第30話 森に潜むもの
アリスターが襲われている……まあ、大丈夫だろう。
「それよりもこっちはどうします?」
ルイーズさんに尋ねる。
「そうだね。村に何事もなかった以上は、防衛に必要な戦力をいくらか残しておいて敵の拠点へ攻め込むことにしようか」
敵の拠点。
即ち、森へ奇襲を仕掛ける。
「そういうことならいくぜ!」
「村に何もいなかったから、体が鈍っていたところだ」
「しょうがないね……」
意気揚々と森へ向かうヒースさん。
ヒースさんに追随するAランク冒険者のベガロ。
それを呆れた様子で見ているAランク冒険者のシャリア。
他の冒険者たちもついて行く。
「まずは、どうする?」
「とりあえず奥へ……ん?」
足元に異常を感じて視線を下げるベガロさん。
だが、その時には既に手遅れだった。
「ヒィ……!」
足に大蛇が絡み付いていた。
大蛇なんていうレベルの蛇ではない。地面から生えた草に紛れて分かり難かったが、蛇の体は遥か先にある森から続いていた。
大蛇に引っ張られベガロさんが倒れる。
「ベガロ!?」
シャリアさんが必死に手を伸ばす。
しかし、蛇の移動速度が速く、手が何かを掴むことはなかった。
「おい!」
ヒースさんが呼び掛けるも反応がない。
倒れた時に頭でも打ってしまったのか気絶していた。
そのまま村の外へと引き摺られていく。
「追うぞ!」
「ええ」
ヒースさんを筆頭に冒険者たちが追い掛ける。
いきなりのことで初動が遅れてしまい、距離が開いてしまったため必死だ。
Aランク冒険者というのは実質的に最高ランクとして考えられているため多くの冒険者から尊敬されている。
とはいえ、全員がそうではない。
よく分からない方法で強くなり、仲間も強くすることが可能な俺は頼りにされることもあるが、妬まれることも多くある。
「俺たちも行くか」
「そうですね」
助けない訳にはいかない。
が、ある程度の距離を保って見守る。
森から伸びて来られるほどの長さを持つ蛇。
そんな長さがある段階で普通の蛇ではない。
敵が異様だと分かった段階で慎重に成らざるを得ない。そうした考えを持っているのは多くの冒険者が同じで半分近い冒険者が駆け寄るような真似をしない。
ガン!
「いてぇ!」
森に入ったところで木にぶつけてしまった。
それでも蛇は木の間を縫うように奥へと運んでいる。
「この野郎!」
引き摺られながらベガロさんが蹴って蛇から逃れようとする。ベガロさんの武器である大剣は背中にあり、引き摺られている状態では使うことができない。あまり得意ではない攻撃なため絡み付いている蛇が離れることはない。
そうして僅かながらのダメージを与えるだけの状態が続いている内に辿り着いてしまった。
そこは、木々を薙ぎ倒された広い場所。
その中心に敵がいた。
「な、なんだ……あの魔物は!?」
経験を糧にAランクまで登り詰めたベガロさんでも知らない魔物。
その魔物はオルトロスと同様に二つある頭を自分の傍まで引き摺られてきたベガロさんへと近付ける。
ゆっくりと牙の生えた口を左右の足それぞれに添える。
「や、止めろ……!」
自分がどのような末路を辿ることになるのか予想したベガロさんが戦きながら剣へ手を伸ばす。
だが、敵は待ってはくれなかった。
一気に齧り付くと左右の足先からバリバリ喰い尽くしていく。
「ぎゃあ! い、いてぇ……!」
そこから先の言葉は言えなかった。
巨体を持つ魔物は足先から食べ、腰の辺りまで辿り着くと左右の頭でどちらが食べるのか喧嘩になって引き千切ってしまった。体の中心で半分に千切られたベガロさんが喰われている。
あっという間に腹の中に収まってしまった。
気付けばベガロさんの大剣と鎧だけが血に塗れた状態で吐き出されて地面に落ちている。
「うっ……」
その光景を見た冒険者が口に手を当てて呻いている。
多くの死を見てきた冒険者たちだが、知り合いが貪られて死んでいく姿を見るのはなかなかない。
その中には同じAランクであるシャリアさんも含まれる。
「伏せろ!」
叫びながらヒースさんが伏せる。
「え……」
最前列でベガロさんが食べられる姿を見て呆然としていた冒険者の多くが反応できずにいた。
鞭のように振るわれた蛇が横から叩き付けられて吹き飛ばされる。
「チィ」
シャリアさんは鞭を伸ばして木の枝に巻き付けると上へ跳んで撓る蛇をやり過ごす。
だが、相手は鞭ではなく蛇。
少し滑ったところで動きを止めるとバネのように跳んでシャリアさんの鞭を持つ腕に噛み付く。
「いたっ!」
シャリアさんは鞭という武器を使ううえで体を動かしやすいよう鎧のような動きを制限される装備を身に付けていない。
生身の腕に噛み付かれたことで蛇に肉を大きく持っていかれる。
ドサッ、と大きな音を立てて地面に落ちる。
そこを蛇が再び襲い掛かる。
「調子に乗っているんじゃねぇ」
飛び掛かった蛇の胴体をヒースさんが掴まえる。
そうして地面に叩き付け自慢の拳を打ち込むと叫び声が森の中に響く。
「これが人間様の力だぜ」
バタバタと暴れる蛇。
しかし、押さえ付けられた状態では逃れることができない。
「あ、ありがとう……」
「さっさと治療しな」
「って、後ろ……!」
シャリアさんが叫ぶ。
直後、ヒースさんの後ろから魔物が迫る。
「気付いているぜ」
掴んでいた蛇の胴体を引き千切ると投げ捨てる。
そのまま両手で突っ込んできた魔物の二つの頭を殴る。
「……硬ぇな!」
魔物の硬さに驚きながらも殴る。
その顔は笑っていた。
「おりゃ!」
ヒースさんの右拳が入る。
左の頭が一瞬だけ意識を失う。
「そっちも!」
右の頭にも全力の拳を叩き込む。
しかし、拳が当たる直前に左の頭の口が開き炎のブレスが吐き出される。
「……っ!」
咄嗟に両腕を交差させて防御するヒースさん。
彼の手甲には魔法による攻撃を防ぐ力が備わっている。
手甲が耐えてくれたおかげで踏み止まる。
「メェ!」
そこへ気絶していた左の頭部の先から生えた角から雷撃が放たれる。
炎を突き抜けて射貫く電撃。
「ぐぅ……」
呻きながらヒースさんが倒れた。
交差させていた腕は焼け爛れており、腕の先にあった胸には穴が空いていた。息はまだあるようだけど、このままだと致命傷になる怪我だ。
大きな獅子の体を揺らしながら倒れている二人に近付く魔物。
簡単にAランク冒険者3人が倒された。
その事実にBランク以下の冒険者は近付けずにいた。Aランクにしても躊躇してしまうほどの強さだ。
「イリス、アイラ」
剣士二人が同時に切り込む。
二つの頭から炎と電撃が発せられて応戦している。
その間に倒れた二人へ近付く。
「よければ、これでも飲みます?」
回復薬だ。
それも最上級の効果を持つポーションなので二人が負った怪我ぐらいなら最低限だけだが癒すことが可能だ。
もっとも、すぐに戦闘へ参加するのは不可能だが。
「……すまねぇ」
二人とも手を伸ばしてきたので回復薬を渡す。
「料金は後で請求しますよ」
「……もちろんだ」
回復薬もタダではない。
冒険者は自分の行動に自分で責任を持たなければならない。自分で用意しなかった以上は相応の対価が必要になる。
「さて、奴を倒しますか」
「俺に言えたセリフなのか分からないが、奴は強いぞ」
「でしょうね。手を出さなかったのは申し訳ないと思いましたけど、敵の戦力を確かめさせてもらいました」
最低でもAランク冒険者を軽くあしらえるだけの実力がある。
ノエルとメリッサがオルトロスと戦った報告は既に受けている。その途中、厄介な特性まで持っていることも教えてもらえた。それに似た能力を目の前にいる敵も持っている。
「奴――キマイラは、俺の利益を脅かした。絶対に倒さないといけないんですよ」
獅子の胴体、狼と山羊の頭部、大蛇の尾を持つ魔物。
それが、デイトン村の近くにある森に潜んでいた。