶え絶えだった。
収納リングから水筒を取り出して3人に渡す。
「助かる!」
奪い取るようにして水筒を手にすると口をつける。
リーダー以外の二人が水を飲む姿を羨ましそうに見ていたので二人にも水筒を手渡す。
「そんなに慌てなくてもいいじゃないですか。水ならそこら辺にいくらでも流れているんですから飲み放題ですよ」
水の流れる音が森の奥から聞こえる。
今は、そこまで行く必要がなかったため詳しいことは確認していないが、水に困るような場所ではないはずだ。
だが、リーダーは俺の言葉を一蹴する。
「止めておけ。ここの水は場所によって腐っている……いや、あれは毒に冒されているといった方がいいな」
「毒!?」
「この『島』へ来て3日目の事だ。その日、俺たちは先に来ていたパーティと合流して『島』の探索を行っていたんだ。だが、休憩に立ち寄った泉の水を飲んだ途端に連中が倒れやがった」
探索で疲れ果てていた冒険者は泉を見つけた瞬間に飛び付く勢いで泉の水を口にしてしまった。
本来なら、綺麗な水を見つけたとしても未知の場所で見つけた水を簡単に口にしたりしてはいけない。飲んでも問題ない水なのか匂いを嗅ぐなり、スキルを使用して確認するなりしてから口をつけなくてはならない。
だが、その時の彼らは『島』の特性で森の中を散々に歩き回された後でへとへとに疲れており、警戒できるほどの余力がなかった。
そうして、毒水を口にしてしまった。
後から追い付いた3人は、合流したパーティが倒れて行くのを見ているしかできなかった。
「あれは本当に馬鹿な真似をした。別の場所にあった泉は飲んでも平気だったこともあって警戒が緩んでいた」
「そうでしたか。それは災難な目に遭いましたね」
喉が渇いていたようなので腹も減っているだろう。
先ほど手に入れた果物を手渡す。
「馬鹿野郎!」
果物を目にした瞬間、リーダーに怒鳴られてしまった。
「今、言ったばかりだろ!」
「何がです?」
「この『島』にある物を簡単に手を付けたらダメだろうが! その果物にしか見えない物を食べたせいで仲間は生死の境を彷徨うことになったんだぞ」
その時の事を思い出したのか先頭を走っていた男が腹を押さえて蹲る。
「とはいえ、俺たちも保存食がなくなったから『島』にある物を食べるようになった。人の事は言えねぇ。だが、保存食があるなら手持ちの食糧を使った方がいいぞ」
人は飢えには勝てない。
彼らも現地にある物を口にすることの危険性を熟知しており、最初は持ち込んだ保存食だけで耐えようとしていた。しかし、『島』での生活が何日……何十日にも及ぶと耐えられなくなり、現地の食物に手を出してしまった。
彼らも慎重に食べていたのだろう。だが、あまりの美味しさについつい食べ過ぎてしまった。
「これ、中心まで口にしましたか?」
「……? ああ、最初はあまりに美味しかったんで全部食い切ったぞ」
原因はそこにある。
「この果物。中心部分に毒が集まっているんです」
「なに!?」
「だから外側だけ口にしていれば食べても平気ですよ」
毒の部分も適切な処理を行えば食べることができる。だが、手元にある道具や素材だけでは、魔法に頼らない方法ではどうしても処理することができないので持ち帰るようにしている。
「そうだったのか……」
3人とも落ち込んでいる。
毒がある、と分かってからは、たとえ見つけたとしても口にしないようにしていた。空腹でありながら目の前にある美味しい食べ物を見逃さなければならないのは酷く悔しかっただろう。
「よく知っていたな」
感心した目を向けられる。
毒について説明したことで俺が知っていたと思われたようだ。
「いやぁ……それが、そうでもなくて」
知っていたのはエルマーだ。
冒険者として口にしてはいけない物、それに適切な対処方法を勉強していた。金を稼ぐことを優先させている者が多いため、資料室を利用する冒険者は少ないが、資料室で勉強していたエルマーの知識は意外と……かなり役立ってくれている。
「これを食べて下さい」
「けど……」
一度、毒があると思って食べるのを躊躇っていたため適切な食べ方を教わったとしても躊躇ってしまう。
なので、収納リングからサンドイッチを出す。肉が間に挟まれたジューシーなサンドイッチだ。
「おぉ!」
「これを食べて力を回復させてください」
「いいのか?」
「その代わりに教えてほしいことがあります」




