第24話 かくせい―後―
住んでいる屋敷は迷宮主の拠点となっている。
そのため屋敷内ならば迷宮内と同じようにスキルを使用することができる。
立ち去るシエラに【迷宮魔法:鑑定】を使用するとステータスが表示される。
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名前:シエラ
年齢:1歳
職業:
性別:女
レベル:1
体力:2
筋力:2
敏捷:2
魔力:2
スキル:【風神の加護】
適性魔法:【風】
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ステータスやレベルの数値に関しては問題ない。適性魔法に【風】があるのは風属性の魔法が使えたので予想できた。アイラによれば今朝【鑑定】した時には増えていたらしい。育児観察の一環として傍に居る時は毎朝のように【鑑定】を使用しているので間違いない。
問題はスキルだ。
毎朝観察しているアイラによれば、今朝の段階でスキルは空欄だったらしい。
「ところが、午前中の訓練を終えて、お昼に念の為ステータスを確認してみたところ……」
「スキルが増えていた」
アイラとメリッサが頷く。
二人が深刻そうな表情をしている理由が分かった。
この世界には様々な神がおり、気に入った人間がいればスキルという形で加護を与え、スキルによって神の特性を再現することもある。
ノエルの【ティシュア神の加護】、メリッサの【魔神の加護】と【大地母神の加護】がいい例だ。ノエルは『巫女』だった経歴からティシュア神の寵愛(親心)を一身に受け、メリッサは眷属になった時の影響から魔神と大地母神の特性を再現するに至った。
【風神の加護】。
これはノエルと同じ取得方法に当たる。
「ウチの娘に妙な加護を与えたのはどこのどいつだ?」
「風神。風を操る最強の魔法使い。実在した魔法使い、という訳ではなくてそんな魔法使いがいたらいいな、という人々の妄想から生み出された魔法使いね。天界では一つの存在として意識を保っていて世界に流れる風を見守っている存在よ」
シエラと遊んでいたティシュアが教えてくれる。
「その神様がどうしてこんな事を?」
「貴方たちは少し自分たちが特殊な存在だと自覚した方がいいわね」
神が遺した避難施設を継承し、様々な事件に関与する。その中にはティシュアが中心にいた騒動や暴走した狩猟神と対峙したエストア神国での騒動も含まれる。
それだけの事件に関わっていれば神々の興味も引いてしまう。
そうして、今回は風神の目に幼くして【風】属性の魔法を使えてしまったシエラが留まってしまった。
「安心しなさい。【加護】は、人に害を与えるようなものではないわ」
それは、【風神の加護】の説明を読んだ時に気付いた。
メリッサの【大地母神の加護】と同様に風属性の魔法を使用した時に限って魔力の消費を抑えられ、操作性を向上させてくれる。さらには分け御霊と呼ばれる風神の分身がシエラを常に見守ってくれている。
ありがたいスキルであることには変わらない。
「私が今日ここへ来たのは風神に頼まれたからよ」
「神様から?」
「そう。加護なんてものを与えてしまったけれども、相手が幼女だという事を気にしていたわ。本人は、あの子を守る気持ちで加護を与えたつもりだったけど、親の貴方たちにしてみれば心配な事には違いない訳でしょう」
「まあ……」
何か危ないスキルではないのか?
得体の知れないスキルを身に付けてしまったので、何も説明がなければ何らかの方法でスキルを剥がす方法がないか探していたところだ。実際、スキルを無効化する方法がない訳ではないので、【加護】が相手だったとしても全く方法がない訳ではないはずだ。
「それでも、心配だと言うのなら私の方から風神に頼んで【加護】を外すように言うわ」
「本当に、そんな事が?」
「可能よ。もっとも、人間が神に頼んだところで受け入れられるような事にはならないだろうけど、神である私が頼み込めば風神も受け入れてくれることになっているわ」
人を安心させる笑みを浮かべるティシュア。
穏やかな笑みを浮かべられると神だと感じさせられる。
「いえ、そこまで手を煩わせるつもりはありません」
「あら、そうなの?」
「【加護】が無害だということは分かりました。なので、今のままでも大丈夫でしょう」
「分かったわ。けど、何か問題が起こった時には私の方でも対処させてもらうわ」
ティシュア様はシエラたちの事を本当に溺愛しているからな。
「今回の件も貴方たちに任せるしかないから、ちょっと心配だったのよ」
シルビアがティシュア様とルイーズさんの前に紅茶を置く。
話題が変わったな。
「今回の件?」
ルイーズさんが首を傾げる。
「原因は私たちの方でも調査中よ。けど、妙な力が働いたせいで辺境の奥にある森で瘴気を自在に操る魔物が生まれてしまったわ」
それが、先ほどの妙なワイルドコングを生み出した。
「神としても看過できるような事態ではないのだけど、今の原因が不透明な状況では神が力を振るうことはできないわ。だから、早期に事態を解決するなら貴方たちの力を借りなければならないの」
「元より、こっちで解決するつもりでしたから気にする必要はないですよ」
「そう。よかったわ」
一言、教えてあげると安堵していた。
そして、ある要求をする。
「シルビア。今日は何を作るつもりなのかしら?」
「ええと……パスタでも作ろうかと思っていましたけど」
「だったら海鮮系のパスタがいいわね。子供たちにも貝とかから出汁を取った食べやすい物をあげましょう。ノエルの妊娠祝いよ。依頼の最中で宴会ができないのが残念だけどパァッーとやりましょう」
「……分かりました」
思い付きで夕食のメニューを決めてしまうティシュア様。
シルビアも困りながら彼女に付き合っている。
「あれが神様なのかい?」
ルイーズさんの疑問は尤もだ。
人間よりも高位の存在であるエルフの中で実際に神の姿を見たことがあるのは、ごく一部の者だけだ。それ故に、多くのエルフが降神した時のティシュア様みたいな姿を思い浮かべている。
今、見せている姿はイメージから掛け離れている。
「改めて挨拶をさせてもらおうかしら。そこでお菓子を食べているノエルの“自称”母親のティシュアよ」
「……よろしくお願いするよ」
ルイーズさんが言葉を失っている。
まさかティシュア様の口から神である事を告げるのではなく、真っ先にそんな挨拶が飛び出してくるとは思わなかったのだろう。
そして、ノエルは母親のノンさんと一緒にシルビアの焼いたロールケーキを食べていた。
「なんだか昨日からお腹が空いて……」
「ごめんなさい。理由は分かっているんですけど、どうにも止められなくて」
獣人の胎児は成長が非常に速い。
そのため、母親は栄養を求めて1日に食事を何度もしてしまうか、1度の食事で多く摂ってしまうらしい。
この屋敷には食材が豊富にあるためシルビアが次から次に食べ物を用意してしまう。
こっちに来ないと思ったら、そんな事をしていたのか。
ノエルたち家族とは初対面のルイーズさんが改めて挨拶する。
「妊娠初期の獣人に見られる光景だね。今は何カ月目なんだい?」
「……」
無言のままノエルが指を2本上げる。
「2カ月目? それにしては、あんまり……」
「いいえ、2日目です」
「はぁ!?」
ルイーズさんが声を荒げ、次いでメリッサを見る。
二人が妊娠中であることは伝えてある。目立っていない事から初期段階だと判断していたのだが……
「何カ月だい?」
メリッサも同じように2本立てる。
「これを使いました」
異常な日数が分かっている理由を告げる。
「なるほど。いくら獣人でも妊娠2日目で妊娠兆候が現れることはないんだけど、二人とも妊娠しているという自覚があったからこそ無意識の内に食べ物へ手を出すようになったんだろうね。だとしたら危険だよ」
「え……」
「子供は栄養を受け取れる状態にない。けど、過剰な栄養を摂取している。そうなると、そのカロリーは誰が受け止めることになるんだろうね」
当然、食べているノエルが受け止めることになる。
「や、痩せないと……!」
すぐさま体を動かす決意をするノエル。
「明日はわたしも魔物退治に行くから!」
「何を言っているんだい。いくら数日でも妊娠していると分かっている奴を魔物退治に行かせられる訳がないだろ。都市の外へは絶対に出させないよ」
「そんな……」
ガックリと項垂れるノエル。
「ただし、今日の様子を見るならマルスとイリスだけだと不安だね。出られる奴は全員連れて行くよ」
「はい」
『分かりました』
近くで話を聞いていたアイラもキッチンにいるシルビアも念話で返事をしてくれた。
体を動かしたそうにしているノエルには申し訳ないが、全員で対処に当たることになった。
「屋敷に居る神様を警戒していたけど、どうやらそんなレベルじゃなかったみたいだね」