第13話 過去からの送りもの
「じゃあ、俺たちは西側の方へ行くから」
「私たちは東側の方」
イリスが4人を連れて離れて行く。
シルビアには未知の島なので周囲の警戒を行ってもらうと同時にジェムとジリー、それにメリッサの様子を伺うようお願いしてある。『島』の探索は経験値になるだろうが、もしもの場合はいくらでも考えられる。俺たちはスキルで対処が可能なので後回しでも問題ない。
「行くぞ」
西へ向けて歩き出す。
山には東西へ向かって伸びている道があり、時々道が分かれて奥や頂上へ行き先を変更できるようになっていた。
明らかに舗装されたような道。
最近誰かが通ったような形跡も見受けられるので、先に来た冒険者たちが利用したのだろう。
いきなり海中から浮上してきた島。
こういった物もあるのだろう。
エルマーとディアが真剣に探索を行っている。ディアは以前から狩りで探索には慣れているし、エルマーも採取依頼を引き受けて慣れているおかげで警戒をきちんとしている。
対して俺たちはちょっとした山登りを楽しみながら進んでいた。
こういう時はあまり気を張り詰めているといいことがない。
「おっ」
目の前を小さな動物が通り抜ける。
駆け抜けたと思った動物が道まで戻って来ると立ち上がってこちらへ手を広げて害意がないことをアピールしている。
「チチッ」
可愛いネズミが声を挙げる。
くりくりした目が可愛らしい。
体に緑色の斑点が浮かんだ小さなネズミで、とても強そうには見えない。実際、あのネズミに戦闘力はそれほどない。
「かわいい」
「うん、あれはいいわね」
ノエルとアイラも気に入ったみたいだ。
できれば連れ帰りたいところだけど、外から元々の生態系にいない動物や魔物を連れ込むと生態系を崩すきっかけになる。
なので、どれだけ可愛かったとしても生きたまま連れて帰るのは自重してもらわなければならない。
そもそも……
「あれ、毒を持った魔物だぞ」
「「えっ!?」」
エルマーとディアが揃って声を挙げる。
愛くるしい姿からは想像もできないが、解毒薬がなければ人を死に至らしめることができる毒を持った鼠型の魔物だった。
毒を持っていると言っても、命の危機に瀕した時に体内にいくつかある毒袋を破裂させることで近くにいる敵に毒を浴びせる攻撃手段を持っているのであって、きちんとした処理さえ行われれば薬として加工することができる優れ物だ。
体表に浮かんだ緑色の紋様は、体内にある毒袋が浮かんだ物。毒を射出する際には、紋様のある部分の皮膚が破れ、体内から毒が撒き散らされるので相対した時には紋様の状態に注意が必要になる。
「そんな危険な魔物がいるんですか?」
「いると言えばいるし、いないとも言える」
「どっちですか」
曖昧な俺の言葉にエルマーが首を傾げる。
しかし、そのように言わざるを得ない。
「あの魔物は絶滅したはずの魔物なんだよ」
魔物は、種類によっては次代次第で生まれなくなることもある。
一時的に流行った病。魔物の持つ毒が流行り病の特効薬になると知って高額で取引がされるようになり、冒険者の手によって乱獲された。
その甲斐あって流行り病で亡くなる人は最小限に抑えることができた。
代わりに、流行り病が収束した後で魔物の姿を見掛けることはなくなった。
どこかでひっそりと生きているのならいいが、完全に姿を現さなくなったことから絶滅してしまったらしい。
「でも、目の前にいますよ」
「この『島』は最近まで海中に沈んでいた。それでいながら水の中に沈んでいたなんて感じさせない環境を保っている。おそらくだけど、絶滅するような環境の変化から逃れることができたんだろうな」
「チチッ?」
のんびりと何も知らずに暮らしている魔物。
自分を珍しそうに見ている俺たちの事が不思議で仕方ないらしい。
そんな額に針が突き刺さる。針と言っても全長20センチの長針。
額に深々と針が突き刺さった魔物は絶命して倒れる。
「え、まさか」
「いやぁ、こんな場所で絶滅したと思っていた魔物が手に入るとは思わなかった」
迷宮の力で生み出すことはできるが、既に絶滅してしまった魔物なせいか生み出す為にはかなりの魔力を消費することになっていた。何体か生み出して繁殖させようにも元々の生命力がそれほど高くないため長続きしない。
迷宮で飼うよりも1体を倒して薬の素材にさせてもらった。
『そのまま回収してください。調合は私の方でやるので強壮薬をギルドへ持ち込めば高値で売れます』
メリッサからの勧めもあって討伐した。
「可哀想じゃないですか?」
「たしかに絶滅したと思われていた魔物だから数を減らすのは可哀想だ。けど、こうやって稼ぐのが俺たち冒険者の仕事だぞ」
魔物を倒して稼ぐ。
危険な魔物もそうだが、貴重な魔物を倒すことでも稼ぐことができる。
「けど、毒を持っていて危ないんじゃ……」
「大丈夫。離れた場所からの攻撃なら気付かないみたいだから」
弓矢のような武器で射るのがベスト。
魔法で仕留めてしまうと威力過多になってしまうのでおススメできない。
「なるほど」
「この『島』は昔のままの環境が保たれているみたいだから探せば色々と珍しい物が手に入るかもしれないぞ」
「あ、それなら見つけました」
「え……」
ちょうど魔物が向かって行った先。
そこにピンク色の花が咲いていた。
「これは?」
「あれ、知らないんですか?」
エルマーの説明によると限られた場所でしか咲かない花――エルマエル花との事だ。
どうやら特別な魔力を求めているらしく、栽培するのも難しいので数が激減してしまったらしく、辺境の奥地や反り立った断崖の途中みたいな厳しい環境の中でしか咲かない。
これも貴重な薬の材料になるらしい。
しかも、今でも採取が可能ならば手に入れることは可能なので魔物の毒を使った薬よりも高値で取引される。
「随分と詳しいんだな」
「僕、今は辺境のアリスターってところにいるんだ。その奥にある森には数が少ないけど、たまに生えるみたいだから色々と勉強している内に知ったんだ」
「勉強?」
「そう。いくらパーティを組んでいたとしても常にパーティで行動できる訳じゃない。仲間にだって一人になる時間が必要だからね。僕の場合、一人になるとギルドにある資料室で色々と読んで勉強しているんだ」
「へぇ、凄い。私なんて本を読んだらすぐに頭が痛くなる」
「ははっ、僕が勉強しているのは特殊なスキルとか持っていないから少しでも役に立とうと知識を蓄えているだけだよ」
エルマーが屈んで生えていた花をいくつか採取する。
ディアも同じように摘んでいる。
子供が花を摘んでいる光景は長閑だが、摘んでいる花は高値で取引される。用途については気にしないようにしよう。
俺はズルをしてしまったが、エルマーは勉強していたから絶滅種に気付くことができた。
「もちろん、僕が知らなかった絶滅した魔物について知っていたマルスさんならこの花についても知っていますよね」
「も、もちろん!」
あの森にそんな貴重な花があるなんて知らなかった。
思わず大人としての意地から嘘を吐いてしまった。
「ちょっと待っていて下さい。すぐに、この辺にある花を採取してしまいます」
「そんなに急がなくていいぞ」
「そういう訳にはいきません。色々と足を引っ張ってしまうかもしれないので、こういう雑用で役に立ちたいんです」
気合を入れるエルマー。
対して俺は申し訳ない気持ちになっていた。なにせ俺が絶滅した魔物に気付くことができたのは【迷宮魔法:鑑定】のおかげ。不審な物を見つけた時には、とりあえず【鑑定】を使用する癖をつけておいたのが役に立って反応してくれた。
一方、花の方に【鑑定】は反応してくれなかったため気付けなかった。
『どうするのよ!』
エルマーとディアに聞かれないよう念話でアイラが語り掛けてくる。
『明らかに、あの子の方が色々と知っているわよ』
『どうしようもない。それっぽい事を言って誤魔化すしかないだろ』
この『島』にはどういう訳か迷宮の物や魔物にしか反応しないはずの【迷宮魔法:鑑定】が適応されるのがある。
『こうなったら、ここから先は迷宮に関連する物が出てくるのを祈るしかないだろ』
事は、そう上手く運んでくれない。




