第11話 不死身の体
「マルス!」
辻斬の攻撃を受けた俺のことを心配した兄が辻斬の攻撃によって吹き飛ばされた俺の方を見る。
辻斬は困惑したように自分の剣を見つめていた。
そして、俺は……。
「いったぁ~」
受けたダメージに顔を歪めていた。
ちょっと痛い。
「だ、大丈夫なのか?」
「問題ないです」
つくづく人外のステータスになっていたことに感謝しなくてはならない。
体力が10000を超えてしまったために俺の耐久力が飛躍的に上昇してしまった。結果、着ているコートが衝撃を吸収してくれたこともあって辻斬の剣に斬られることなく吹き飛ばされるだけで済んだ。
俺が辻斬に付き合っていたのは、辻斬の攻撃では死なないのが分かっていたからだ。
辻斬はどういうわけか超人レベルにまで強くなり、ステータスはおそらく1000を超えているだろう。だが、そこまでだ。超人レベルの辻斬では俺を殺すことはできない。
問題は、両断したはずの体が元通りになっていることだ。
「さて、負けることはないと分かっていたけど、不死の秘密を暴かないと勝つこともできないぞ」
「フフ、貴様に分かるかナ」
いや、もう分かっているんですけどね。
何か分からないかと試しに使ってみたところ、見事に『迷宮魔法:鑑定』が使えて結果を教えてくれる。
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名前:不死の魔剣
レア度:S
効果:魔力吸収 無限再生 血の渇き
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奴が持っている魔剣の名前と効果だ。
名前と『無限再生』から傷を負った時に再生してくれる効果があるのだろう。
さらに再生に必要な魔力は周囲の大気中から吸収することが可能なスキルを持っており、再生は延々に行われる。
ただし、それよりも厄介なのが『血の渇き』だ。これは、剣の効果を使用すれば使用するほど喉が渇いた感覚に襲われる、という呪いにも似た効果だ。渇きから解放される為には、水を飲んでも意味がない。他者の生き血を吸う必要がある。
なるほど。被害者は全員が斬り殺されていたが、それは血の渇きによって他者の血を欲していた辻斬が斬り殺していたからなんだな。だが、呪われたスキルがあったところで、こいつの罪が許されるわけではない。
『奴が持っている魔剣の効果はこれで全部か?』
『血の渇きについては呪いの進行具合によって他のスキルを強くする力があるぐらいかな』
スキルの詳細については、詳しく知ろうと思えば知ることができるが、迷宮核が知っていてくれたおかげで説明してくれる。
それよりも気になるのは、俺の鑑定が使えたということは奴の持っている魔剣が『迷宮』から手に入れた物だということだ。
『う~ん……ウチの迷宮には、あんな物騒な代物はないかな』
宝箱で手に入れることのできない魔剣だっただけに少々心配だったが、杞憂だったようだ。迷宮は、他にもいくつかある。おそらく、俺が迷宮主を務める迷宮以外から手に入れた代物なのだろう。
「マルス、それで奴はどうするんだ?」
兄も辻斬が起き上がったことから不死に近い能力を有していることは分かっているようだ。
「いくつか奴を無力化する方法については思いついているけど、その前に……」
路地の先へと視線を向ける。
そこには剣を携えたアイラがおり、ゆっくりと俺の方へと近付いてくる。まあ、けっこう派手に暴れていたから辻斬が現れたと思って近付いてくる奴がいるだろうと思っていたけど、最初に近付いて来たのがアイラか。
「ごめんね。最初に見つけた冒険者に優先権があるのは分かるんだけど、こいつだけはあたしに譲ってくれない?」
その目は、ただ賞金が欲しいという欲はなく、ただ決意にも似た強い意志が宿っていた。
「何か事情があるみたいだな。別に賞金が欲しいわけじゃないから譲るよ」
別に俺が倒した得られた賞金を渡してあげてもいいのだが、それでは賞金稼ぎとしてのプライドが彼女を許さないだろう。
それに彼女にとっては自分の手で討つことに意味があるように思えた。
ああ、そうだ……どこかで見たことがあるような目だと思ったら、暗殺者デイビスの下へ向かおうとしていたシルビアの目と同じだ。
一応、注意はしておいた方がいいだろう。
「そいつ、持っている魔剣の効力で不死身に近い体をしているぞ」
俺の言葉を聞いてアイラが目を丸くして驚いていた。
「驚いた。そのことに気付けたんだ」
「さすがに体を真っ二つにされたのに生きているようなら原因を探るさ。それよりもそっちも分かっていたんだな」
「あたしがあいつと戦うのは2回目でね。1回目の時は首を斬り落としてやったんだけど、ちょっと目を離した隙に離れた場所まで逃げられたんだ」
首を斬り落としてもダメだったか。
とはいえ、1度試しているのなら何らかの方法は考えてきているだろう。
「一応、心配してくれてありがとう」
トン、と地面を蹴って駆け出すと辻斬も同じように走り出し、二人の剣がぶつかり合う。
そのまま何度も剣を叩きつけ合うが、アイラの方が若干押されてしまっている。
ステータス上ではアイラの方が負けてしまっているが、アイラはそれを技術で抑え込んでいる。上から叩き落された剣を自分の剣に走らせて自分よりも強い力を受け流して致命傷を受けないようにしている。
一方、辻斬の方は俺と戦っていた時にも感じていたことだが、強くなって手に入れた力のままに剣を振るっている。時折、フェイントを交えているようだが、アイラは惑わされることなく剣を振るっている。辻斬の方もどうにか体を逸らしてアイラの攻撃を回避している。
というか、無限再生があるのなら回避する必要などないのではないか?
「やっぱり、あんたがその剣を手に入れたのは3カ月前の話。それまで普通の人間だった男がいくら不死身の力を手に入れたところで痛いことには変わりない攻撃を避けるのは当たり前の話よね」
そりゃ、そうだ。
ぶっちゃけ俺もステータス的にどれだけ攻撃を受けたところで全体の微々たる量で、神剣の効果によって体力の回復があるので受けたダメージがすぐさま回復するとしても、できることならダメージなんて受けたくない。
それが、俺よりも低いステータスの人間ならなおさら顕著だろう。
「だから、こんな手にも引っ掛かる」
アイラがポケットから何かを取り出して辻斬に向かって投げる。
それは、小さな鏃のような物でポケットにもいくつか入れておけるサイズだが、先端が尖っているおかげで当たれば凄く痛い。
辻斬が鏃のような物を横へ跳んで避ける。
しかし、そこには逃走先を予測していたアイラによって同じように鏃のような物が投げられていた。
これは避けられないと判断した辻斬が剣を振るってキンキンと投げられた4つの鏃のような物を弾く。
「せいっ!」
しかし、それらの行動は全てアイラによる陽動。
振り終えて、一瞬だけ剣から力が抜けたところへアイラが自分の剣を辻斬が持つ剣へと叩き付ける。
それによって辻斬の手から魔剣が離れてアイラの後ろの地面に突き刺さる。
「しまっタ」
「遅い」
無感情のまま自分の失態を嘆いている辻斬に向かってアイラが剣を振り下ろす。
アイラの剣によって胴を斜めに深々と斬られた辻斬が大量の血を流しながら地面に倒れる。他者の生き血を求めて辻斬という凶行に走った男の末路が同じように血の海に倒れるとは、皮肉なものだ。
「ようやく、これで全員分終わったわ」
辻斬の死を確認したアイラは晴れやかな顔をしていた。
やはり、賞金以上の何かがあったのだろう。
それにしても魔剣から不死身の力を与えられていた辻斬を倒す方法として、相手から剣を手放せたうえで倒すだったとは、ずいぶんと考えられたもので……。
「アイラ!」
「えっ?」
俺の叫びに後ろを振り向くが、その時には既に弾き飛ばしたはずの魔剣が辻斬の手へと戻る為に飛んでおり、間にいたアイラの脇腹を深く抉る。唯一幸運だったのは、俺が呼び掛けたおかげで体がずれており、斬られる範囲が小さく済んだことだろう。
だが、そんな思いも虚しく、手に魔剣が戻って来る頃には再生を終え、再び魔剣を手にした辻斬が立ち上がる。
そのまま正面にいたアイラの胸を自分がされたように斜めに斬り裂く。
「美味……」
アイラから飛び散った血を浴びて辻斬が少しばかり笑顔になる。
おいおい、剣から手を放しても再生が有効なうえ、魔剣も手元に戻って来るとなると、本当に力業で解決させるしかなくなるぞ。