第33話 VSキマイラ―後―
世界に満ちるエネルギーには二種類存在する。
瘴気と魔力。
人間や魔物が魔力を消費して魔法やスキルを使える。そうして消費された魔力は瘴気となって世界を循環することになる。瘴気は、少量ならば問題ないが大量に得てしまうと人間にとって毒になる。しかし、特殊な例を除いて瘴気による毒で亡くなった者はいない。
瘴気は世界を循環されながら浄化され魔力へと変わる。
浄化された魔力を生物が取り込み再び消費される。
そうして、世界の中でエネルギーは循環されている。
そのため地中には浄化される前の瘴気がたくさんある。
屈んで両手を地面につく。地中にある瘴気に干渉するにはこうした方がいい。
「何をするつもり!?」
イリスには俺が瘴気に干渉しようとしているのが分かる。
人の身でありながら瘴気に干渉しようなど正気の沙汰ではない。
「3人とも時間を稼げ」
「何か方法があるんですね」
「任せなさい」
「……分かった」
シルビアとアイラが意気揚々と、イリスが渋々といった表情でキマイラへ向かっていく。
キマイラもまたシルビアたちと対峙する。というよりも俺の事が気になって仕方ないらしい。瘴気を使用しているキマイラにとって瘴気へ干渉しようとしている俺の存在は看過できない。
だが、キマイラの前に3人が立ちはだかる。
シルビアたちは時間稼ぎに徹するつもりらしく、キマイラに一撃を与えて注意を惹いたところで退いている。
それでいい。下手にダメージを与えてもキマイラには意味がない。
その間に地中にある瘴気へ干渉する。
普通なら人間には絶対にできない。たとえ、何らかの方法で出来たとしても瘴気に汚染されて肉体だけでなく精神まで死んでしまう可能性が高い。
だが、生憎と俺は普通の人間ではない。
迷宮には『周囲の土地から瘴気を取り込んで魔力に変換する』能力がある。
迷宮操作の要領で地中から瘴気を吸い上げる。
ただし、吸い上げた後は魔力に変換するような真似はしない。そのまま圧縮して右腕に溜め込む。
迷宮の力があっても辛い。
そこで自分の魔力で腕を覆い、瘴気が暴れないよう抑え込む。
『一体、何をするつもり!?』
迷宮核にも俺が何をするつもりなのか予測できないらしい。
「……黙ってみていろ」
安定させる為に意識を集中させている。とてもではないが、迷宮核に付き合っていられるような余裕がない。
「離れろ!」
叫んだ瞬間、3人がキマイラから離れる。
すると、正面に立った俺とキマイラの目が合う。
ゆっくりと一歩踏み出す。
俺から放たれる異様な威圧感にキマイラが後ろへ下がる。それは、生まれたばかりのキマイラが初めて感じる恐怖。
弱い者いじめをするようなつもりはないが、キマイラの存在は許せない。
キマイラの二つの口からブレスが吐き出される。先ほどよりも小さく収束させており、速度を優先させている。
体を傾けてブレスを回避する。
後方で炎と電撃によって爆発が起こる音を聞きながら中央を駆ける。
手を伸ばせば届く距離まで近付いたところで拳を構える。
俺の姿に危機感を抱いたキマイラが尻尾で地面を叩いて衝撃を利用しながら上へ逃れる。
が、最初から逃げられるのは想定内。
「【跳躍】」
空中にいるキマイラの左へ一瞬で移動する。
警戒していた俺の姿が消え、驚いたキマイラが気配を頼りに山羊の頭を俺の方へ向ける。
しかし、既に遅い。
山羊の頭が見たのは、拳を叩き込む俺の姿。
「【魔導衝波】!」
拳を叩き込むのと同時に魔力を叩き込む攻撃。
叩き込まれた魔力は、相手の防御を抜けて内側へダメージを与えることができる。ゴーレムのように体が硬いために斬るのが難しい相手を倒す時に重宝してきた攻撃。
衝撃を生み出す攻撃によってキマイラが吹き飛ばされ、地面を跳ねながら倒れる。
「ぐぅ……」
地面に着地すると、体……特に右腕に圧し掛かるダメージに顔を顰めながら膝をつく。
キマイラもダメージを負った体を起こす。
【魔導衝波】によって受けたダメージもどうやら回復しているらしい。
だが……ドロドロに溶けるように山羊の頭部が付け根から離れて地面に落ちる。
慌てた表情をする狼の頭部。すぐに瘴気が集まって山羊の頭部をくっ付けようと試みるが、頭部のあった場所から瘴気が出てくることはなく困惑するばかりだ。
どうやら俺の予想は正しかったみたいだ。
ただし、1発では足りない。
「コツは掴んだ」
再度、瘴気を地中から吸い上げて右腕に纏う。
2回目ということもあって先ほどよりも速く纏うことができた。
「2発目!」
キマイラの右側へ回り込むと【魔導衝波】を放つ。
再生しない体に戸惑うばかりのキマイラは反応できていない。無防備な体へ魔力と一緒に瘴気を叩き付けられてキマイラが再び吹き飛ばされる。
ゴロゴロと転がるキマイラ。
その途中、狼の頭部にある首が溶け落ちてしまった。
頭のない獅子の体が起き上がる。
体を左へ右へと動かして状況を把握している。しかし、頭部を失った体では何かを見ることはできない……と思いきや尾にある大蛇が状況を把握していた。
異なる場所に転がった山羊と狼の頭部。
首が溶け落ちてから時間が経過していることもあって頭部もドロドロに溶け始めていた。
自分の体が溶ける。
そんな光景を見せられて恐慌状態に陥るキマイラ。
「悪いが、恐怖している暇なんて与えるつもりはない」
再度、キマイラの体に【魔導衝波】を叩き込む。
上から瘴気を叩き付けられたことによってキマイラの尾が付け根から弾け飛ぶ。
ボロボロになるキマイラ。どうにか立ち上がろうとするものの立ち上がる為に必要な肝心の足がドロドロに溶けだしてしまった。既に満身創痍どころの状態ではない。
そして、攻撃した俺の方も無事では済まされなかった。
「があ、ぁあああ!」
焼けるような激痛が右腕全体に走る。
こんな苦痛を味わうぐらいなら腕なんてない方がいい。
「斬り落とせ、アイラ!」
自分で斬り落とす余裕もない。
「で、でも……」
「問題ない!」
俺の気迫に後押しされたアイラが目付きを真剣にして俺の右腕を肩から斬り落とす。
斬り落とされたことで痛みが走る。
それでも斬り落とされる前よりもマシになった。
「無茶をする……」
呆れながらもイリスが【施しの剣】を使用してくれる。
失った右腕が元に戻る。
が……
「ぐはっ」
立ち上がった瞬間に口から血の塊を吐き出してしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「問題ない。想定以上のダメージがあったせいだ」
「それ、全然大丈夫じゃないですよね!?」
慌てるシルビア。
たしかに、これ以上の戦闘は難しいだろうが、少なくとも苦戦させられるような戦いはもうない。
後は体を休めて回復させるしかない。
「終わったかい?」
森の入口がある方向からルイーズさんがやって来る。
「見ていたんですか?」
あまりにタイミングがいい。
だが、俺たちならばともかく彼女にとっては見ているだけでも危険だったはずだ。
「ああ、どうなったのか誰かが見ておく必要があるからね」
冒険者たちは全員が森から離れている。
というのも、ここから森を進んだ場所で戦っていたのだが、キマイラの放つブレスによって木々が吹き飛ばされ、戦う前より広くなっている。
普通の冒険者ならば見える位置にいるだけで巻き込まれる。
「アタシだって近くで見ていた訳じゃないよ」
ルイーズさんが下を見る。
彼女の足元には一匹の黒猫が付き添っていた。ルイーズさんの使い魔だ。使い魔の視界を通して戦闘を見ていたようで、本人は安全な場所にいたらしい。
「それにしても、とんでもない魔物がいたもんだね」
「ええ、どうにか倒すことはできました」
「……何をやったんだい?」
この質問は想定できた。
シルビアたちも何をしたのか分からなかったらしく、目を向けられる。
「キマイラは、とてつもない量の瘴気を宿した魔物です。それこそ巨大魔物に匹敵する量でした。にも関わらず、キマイラの大きさは少し大きな獅子ぐらいです。この方が速いし、人間を相手にするなら利点はある。けど、膨大な量の瘴気を宿している、というのは弱点にもなり得たんです」
あの姿、力でキマイラは完成されていた。
何度かダメージを与えているにも関わらず、瘴気を消費して傷を癒すばかりで自身の強化を行うなどは一切していなかった。それこそワイルドコングへしたように瘴気で強化すれば勝つことができたかもしれない。
キマイラには強化ができなかった。
既に完成された状態であるキマイラは、限界に達していた。そのため強くしてしまうと肉体が耐えられなくなり、破滅を呼び込んでしまうことになる。
「なるほど。何をしたのか分かった。つまり、自滅を促した訳か」
「そういうこと」
魔力を叩き込む【魔導衝波】で瘴気も同時に叩き込む。
それにより、キマイラは自身の許容限界以上の瘴気を体内に保有することになってしまい、自滅してしまった。その自滅方法がドロドロに溶けるのは予想外だったが、俺の勝利には変わりない。
「しかし、これでは金にならないね」
ドロドロに溶けて原形を保っていないキマイラを見ながらルイーズさんが呟く。
冒険者は魔物の素材を売って金に換える。未知のキマイラだったので、どの部分にどれだけの価値があったのか分からないが、今の状態で売れるとはとても思えない。
「ああ、全く利益がない訳ではないので大丈夫ですよ」