第27話 VSオルトロス―中―
ノエル視点です。
わたしたちにはオルトロスから都市を守る以外にもう一つ役割がある。
それは、魔物を強化する存在の情報を少しでも得ること。これからマルスは、その存在と戦うことになる。情報の多寡は大きな影響を齎す。
オルトロスにとって最大の脅威であるわたしたちが離れる。
その直後、オルトロスの傍にある地面から蛇に似た存在が現れて倒れたオルトロスに噛みつく。
まるで何かを注入しているようで灰色だったオルトロスの毛が噛まれた場所を中心に漆黒へと染まっていく。
そうして、ゆっくりと体を起こす。
「あれが堕落化ですか」
「堕落化……?」
「ギルドにあった古い文献から見つけました」
ルイーズさんが調査してくれた内容を教えてくれる。
どうやら昨日の戦闘報告を受けて詳細な情報を探していてくれたみたい。
「魔物は、獣が瘴気を受けることで変貌することでも生まれます。ですが、何事にも許容限界が存在します。魔物として生まれ変わった時にワイルドコング以上の瘴気を得ていればワイルドコングの上位存在として生まれます。ですが、一度でもワイルドコングとして生まれれば、その者はワイルドコングとして存在が固定されてしまいます」
ワイルドコングに限界以上の瘴気を与えたとしても上位存在へと進化できる訳ではない。
自らを鍛え、他者を喰らい魔力を得ることによってのみ上位存在へと進化することが可能となる。
急激な方法では進化することはできない。
「目の前にいるのは堕落した存在。故に、命は短く、強大な力を有していても数日で滅びる運命にあります」
「数日……」
それでも数日は生き永らえることができる。
目の前で変貌したオルトロスも同じだ。
それだけの時間があればアリスターを破壊するなんて造作もない。
「来ました!」
オルトロスがアリスターへと駆け始める。
たとえ変貌したとしても与えられた命令――アリスターの破壊は消えた訳ではないみたいだ。
まるで、わたしの故郷を襲った時の神獣様たちみたいに攻撃してくる。
「な、なんだよアレ!?」
「あんなのに勝てる訳がない!」
逃げ出す低ランクの冒険者たち。今のオルトロスを相手に彼らへ「逃げるな」というのは酷だろう。
救いは騎士たちだ。彼らにはアリスターを守りたいという想いと守らなければならない責務がある。無責任に逃げ出すような真似をする者はいない。
その役目が戦う事である以上は危険な魔物と戦って命を落とす覚悟もあるはず。
けど、この場にいる騎士の中にはお義兄さんも含まれている。
死なせる訳にはいかない。
「メリッサ」
「行きましょう」
メリッサとわたしがオルトロスに向かって左右へ同時に駆ける。
そして、オルトロスの二つの頭がわたしとメリッサへ向けられる。
「やっぱり……」
オルトロスにとって強化される前の自分を殺した相手は最も警戒するべき相手。囮になるには十分。頭では囮だと分かっていても本能がわたしたちを追わざるを得ない。
優先順位が変わってしまっている。
「【巨岩兵の腕】」
メリッサの周囲に岩で造られた腕が浮かぶ。
その大きさは巨体のオルトロスを掴めるほどで、わたしへ向けられていた頭もそちらを意識せずにはいられない。
「行きなさい――」
岩の腕が見た目から予想される重量を感じさせない動きで空中を飛んでオルトロスへと向かう。それにより両方の頭がメリッサへと向けられる。
「【地震】」
地面を杖で叩き、揺れを発生させる。
突然の揺れにオルトロスの体が揺れる。
メリッサの方は事前に念話で揺らすことを伝えてあるから耐えている。
倒れる体に岩の腕が叩き込まれる。吹き飛ばされる方向へ回り込むと岩壁を魔法で出現させる。岩壁に叩き付けられて腹を見せていたところへ錫杖を叩き込む。
「……硬い!」
さっきは首を突き刺せた錫杖が入り込まない。
筋肉がまるで鎧のように硬くなっている。
「……っ!」
そうしている間に頭上にあるオルトロスの二つの頭がわたしへ向けられる。
咆哮。
魔力を込められた叫び声が解き放たれてわたしの体を吹き飛ばす。
わたしを追い掛けようと岩壁から離れようとした瞬間、オルトロスの背にある岩壁から細い糸のような物が飛び出して拘束する。地中から壁を出現させると同時に金属を含ませており、土壁の中に含まれている僅かな金属から拘束する為の金属製の縄を即席で作り出している。
オルトロスは動けない。前へ進もうとするけれど、ギチギチと締め付ける。
普通の魔物なら動くだけで体が斬り裂かれるような強度があるらしい。けど、オルトロスは強化された強靭な体で耐えている。
「ノエルさん!」
「あまり使いたくないんだけど……」
わたしの素のステータスで足りないなら強化するまで。
ティシュア神から力を借りて錫杖に纏わせる。わたし自身に力を溜めたまま突っ込むと錫杖がオルトロスの体に沈み込んで……
「え……?」
オルトロスの体が弾ける。
気付けばわたしの左右に2体のオルトロス……ううん、頭を一つずつ持つ犬の魔物がいた。
どうやら危機的状態になると体を分裂させる能力があるみたい。
2体のオルトロスが左右から同時に襲い掛かってくる。
元は同じ魔物。意思を疎通させる必要もなく、タイミングを合わせることが可能だ。
「落雷、大嵐!」
オルトロスの前に雷が落ちる。
ギリギリで気付かれてしまったせいで直撃はしなかったけど、上空から落ちて来る雷を避ける為に足を止めている。
そうしている間にわたしを中心に嵐が発生する。
咄嗟に作り出した嵐じゃあ、オルトロスの耐久力なら耐えて突破できるレベル。
けど、それでも構わない。
――GYAAAAA!
嵐を前にして躊躇している間にオルトロスの片方がメリッサの生み出した6本の剣で斬り裂かれて血を流している。
「【爆点】」
ふらつくオルトロスに接近したメリッサの手から赤い光が放たれて爆発が起きる。
胴体の中央辺りから上下に分かれたオルトロスの死体が転がっている。
――GAU!
残りのオルトロスがアリスターへ向かって駆ける。
1体が囮になっている間にわたしたちを無視して無防備なアリスターを襲う作戦らしい。人間を襲えば魔力を補充することができる。そこから傷を癒すこともできるし、強化もできるはず。
「させない!」
嵐を解除してオルトロスを追い掛ける。
「来たぞッ!」
「盾、構え!」
門の前に布陣した騎士団が盾を構える。
オルトロスの突進なら門を破壊できる可能性が僅かにでもあるなら、騎士は門の前で迎撃しないといけない。
わたしたちとの戦闘から迎撃は諦めたみたいで防衛に専念している。
けど、彼らの出番はない。オルトロスがアリスターへ辿り着くよりも早くわたしの方が追い付ける。
「水流檄」
左手から大量の水が放出する。
アリスターの方にばかり意識を向けているオルトロス相手なら当てられると思った。
けど、オルトロスは攻撃を予測していたのか背を向けたまま跳び上がる。
再度、左手を頭上にいるオルトロスへ向けるけど、オルトロスの体が霧のように消えてしまう。
霧の向かう先は、メリッサの倒したオルトロスのいる場所。
間に立っていたメリッサを迂回して倒れたオルトロスと合体する。
倒れていたオルトロスが起き上がると元の頭を二つ持つ犬の魔物へと姿が変わっていた。
一見すると不死のように見えるけど、不死という訳ではない。起き上がったオルトロスの体には深い傷がいくつか残されているし、魔力が非常に乱れている。どうやらダメージはある程度残っているみたい。
「どうするの?」
「このままダメージを与え続けても倒せると思いますが、もっと確実な方法があります」
つまり、分かれたとしても二つの頭を同時に倒す。
どちらか一方だけを倒してしまうともう片方と合体して復活してしまう。合体する隙すら与えないタイミングで倒せば復活はできない。
と、オルトロスの攻略法について考えていると門の方が騒がしくなっていることに気付く。
メリッサと一緒になって振り向くと騎士が魔物に襲われていた。
襲っているのは、オルトロスと同じように漆黒の体を持つコボルトやフォレストウルフたち。オルトロスしか堕落させなかったからコボルトたちは無視してしまったけど、そんな事はなかったんだ。
「こっちはお任せします!」
「お願い!」
数はコボルトたちの方が多い。殲滅能力の高いメリッサがコボルトたちの相手に向かった方がいい。
魔法で加速してアリスターへと辿り着くと屠っていく。
いくら強化されていたとしても元がコボルトならメリッサの相手にならない。
『まさか……!』
メリッサから焦った声が念話で届く。
どうやら門は破壊されていなかったけど、騎士たちが出入りする為に利用していた通用口から魔物が何体か入り込んでしまったみたい。
外にいた魔物を全て倒すとメリッサも都市の中へ入る。
魔物たちが真っ先に狙ったのは兵舎に避難していた人たちの所。頑丈な建物に隠れている訳でもないので魔物たちにとっては格好の餌に見えたので襲われていた。
『えっと……』
兵舎に辿り着いたメリッサが目の前に光景に言葉を失っている。
わたしの目と耳にもメリッサの見ている光景と音が届く。
『わるいわんちゃんは、シーがゆるさないもん!』
訓練場には黒い狼に跨って風の弾丸で魔物を撃ち抜いていくシエラの姿があった。