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ダンジョンマスターのメイクマネー  作者: 新井颯太
第28章 浮上孤島
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第7話 エルマーの本気

 砂浜の上で少女とエルマーが対峙する。

 砂浜というのは非常に戦い難い場所だ。砂に足を取られて移動が遅くなり、砂を掻くことによって音が鳴って気配を隠すことができない。魔法やスキルを使用すれば、その限りではないが二人とも所持していない。


 ただし、少女にとってデメリットは少ない。普段から砂浜で走り込んでいるので慣れたものだ。もちろんエルマーも少女が砂浜を苦にしない事は気付いていた。


「大丈夫だ。少なくとも、お前はアイラたちに鍛えられたんだから強い」

「たしかに同年代の中では強い方だとは思いますけど……」

「それにシオドア族については気が付いていたんだろ」


 エルマーが俺の言葉に頷く。

 この数日間、ビーチで遊んでいると何者かから監視されている気配があった。俺たちを監視している気配には違いないのだろうが、特定個人を監視しているというよりもビーチにいる人間を監視しているようだった。


 それがシオドア族によるものだと思えば納得できる。彼らは島に近付く人間がいないか監視していたのだろう。

 そして、少女の気配には覚えがある。


「何度か覚えがあります」


 具体的には食事時。

 シルビアがビーチで肉を焼いて料理を振る舞い、宿で提供される夕食をビーチで楽しんだ事もあった。美味しい料理の香りは、離れた場所で監視している少女の元まで届いた。成長期の少女に拷問に等しかったらしく、どうしても気配を殺し続けることができなかった。

 アイラに鍛えられたエルマーは気配探知もそこそこできるようになっているので漏れてしまった気配を感じるぐらいはできるようになっていた。


「相手の事も分かっている。なら、問題はないな」

「分かりました」


 渋々ながらも戦うことを了承したエルマーから離れる。


「負けるなよ」

「がんばれー」


 少し離れた場所ではジェムとジリーの二人がエルマーを応援していた。

 二人はエルマーと一緒にパーティを組んでいる。それに今では兄弟のように同じ家で過ごしていることもあってエルマーの勝利を信じていた。


「はぁ」


 応援される事を少し恥ずかしく思いながら溜息を吐く。

 対して少女の方に声援はない。応援はあるのだろうが、保護者と思われる男たちは離れた場所で腕を組んで少女の事を見ていた。


「一つだけ聞きたい」

「何です?」

「お前たちは島へ行くつもりがあるのか?」


 少女の視線が島へ向けられている。


「いいえ、ありませんよ」


 エルマーにも俺たちの方針は伝えている。

 子供ではあるものの俺たちが鍛えて力を身に付けた事から困っている人を助けたい、と考えているようだが基本的に3人とも俺たちに従順なので方針に口を挟むような真似はしなかった。


「なら、私がお前たちと戦う理由はない」

「僕もそう思うんですけど……」


 エルマーがこちらを見てくる。

 両手を交差させて『不許可』である事を伝える。


「保護者がそういう方針なので」

「こっちも似たようなものだ」


 シオドア族の男たちも動く様子がない。

 何を考えているのか分からないが、ここは利用させてもらおう。


「お互いに親には苦労させられているみたいだな」

「ははっ、本当の親という訳ではないんですけど、あの人たちは僕たちにとって親にも等しい存在ですからね」


 少女が腰を落として剣を構え、エルマーも姿勢を正す。


「僕からも一つだけいいですか」

「何だ?」

「あなたの名前は?」

「ディア。それがどうしたの?」

「お互いの名前も知らずに戦うのは失礼でしょう。僕の名前はエルマーです」

「そう」


 エルマーなりの礼儀を尽くす。


 と、名前を知った瞬間に少女――ディアが駆ける。

 先ほど貴族の少年を相手にした時と同様に後ろへと回り込む。砂浜での移動を考えて瞬発力を優先させた移動だ。


 背後へと移動したディアが剣を振るう。

 が、横から剣に衝撃が叩き付けられて弾かれてしまう。


「へぇ」


 ディアが思わず感心から息を漏らす。

 後ろへ回り込まれたことを察知したエルマーは体を回転させて向きを変えると勢いのまま剣を叩き付けた。


「ふっ」


 弾かれながらも腕を戻してエルマーへと2本の剣を向ける。

 2本の剣がディアの前で交差するもののエルマーには掠りすらしない。僅かに後ろへ体を反らすことでディアの剣を回避していた。


 両手を同時に使って攻撃したディアの隙は大きい。

 エルマーが踏み込んで剣を突き入れる。

 狙いは肩だ。ここなら当たったとしても致命傷になるようなことはない。


「くっ……」


 唇を噛み締めながらディアが屈む。

 肩を狙った攻撃が頭上を通り過ぎてホッとしている間に上から剣が振り下ろされる。

 回避されることを事前に読んでいたエルマーは軽く突きを入れ、回避された直後に振り下ろせるよう加減をしていた。


 振り下ろされた剣を回避する為に砂浜を転がるディア。

 エルマーの剣が砂浜を抉っていた。


 すぐさまエルマーも転がるディアを追う。しかし、砂浜で走ることに慣れていないため離れていくディアの方が速い。

 その事実を確認するとエルマーが足を止める。

 砂場で体力を消耗し易いため無駄に消耗しないことを選択した。


「この……!」


 だが、幼いディアにはエルマーが自分に情けを掛けたように見えてしまい、酷く侮辱されている気分になった。

 ディアが砂浜を駆け、エルマーの左側面まで移動すると方向を一瞬で変えると斬り掛かる。


 エルマーは剣を先ほどまでディアがいた方向へ向けたまま動いていない。

 反応できていない。そのように判断した上での攻撃。

 しかし、鋭く振られたエルマーの剣はしっかりとディアの剣を狙っていた。


 再び弾かれてしまうことを直感したディアが足を止める。

 自分の攻撃が再び止められてしまう光景を幻視してしまったため……笑顔で口の端を歪めていた。


「強いな。お前」

「そうでもないですよ。辺境なら簡単な薬草採取の仕事でも気を抜いてしまうと気配を殺した魔物に襲われることがあります。辺境で生きていくなら、まずは他者の気配を探れるようにならなければなりません」


 エルマーたちのパーティは今のところ3人しかいない。

 魔物に襲われる危険性のある場所で仕事をする場合には最低でも一人が周囲を警戒する必要があるのだが、そうなると薬草採取に回せる人員は二人、警戒を優先させれば一人しか回せない。


 それでは仕事の成果が下がってしまう。

 そのため辺境で活動する冒険者は薬草採取をしながら周囲の警戒もできるようにならなければならない。もちろん事前に危険な魔物がいる、と分かっている場合にはその限りではない。

 エルマーも辺境で活動しているおかげで気配には敏感になっていた。


 そして、何よりも……


「くっ、私の動きについて来られる」


 奇襲ではなく、接近しての斬り掛かりに戦法を変更したディア。

 左右の剣でタイミングをずらして斬り掛かっているが、その全てをエルマーは捌いていた。


 速さに自信のあるディアなのだろうが、それでも迷宮眷属であるアイラには敵わない。

 鍛えられていた時、エルマーはアイラの速さに食らい付いていくことを目標にしていた。その時の速度に比べればついて行ける速さだ。


「ほう。あの年齢にしては、なかなかに強い子供だな」


 エルマーの戦いを見守っているとシオドア族の男性が一人近付いて来た。

 ディアは大人たちの事を『父さま、おじさま』と呼んでいた。それなりに近しい関係にあるはずなのだが、男性の視線はエルマーへと向けられていた。


「あの子を応援しなくて、いいんですか?」

「娘は里の中では強くなり過ぎてしまった。だが、世の中には自分よりも強い相手など溢れんばかりにいる、という事を知ってほしいと思っていた。これも、ちょうどいい機会だ」


 俺と同じように子供の訓練相手にエルマーを選んでいた。

 そして、どうやらエルマーはディアの父親から合格を貰えたらしい。


「だが、ウチの娘は負けない」


 剣で受け止めてディアの攻撃を受け流そうとするエルマー。

 だが、今回はディアの体がするりと奥の方へ流れてしまう。


「もらった!」


 ディアが渾身の一撃を放つ。

 摸擬戦だという事も忘れた一撃は、エルマーがギリギリのところで体を反らしたことによって頬に深い傷を残すだけに留まった。

 斬られた場所から血が流れる。


「ひっ」


 家族が血を流す姿を見てシエラが怯えている。

 戦っている二人は接戦を繰り広げたことで息が上がっていた。そろそろ決着をつけさせた方がいいだろう。


「エルマー、全力を出せ」

「僕は本気です」

「俺は“本気”になれ、って言ったんじゃない。“全力”を出せって言ったんだ」


 それで戦いは決着がつく。


「どういうこと?」


 対戦相手であるディアには訳が分からなかった。エルマーが本気である事は剣を交えたディアだからこそはっきりと分かった。

 本気ではなかった、と言われたところで信じられない。


「分かりました」


 エルマーも“全力”を尽くすことを決めた。

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