第2話 リゾート再び
サボナのギルドマスター――ジェフリー。
彼は、元々は役人で、交渉事に長けていた。貴族のように地位の高い者が訪れることが多いので、冒険者ギルドでもそういった能力が求められていた。
「お久しぶりですね」
ギルドマスターに与えられた執務室へ入るなり、人のいい笑顔を浮かべて握手を求めてきた。
2年ぶりにサボナを訪れたが、ギルドにいた職員は俺の顔を覚えていた。
当時から冒険者ギルドにいる人の顔触れは新人職員が何人か加わっているぐらいで変わっておらず、当時を知っている人たちからは好意的に迎えられていた。
そんな好待遇を受けられるのも巨大海魔に多くの人が本当に困らされていたからだ。
「もう、日も沈みかけていますので単刀直入に用件を言います。16人が泊まれるだけの宿泊施設を紹介してほしいんです」
さすがに、予約もなしにいきなり押し掛けてリゾートの宿泊施設が利用できるとは思っていない。
これが一人や二人だったならば、いきなりでもどうにかなったかもしれないが、さすがに十人以上が一度に押し寄せても相手側の体勢が整っていない。
が、そうでもなかった。
「いいですよ」
簡単に了承するとサラサラと紹介状を用意する。
冒険者ギルドのギルドマスターの紹介状。これが他の街のギルドなら、それほどの力はなかったかもしれないが、方々に伝手のあるジェフリーが用意した紹介状なら効力がある。
それでも、簡単に用意し過ぎだ。
たしかに巨大海魔の件は、サボナが壊滅するかどうかという瀬戸際だった。
感謝しているのは事実だろうが、大人数の受け入れは簡単ではないはずだ。
「そんな簡単に用意して大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。今は繁忙期でもありませんから」
やはり、リゾート地が最も忙しいのは夏。
今は6月になったばかりなので少し早いぐらいだ。それでも、サボナの気候的に海へ入っても問題ないので混み始めてきた、との事。
「こちらを持ってサボナの西端にある『珊瑚亭』へ持って行って下さい。それで、融通してくれるはずです」
「『珊瑚亭』――サボナでも第2位を誇る宿ですね」
俺さえ現地に着けば全員を【召喚】で喚び寄せることができる。
それは、俺だけが忙しく、他の者は退屈に留守番をしていなければならない、という事を意味していた。
シルビアは旅行に備えて荷造りで忙しいので、アイラとノエルが子供たちの面倒を見ていた。メリッサとイリスは自由に過ごしていい、ということになっていたのだが、サボナへ観光で行くことになったので役立つ情報を手に入れてくれていた。
その中でも人気の宿に関する情報が早速役立つことになった。
「正解です。よく調べられていますね」
メリッサの調べによると海岸のすぐ傍に建てられた宿で、部屋からは海を綺麗な海を臨むことができ、安らぎを求めた人たちの憩いの場となっている。とはいえ、人気の宿、ということは相応の値段がする。とてもではないが、一介の冒険者に泊まれるような宿ではない。
「あの件に関しては本当に感謝しています。費用は全てこちらで持たせてもらいます……」
「いえ、結構です」
イリスがキッパリと断った。
『あまりに待遇が良過ぎる。宿を融通してもらえるだけでもありがたいのに、費用まで負担してもらえる。逆に、他の何かを負担させられる可能性がある』
イリスの指示に従ってほどほどのところで止める。
「ありがとうございます。紹介状だけいただくことにします」
「そう、ですか」
そそくさと立ち上がる。
本当なら可能な限りの交渉をして値切るつもりだった。金銭的に余裕があるとはいえ、可能なところでは値切っていく方がいい。その為にメリッサとイリスに同行してもらったのだが、交渉らしい交渉は全くなかった。
だからこそ二人とも警戒している。
「ああ、そうそう」
部屋を出ようとしたところで後ろから声を掛けられた。
「『珊瑚亭』を融通できた理由は、行けばすぐに分かりますよ」
☆ ☆ ☆
ギルドマスターの言葉は気になる。
けれども、今日はもう時間がないので宿へ向かう。
「おとさん!」
ギルドの裏手で人目につかないよう【召喚】でシルビアとアイラを喚び寄せる。
屋敷で待機していた二人は、今回の旅行に同行するメンバーに触れており、二人を喚び寄せることで全員を連れてくることができる。
アイラの足にしがみ付いていたシエラが俺の姿を見ると駆け寄ってくる。
「えへへっ」
どうやら約束を守ってくれたことに満足してくれたのか満面の笑みを浮かべていた。
せっかくなのでシエラを肩車して移動する。
「たかーい!」
きゃいきゃいと騒ぐシエラ。
滅多なことで落とすつもりはないが、騒がれると危険なので大人しくしておいてほしい。
「おっきなみずたまり」
海を見たシエラの最初の言葉がそれだった。
「おぉ!」
目を輝かせてどこまでも続いているように見える大海原を見つめる。
子供ながらに感じるものがあったらしい。
「いこ!」
「今日は遅いから明日行こうな」
「ぶ~」
不満そうに頬を膨らませた。
「シエラはいい子かな?」
「いいこ、だもん」
不満そうにしながらも納得して肩の上で大人しくしていてくれる。
「皆さん、大丈夫ですね」
転移して来た面々に尋ねる。
一応、こちらへ喚び寄せる前に念話でシルビアを通して確認しているが、俺からも転移後に何も問題がない事を確認する。
「ええ、大丈夫よ」
数える程度だが、転移を何度か体験したことのある母が頷く。
他にもオリビアさんなどは、いきなり光景が変わってしまった事に対して少し戸惑う素振りを見せるものの以前にも体験した事があるので慣れる。
「本当に海、ですね」
しみじみとアリアンナさんが呟いた。
そう言えば、今回の旅に同行した人たちの中で【転移】を経験したことがないのはアリアンナさんぐらいだ。
他のメンバーは何度か体験しているおかげで海に対する感想を言っている。
「体調は大丈夫ですか? もしも、どこか具合が悪いようなら遠慮なく言って下さいね」
「あ、体の方は大丈夫です。ただ、本当に海へ来た事に驚いているんです」
アリアンナさんが鼻を鳴らしていた。
海特有の匂いを嗅いでいる。
「本当に一瞬なんですね」
「みなさんの移動は一瞬ですね。もっとも、移動させる為には俺がこっちへ来る必要がありますけどね」
途中、何もなかったから1日で来ることができた。
「行きましょう」
「はい、お願いします」
アリアンナさんの持っていた鞄を持つ。
荷物はほとんどない。数日滞在する予定でいるが、着替えなどの荷物は道具箱の中に入っているので、俺たちが傍にいない時でも必要となる最低限の手荷物しか鞄には入っていない。
本当に最低限の荷物だ。
今回は、いつも忙しく働いている人たちを労う意味も含んでいる。
なので、屋敷の家事や育児を引き受けてもらっているアリアンナさんにものんびりしてもらうつもりでいる。
サボナの街を歩く。
シエラとレウスの子供二人だけでなく、エルマーたち3人も初めて訪れる海のある街に興味津々みたいでキョロキョロしながら歩いている。さすがに危ないので荷物を持っていない手でレウスの手を握る。
手を握られたレウスは、俺に慣れていないみたいでおっかなびっくりといった様子だが、肩の上にシエラがいることを思い出すと何かに納得していた。
「えへっ」
よく分からないが嬉しいらしく、にへらとした笑みを浮かべていた。
そうして子供と手を繋いで歩いていると『珊瑚亭』という宿が見えてきた。
5階建ての宿で、入口とは反対側には庭があり、海へ出られるようになっているのが見える。宿泊客は、『珊瑚亭』が占有しているビーチを利用することができるようになっていた。
「あのね……」
宿の近くまで来るとシエラの視線が『珊瑚亭』とは別の場所へ向けられていた。
「おじいちゃんがいっているの」
おじいちゃん――風神が言っている。
「あそこ、よくないって」
ビーチの向こう側に大きな島が浮かんでいた。