第11話 水底迷宮の忘れ物
海に潜水艇が浮かんでいる。
船やボートなど所有していないので、俺が唯一所有している水上を移動できる乗り物である潜水艇で向かわせてもらうことにする。
「で、同行者についてなんだけど……」
シルビアたち眷属は当然。
それにエルマーたちもついて来ることになった。
「ついて来る必要はないんだぞ」
「僕たちも行きたいです」
「そうだよ。ここまで関わったんだから最後まで見たい」
「その通りです」
思わず頭を抱えてしまいたくなった。
神が関わっている以上は少なからず危険がある。これまでに相対してきた敵を見ても普通のSランク冒険者では歯が立たないレベルだ。
そんな敵がいるかもしれない場所へ子供たちを連れて行く。
危険な事を考えれば反対したいところなのだが、先ほど経験を積ませる為にディアと戦わせたばかり。ちょうどいい機会だから他の経験を積ませる為にも連れて行ってやろう。
「俺たちの言う事に従うなら連れて行ってやる」
『はい』
4人が手を挙げて了承する。
本当に大丈夫だろうか……ん?
「今、手が4本なかったか?」
誰かが両手とも挙げた。
そんな感じじゃなかった。
振り返って人数を確認してみると一人多い……というよりもディアが混じっている。
「何をしているんだ?」
「お義父さん!」
「誰が、お義父さんだ」
将来的にそう呼ばれる相手が現れるのだろうが、少なくとも10年以上は先の話になる。
まさか、この年齢で言われるとは思っていなかった。
「あの『島』はシオドア族にとって聖地です。そんな場所へ自分たちだけで乗り込むつもりですか?」
「そのつもりだけど……」
どんな危険があるのか分からない。
俺たちだけなら対処できるし、何かあったとしても自己責任で終わらせることができる。だが、ディアまで連れて行くと責任を追及される可能性がある。
「御心配には及びません。自分の身は自分で守ります」
「そんな事言って、お前が守りたいのはエルマーじゃないのか?」
「いやぁ……」
照れるディア。
改めて彼女を見ると凄い美少女だ。褐色の肌に灰色の髪を肩辺りまで伸ばしており、狩猟を糧に生活していることから健康的なイメージを受ける。それに長身で出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。
仲良さそうにしていたジリーだったが、時折ディアの胸や腰を見て自分と比べると溜息を吐いていた。
そんな少女から好かれたエルマーにかける言葉は一つだ。
「良かったな。お嫁さんが見つかって」
「いや、何を言っているんですか!?」
「今のところは、その気がなかったとしても好意を向けてくれているんだから仲良くするぐらいの事はしておいた方がいいぞ」
「でも……」
「お前の場合、色々と難しく考え過ぎて関係を悪化させる傾向がある。好意云々は置いておいてジェムやジリーと同じように仲良くしておけばいいんだよ」
以前は母親と生活していたエルマー。その後は『おじさん』と呼んでいた人物と一緒に生活し、今では俺の屋敷でたくさんの家族と生活をしている。
だが、賢いエルマーは自分がどういう境遇で父親やおじさんが何をしていたのかを子供であるにも関わらず理解している。その事が負い目となって明るく振る舞うことができずにいた。
「打ち解けるには時間が必要だし、一緒に連れて行くのは構わないんだけど……」
「もしかして、私の立場を気にしています?」
会話から推察するにディアは族長の娘だ。
何かあるのは、さすがにマズいだろう。
「大丈夫だ。俺の娘と言っても三女だ」
悩んでいるとトルロスが問題ない、と言ってくる。
トルロス族長によればディアは4人姉妹の三女。一族を継ぐのは長女と彼女が結婚した男性。そして、族長を支える次女。三女には押し付けられる責務もないので自由にさせていたところ一族の子供の中で最も強くなってしまった。もしも、何かあったとしても大事に育てられた四女がいるから問題ない。
「同行させてあげてほしい。あの子が自分から何かをやりたい、と言うのは初めてのことだから尊重してあげたい」
「分かりました」
同行するメンバーを潜水艇に乗せて発進させる。
今回は潜水する必要もないので海面をゆっくりと進む。
「4人とものんびりしていていいよ」
『島』までそれほど時間は掛からない。
潜水艇に慣れた眷属は思い思いに時間を過ごしている。ずっと体調が悪そうにしているメリッサが気になるところだが、さすがに妊娠していることで体調を崩すような時期でもない。ただし、今回は戦力として考えない方がいいかもしれない。
「ところで、一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
俺も椅子に座ったところでディアが尋ねてきた。
「先ほどギルドマスターから報酬として受け取ることにした物は何ですか?」
「ああ、アレのことか」
使用用途の分からない水晶玉。
ただ磨かれた透明な水晶玉にしか見えないだろうが、俺たち迷宮主には凄く見慣れた物だ。
せっかくなので暇つぶしに教えてあげることにする。
「アレは、迷宮を管理するうえで必要不可欠な物だよ」
昔、サボナの近くには迷宮が存在した。
ところが、その迷宮が水没してしまったことで人が訪れることはなくなり、残された魔力だけで細々と維持されていたが、俺たちが巨大海魔討伐の際に利用した時には既に限界を迎えていた。
あの時は、巨大海魔という報酬があり、水中にある迷宮ということで忘れていたが、迷宮の中には様々な財宝がある。中でも迷宮核は格別と言ってもいいほどの価値を秘めた代物だ。
迷宮核があれば新たな迷宮を生み出すことも可能だ。
ところが、迷宮主や迷宮眷属である俺たちが迷宮核を手にしたところで新たな迷宮を生み出すことはできない。
それに今の迷宮核は魔力が空っぽにも等しい状態だった。
どうやら魔力を完全に使い果たして迷宮核だけが外へと放り出されて砂浜に漂着したところを誰かに拾われたらしい。
迷宮を新たに生み出す為には膨大な量の魔力が必要になる。自然に集められるような量では、新たに生み出せるようになるのは数十年先になる。
冒険者ギルドの鑑定士もきちんと鑑定したのだろうが、魔力を蓄えられる容量を見て膨大な魔力を秘めていると勘違いしていた。
そこに利用価値がある。
「よく分からなかったんですけど、お義父さんたちにとっては価値のある物だっていうのは理解しました」
「その考え方でいいよ」
ただし、一つだけ訂正しておく事がある。
「お義父さんっていう呼び方は止めない?」
「お断りします」
キッパリと断られてしまった。
「エルマーは、あなたのことを非常に尊敬しています。そんな人が相手ですから私も敬わせてもらいます」
「そろそろ『島』に着くな」
あまり慣れない呼び方なので止めてほしかった。
しかし、ああまで言い切られてしまうと断ることもできない。俺が我慢していればいいだけの話なので強制する必要もないだろう。
潜水艇を固定して出ようとすると隣に立ったアイラがクスクスと笑っていた。
「よかったわね、お義父さん」
「何が可笑しい」
「本当によかったじゃない。これで相手がシエラをお嫁さんにもらおうとする男の子だったらどうするつもりなの?」
見ず知らずの相手から「お義父さん」と呼ばれる。
「覚悟を決めたうえでぶっ飛ばす」
「相手が死ぬから止めなさい」
ちなみに覚悟は、自分の連れてきた相手が死んでしまうことでシエラから責められる覚悟だ。
はぁ、今から将来の事を考えるだけで胃が痛い。