第34話 キマイラ討伐の報酬
ドロドロに溶けてしまったキマイラ。
このまま放置すれば完全に溶けてなくなってしまうだろう。
しかし、溶けた場所からは煙が上がっている。
その煙の正体は瘴気だ。溶けているキマイラだが、体を保つことができなくなりエネルギーとなって気化している。
今、周囲の大気中には瘴気が漂っている。
普通の人間には利用不可能だろうが、俺にはできる。
「【召喚】」
迷宮から、ある魔物を喚び寄せる。
その魔物は、手の平サイズの黒いボールのような形をしているのだが、ニィと不気味な笑いができる口が表面に浮かび上がる。
「こいつは『虚ろ喰』だね」
冒険者ギルドのギルドマスターを務めていたルイーズさんは魔物に詳しい。当然の如く、俺が喚び寄せた魔物についても知っていた。
虚ろ喰。
大気中に漂う瘴気を喰らうことができる魔物。何らかの理由により瘴気に汚染されてしまった土地などで見ることができるのだが、現れるのは本当に稀だ。以前にアンデッドの溢れたイシュガリア公国ぐらいでしか見たことがない。
その時は、アンデッドが発生させてしまった瘴気を食べ、どこかへと消え去っていた。
無害どころか汚染されてしまった土地を浄化してくれる魔物。そのうえ、人間に襲い掛かるようなこともないため人間からは親しまれている。
とはいえ、魔物は魔物である。便利な能力を有していても人間に都合よく動いてくれる訳ではない。魔物を従えることができる調教師も戦闘能力がない為に逃げ回る虚ろ喰の希少性から従えることができずにいた。
もっとも、迷宮主には当てはまらない。
迷宮の力を利用すれば簡単に生み出すことができる。
影から何体……100体を超える虚ろ喰が姿を現す。
瘴気を喰らうことができる魔物だが、喰らうことができる量には限界があり、キマイラが撒き散らした瘴気を回収するにはそれだけの数が必要だった。迷宮にいる虚ろ喰の数ギリギリだったため、ちょうどよかった。新たに生み出すにも魔力を消費するためもったいない。
「全部回収しろ」
俺の指示を受けるとケタケタ嗤いながら瘴気を喰っていく。
イシュガリア公国の時は広範囲に瘴気が撒き散らされていたため回収に時間に掛かるし、何もない平原では誰にも見られないように回収するのは不可能だ。そうなると事情説明が必要になるので、あの時は諦めざるを得なかった。
しかし、今回は森の中。おまけにキマイラという個体が撒き散らした大量の瘴気を回収するので限られた範囲だけで済む。ルイーズさんが使い魔で見ていたという話を聞いてから周囲の気配を探ってみたが、誰かに見られているような様子も感じられないので大丈夫だ。
虚ろ喰がバクバクと口を大きく開けて食べていく。
俺たちの目には何を食べているのか何も映っていないが、周囲に漂っていた不気味な気配が減っていくのが感じられる。
ケケケケケッ!
不気味に嗤いながら満足した俺の傍に浮かぶ。
「うん、ありがとう」
お礼を言うとどこかへと飛んでいく。
後で迷宮へ戻してあげる必要がある。
虚ろ喰が喰らった瘴気はそのままでは利用することができない。虚ろ喰には、喰べた瘴気を溜め込んでおくよう指示をしているため、後ほど迷宮の力で魔力へと変換して迷宮の力に換える。
「キマイラも役には立ってくれたな」
土地から瘴気を吸収しようとすると時間が掛かる。
だが、キマイラが無理矢理吸収してくれたおかげで普通に得るよりも早く魔力を得ることができた。
「それよりも気付いているかい?」
ルイーズさんの鋭い視線が森の奥へ向けられる。
向こう側には海がある。だが、目的は海まで行かず、森の中にある。
「どうします?」
「問い詰める必要があるだろうね」
☆ ☆ ☆
男が必死に森の中を逃げている。
ここは、奥へ行けば行くほど魔物に囲まれてしまう森。それでも男は森の奥へと走らなければならなかった。
「……なんだっていうんだよ! あいつらは……!?」
男は俺たちから逃げていた。
男が振り向く。
「……!」
その時、二人の間で目と目が合ってしまった。
まだ距離はある。しかし、異常な力を見せた俺に認識されている、というのは男にとって恐怖以外の何物でもなかった。
少しでも遠くへ……!
目が合った瞬間、そんな恐怖に駆られてしまう。
しかし、既に遅い。
視線が合う、ということは間に何もないという事を意味している。
故に……
「【跳躍】」
視界内なら一瞬で移動することができる迷宮魔法が使用できる。
「ぐはっ」
男の背を上から踏み付けて押さえ付ける。
こいつに対して容赦をするつもりはない。
「く、くそっ……!」
男が必死に逃れようとしている。
残念ながらステータスに差があり過ぎて叶うことはない。
「捕らえたんだね」
シルビア、アイラ、イリスの3人も【跳躍】で移動する。
イリスと手を繋いで移動したルイーズさんが合流するなり確認してきた。
「ええ、捕まえましたよ」
「な、何なんだ……お前たちは!?」
それは、こっちのセリフだ。
「お前こそ何者だ? こんな場所で何をしている? これだけ近くにいたから知っているだろうけど、奇妙なキマイラがいた森だ。まさか森林浴をしていた、なんて言うつもりじゃないだろうな?」
男の動きが止まり、視線が動き出す。
「……」
何も答えない。
それなら、それで考えがある。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
体に流れる電撃に男が悶える。
「今の内に喋れば解放してやる。どうする?」
「……」
それでも男は答えない。
苦痛に耐えることを選択したらしい。
「あの、本当に喋った方がいいわよ」
シルビアが屈んで男に言う。
「わたしたちのご主人様は、やる時は本気でやる人です。早目に喋った方がいいですよ」
「そうそう。本気で喋らせる為なら不死者の中に放り込むぐらいするし」
「生きたまま獰猛な魔物に喰われる方が楽かもしれない」
アイラとイリスまで同調した。
情報が欲しいからちょっと強引な手段を採ってしまうことがあるだけなのに。
「お、俺たちは古い文献から最強の魔物を生み出したんだ! 犠牲まで出したっていうのに、どうして負けるんだよ……!」
「失礼するよ」
ルイーズさんも屈む。
ただし、シルビアのように正面から話し掛けるのではなく、横から男の襟を捲って首を確認していた。
「やっぱり……」
男の首にあった円と十字架の描かれた痣――タトゥーを見て呟いた。
「こいつはリゴール教の人間だよ」
「リゴール教?」
「こいつらは、人間よりも圧倒的に強い魔物こそが世界の支配者であり、人間は強い魔物に支配されるべき存在である、と本気で考えているんだよ」
「なに、それ……」
たしかに魔物は強い。
しかし、魔物の大半が知性など欠片ほども持ち合わせていないゴブリンばかりで支配者には向いていない。
「だからこそ『終焉の魔物』なんて呼ばれている存在を呼び起こそうとしているんだよ」
もっとも『終焉の魔物』は、ごく一部の古い伝承に登場する実在するのかどうかすら定かではない魔物だ。
リゴール教の人間は、古い古文書にある不確かな儀式の情報を得ると『終焉の魔物』を復活させようと儀式を試みてきた。が、世界が滅びていない事から分かるようにこれまでの儀式は全て失敗してきた。というよりもリゴール教を騙そうという人間の詐欺に遭っていた。
それ故に多くの人が気にも留めていなかった。
怪しげな会議を開いていてもスルーされるほどだ。
「だけど、今回は本物だったみたいだね」
現れたのは『終焉の魔物』ではなかった。
それでも都市を軽々と滅ぼせるだけの力を備える魔物が呼び出された。最悪の場合には国がなくなっていたかもしれない事を考えるとキマイラが『終焉の魔物』というのは強ち間違っていないのかもしれない。
「で、キマイラを呼び出す方法はどうやって知った?」
「……」
答えるつもりはないらしい。
「まあ、いいや」
「え?」
男にとっては予想外な言葉に目を丸くしていた。
シルビアたちの言葉から俺が情報を得る為なら何でもする人間だと少しは予感していた為だ。
その考えは全く間違っていない。
「お前の意思とかは関係ない。すぐに言わなかった自分の事を後に悔やみな」
「な、何を言って……」
「シルビアとアイラは、村に戻った冒険者たちの手伝いをしろ。万が一に彼らの手に負えない魔物が出てきた時に手を貸す程度でいい。イリスは、ルイーズさんの護衛だ。彼女には俺たちにとって都合のいいようにアリスター家に証言してもらう必要がある」
「「「了解」」」
「……本当はいけない事なんだけど、仕方ないね」
俺には俺でやる事がある。
男を連れて迷宮へと転移した。
キマイラ討伐の報酬
・討伐金
・膨大な瘴気
・リゴール教教徒