第35話 故郷崩壊騒動終結
陽が沈み始めた夕刻。
迷宮でするべき事を終えると【転移】でアリスターまで戻ってきたイリスに連れられたルイーズさんと合流する。
行き先は南側にある兵舎だ。
今回の騒動における元凶と呼べそうなキマイラを討伐した事を報告する為に騒動が起きた時から詰めるようにしているエリオットに会う。
「なるほど。そのキマイラは討伐されたのか?」
「残念な事に死体が残らなかったので証拠を見せることはできません」
「証人にはアタシがなるよ」
ルイーズさんは現場におけるアリスター家の代理人だ。
つまり、ルイーズさんが認めるということはアリスター家も討伐された事を認めることになる。事前にそれだけの権限を与える契約を交わしていたらしい。
「信用していない訳ではない。ただ、家臣を納得させるには相応の証拠、もしくは根拠が必要になる」
それに避難してきた人たちも納得させる必要がある。
「それは実際に体験してもらうしかないだろうね」
「と、言うと?」
「今、冒険者たちから森から溢れた魔物を必死に討伐しているところだよ。騒動が起きてからの数日間は倒された魔物を高額で買い取ることにしている。そう遠くない内に3つの村の近くからは魔物が掃討されるはずだよ。安全になったことで騒動は終結した、と判断するしかないだろうね」
「……」
エリオットが腕を組んで考えている。
現状では、それぐらいしか騒動の終結を判断する方法がないのも事実だ。
「いかがでしょうか、父上?」
エリオットが離れた場所で話を聞いていた父親に尋ねる。
この場にはエリオットの護衛として兄カラリスと現状を確認する為に訪れていた当主であるキース様と護衛の騎士3人。それに家臣の一人。家臣はエリオットにアドバイスする為に近くにいるが、護衛たちは部屋の隅に移動して会議に参加する気は全くない。
「私もその意見には賛成だ。そして、避難民への支援も期限を定めて打ち切ることにする」
期限は1週間後。
それまでは、アリスターで生活することを保障してくれるが、自分たちの力で働ける場所をアリスターで探すなり、村があった場所へ戻って復興に従事するしかない。復興は苦労があるものの従事した場合には支援金も出るので最低限の生活は保障されている。
「では、こちらから出せる物が一つあります」
床に道具箱を出現させ、中から取り出す……フリをして【召喚】を使用する。
この場には俺が迷宮主である事を知らないエリオットや家臣、騎士といった人々がいる。俺についてどこまで知っているのか知らないが、既に収納系のスキルを所有している事は隠せる段階にない。だが、召喚系のスキルはまだ隠しておいた方がいい。
取り出したフリまでした物をテーブルの上に置く。
「うっ……」
それを見た瞬間、エリオットが呻いた。
子供には少々刺激が強過ぎたようだ。
と、思っていたら家臣や騎士まで口を押さえている。
「ただの生首ですよ?」
そう、俺が置いたのは生首。
「いや、生首なんてそうそう見る物じゃないからね」
ルイーズさんは冒険者なのでバラバラにされた、もしくは体の一部しかない遺体も見慣れている。が、普段は街中での治安維持が主な仕事である騎士では体の一部しかない状態は見慣れていない。
ちょっと配慮に欠けていた。
とはいえ、くっつけるのも面倒なんだよな。
なにせ……
「こ、ここはどこだ?」
その時、部屋にそれまでいなかった男の声が響き渡る。
新たな人物の登場に騎士たちの視線が鋭くなって警戒を露わにする。
「ああ、無害なんで大丈夫ですよ」
なにせ、そいつにできるのは喋る事だけ。
後は、首から上を動かすだけだが、脅威にはなり得ない。
「まさか……」
声のした場所を確認して謎の声の正体に気付いた。
「ええ、この生首が発した声ですよ」
生首とは、胴体と繋がっていない首から上の部分の事を言う。
そんな状態で普通の人間が生きられるはずがない。だから、言葉を発する事など絶対にあり得ない。
僅かな、ある例外を除いて。
「不死者か」
死しても生前のように動き続ける不死者。
有名どころで言えばデュラハンだろうか。デュラハンは、胴体と首が分かれた騎士の魔物で、自分の頭部を脇に抱えている。
迷宮でも生み出すことが可能で、デュラハンを相手にする場合には手に持った頭部を落としてはいけない、というルールが存在する。もしも、落としてしまえば怒りに身を任せて襲い掛かってくることになり、ステータスも強化されているため普通の冒険者では手に負えない存在になる。
だが、テーブルの上に置いたのはそういった存在ではない。
「こいつは特性的にはゾンビに近いですね」
笑いながらゾンビの頭を軽く叩く。
死して尚、自分が死んでしまった事を認識できずに魔物となって動き回る。
とはいえ、完全にゾンビと同じという訳ではない。普通のゾンビでは最初は自我を明確に持っていたとしても時間経過と共に自我が徐々に消失するようになっている。だが、こいつは自我をいつまでも持てるように作った。
そして、明確な違いは自分が既に死んでいることを理解している事だ。
「た、頼む……俺を解放してくれ!」
目の前に俺以外の人間を見つけて懇願する。
「どういうことだ?」
「方法について詳しくは省きますが、俺には生きた人間を不死者に変えるスキルがあります」
正確には俺ではなく、迷宮にいる不死帝王のスキルだ。
そして、生首の正体についてルイーズさんが気付いた。
「そいつは、森の奥にいた奴だね」
「そうです」
ルイーズさんが気付いたように俺が捕らえた男だ。
尋問するのも拷問するのも面倒だったので、迷宮にいる不死帝王の許まで連れて行くと殺した後に不死者になってもらった。死後から時間が経過してしまうと不死帝王でも不死者の鮮度が落ちて記憶が不鮮明になってしまうので彼の傍で不死者になってもらった。
そして、この状態になると強制的に俺の下僕となる。
「その人物は?」
エリオットやキース様にはまだ森の奥にいた男について説明をしていなかった。
改めてキマイラの背後にリゴール教の影があったことを説明する。
「リゴール教。話には聞いたことがあるが、実態は子供のお遊びだと思っていた」
「実際にこれまでは、その認識で間違いはなかったよ。ただ、今回はどういう訳か本当に強力な魔物を喚び出せてしまった」
放置していた事を咎めることはできないだろう。
それだけリゴール教は脅威として捉えられていなかった。そんな事に人員と時間を割くぐらいなら他にするべき事はたくさんある。
ただ、過去の行いを悔やむ時間が惜しいのも事実だ。
聞くべき話を聞くことにしよう。
「今回の騒動について知りたいことは沢山あるでしょう。こいつは正直に答えてくれますから何でも聞いて下さい」
「仲間を売るような真似はしない……!」
まだ、そんな事が言えると本気で思っているのか。
さっきは、子供のエリオットに解放してほしいと懇願していたのに。
仕方ない。
「お前の名前と出身は?」
「トラン。生まれは王都の北にあるゲレーテという名前の町だ――あ、あれ
……?」
答える気など全くなかったのに答えてしまった。
これが不死帝王による不死者化の恐ろしいところだ。
「さ、詳しく話してもらおうか」
既に黙秘権など男――トランにはない。