第9話 島の状況
シオドア族の手によって気絶させられた護衛騎士はジェフリーさんの連れてきたギルドの職員が『珊瑚亭』へと運んで治療を行っている。
気絶させた本人が言ったように命に係わるような怪我はなく、本当に気絶させられただけだ。
「ほら、食え」
「けっこうです……」
ビーチの隅では熾した火で獲ってきた魚を焼いてエルマーに振る舞っているディアの姿があった。
料理、と呼べるのか微妙な食事だが振る舞っているディアは楽しそうな笑顔を浮かべていた。初めて会った頃みたいな鋭い目付きは完全に鳴りを潜めている。
ただ、振る舞われているエルマーは困惑していた。他所からアリスターへ来たエルマーには冒険者ギルドなどで知り合った年上の人との付き合いはあるが、簡単な挨拶程度ならするもののジェムとジリー以外に同年代で深い付き合いをしている相手はいない。
しかも今のディアは善意を全開にして接してきている。
どう対応したらいいのか分からず困惑していた。
「お、美味いな」
「こっちの調味料を使うと美味しくなるよ」
「ありがと」
パーティメンバーであるジェムとジリーの二人とも仲良くしていた。
エルマーだけが残されている……と、思いきや。
「貴様も辺境の出身なのか」
「今はアリスターにいますけど」
「辺境などつまらない所だとばかり思っていたが、お前のような強敵がいるなら楽しめそうだ。今度、力を付けたら赴かせてもらおう」
「どうして、そうなる……」
子供たちのグループにディールが混ざっていた。
いつの間にか仲間に加わり、ディアではなくエルマーにリベンジしようとしている事に当の本人はうんざりしていた。
あっちは5人で好きにさせていよう。
「話を聞かせてもらえますか?」
ディアの父親――シオドア族の族長に話を聞く。
「何が聞きたい。娘とあの子が話しているのを聞いた。お前たちは島へ行くつもりはないらしいな。ならば、敵対する理由もないから話す事などない」
「こちらも島へ行くつもりはありません。ですが、どういう訳か俺たちは騒動に巻き込まれやすいんです。現に島へ行くつもりなんてないのにあなたたちと戦うことになってしまった」
「お前たちの方から首を突っ込んだように見えたが?」
……否定できない。
「何が言いたい?」
こちらの心情を察して本題に入ってくれた。
「まあ、いつ何があってもいいように監視されている状態でも誤魔化せる範囲ではありましたが、『島』について調べていたんです」
光属性魔法の【望遠鏡】を使用する。
魔法で造り出した鏡に遠く離れた場所の景色を映し出すことができる。砂浜にいながら『島』の様子はしっかりと探らせてもらっていた。
「島の探索に行った人たちは生きていますね」
ギルドマスターからは『帰らない』とだけ聞いていた。
島の内部で危険な魔物にでも遭遇して食べられてしまったのか、負傷したことで帰還も不可能になったのか。
理由は色々と考えられたが、帰れない事情があるのは間違いない。
「ところが、彼らは『島』をウロウロと探索するばかりで脱出する様子がない」
この5日間ずっとだ。
今も見える範囲に限定されるが、2組7人のパーティが異なる場所を探索していた。俺の記憶に間違いがなければ、彼らは既に同じ場所を探索している。
『島』にある砂浜には乗り込む為に使用したと思われるボートや船が置きっ放しにされていた。それを使えば『島』から戻ってくることは容易なはずにも関わらず海へ戻る様子もない……というよりも戻れない。
「何か『力』が働いているんじゃないですか?」
「その通りだ」
俺の推論を族長が肯定する。
「私たちもあの『島』について知っている事は少ない。あの『島』に私たちが信仰する神が封じられている、という事。そして、封印のせいで『島』へ入った者は出ることができなくなっている、という事ぐらいだ」
「封印?」
封印については分からなかった。
使い魔を派遣するなどして調べることができれば詳しい事も分かったかもしれないが、『島』へ侵入した冒険者たちのように脱出することができなくなってしまうとどのような危険が発生するのか予想することもできない。以前、カルテアへ乗り込ませた際には超重力によって叩き付けられてしまったので最低限の安全が確保されるまでは遠くから偵察させるだけに留めている。
そのため、封印なんて物を見つけることはできなかった。
「さっきも言ったように私たちも詳しい事は知らない。伝承によって、そのような物があると知らされているだけだ。有益な情報を渡せなくて済まない」
「いえ、凄く助かる情報ですよ」
今のところ、その封印が怪しい。
そして、封印によって冒険者たちは帰ってくることができないのだろう。
「封印についてサボナの人たちに話しましたか?」
「ああ。『島』の調査を行っている、と知った時に彼らの纏め役……ギルドマスターだったか? 彼に私たちが知っている事は全て話した」
そして、俺には知らされていない。
もしも、封印によって冒険者が帰って来られないのだとしたら……それ以前に可能性がある段階でギルドマスターとして伝えておかなければならない情報だ。
そんな貴重な情報を伝え忘れるなどありえない。
あるとしたら、『島』の調査以外にも目的があった場合だ。
「あなたたちは、ここで何をしているんですか?」
「監視だ。あの島がシオドア族にとって聖地である、というのも事実だが、それ以上に踏み込んだ者を二度と帰さない性質を持っている。その情報は、ギルドマスターにも伝えているにも関わらず、『島』へ渡ろうとする者が後を絶たない。説得しようとしても、ほとんどの者が強い。私たちよりは弱いが、それでも無傷という訳にもいかない」
そこで、シオドア族が考えたのが『強者は通す』という手だった。
シオドア族にとっても復活した聖地の調査は急務。しかし、帰って来られないのは非常に困る。
なので、事態を解決できそうな強者に『島』を調査してもらい、迷うだけに終わってしまうような者には退場願っていた。そういう意味で騎士たちは合格基準にすら達していなかった。
「ジェフリーさん?」
俺たちの会話が聞こえる場所でさり気なく待機していた彼を呼ぶ。
「いやはや、参りましたね……」
本当に困った顔をしていた。
だが、困っている……というか怒っているのは俺たちの方だ。
「俺たちを利用しようとしましたね」
「何の事やら」
惚けようとしたので殺気を飛ばす。
本気の殺気だ。次に嘘を吐いたり、惚けたりした場合には首を刎ねる、という気が込められている。
「……ええ、その通りです」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらギルドマスターが肯定する。
「目的は、シオドア族の排除ですね」
「ほう」
族長の目付きが鋭くなる。
「『島』の調査をすれば自ずとシオドア族とは対立することになる。そこで、巨大海魔すら倒せた俺たちに自然な形でシオドア族を排除してもらおう……そのように画策しましたね」
「その通りですよ」
殺気が効いているのかあっさりと認めた。
「何故だ? そちらとは友好な関係を築けているとばかり思っていたが……」
「ええ、そうですね。大金の対価として土地の大半を譲ってもらって、開発の難しい場所にある森の管理をしてもらっている。こちらにとっては非常に都合のいい取引になりました。ですが、人の欲というのは本当に際限がないですね。開発特需に気を良くしたサボナの上層部は、更なる開発を求めています」
その為に邪魔だったのがシオドア族。
そして、都合よく利用できそうな俺たちがやって来た。
「気に入らないな」
こういう回りくどいやり方が俺は気に入らない。
「ですが、どうします? たしかに情報に不備はありましたが、それだけです」
情報の不備だけでギルドマスターを弾劾することなどできない。
だが、ジェフリーも俺が依頼を受けた訳ではない、という事を忘れている。
「族長さん」
「トルロスだ。名前で呼んでほしい」
「では、トルロスさん。俺たちに『島』の調査依頼を出しませんか?」