第23話 かくせい―前―
アリスターへと戻ってきたイリスたち。
負傷者は物資を乗せた馬車から荷物を下ろして乗せ、馬車を護衛する為に数名の冒険者が護衛に就いていた。
道中は魔物の襲撃に何度か遭ったらしいけど、全てイリスが魔法で仕留めた。
彼女たちが帰って来るのを門の傍で待っていた俺は姿を見るなり駆け付けて頭を下げる。
「すみません。先ほどはいきなり姿を消してしまった」
「構いやしないよ。それよりも、あの妙なワイルドコングは仕留めたんだろうね」
「ええ」
「じゃあ、本当に問題ないさ」
ホッと胸を撫で下ろす。
どうにもルイーズさんと相対していると強気に出ることができない。
「じゃあ、負傷者は騎士団の隊舎の方へ連れていきな。今なら避難民の治療もあって、そっちの方が医療道具は充実しているはずだよ」
「はい!」
同行してきた冒険者たちに隊舎の中へ向かうよう指示を出す。
この後、ルイーズさんは報告の為にエリオットの元へ向かうことになっている。
「アンタも来な」
「えっ……」
何故か腕を引っ張られる。
「あのワイルドコングの件は報告しないといけない。お前が説明しないでどうするんだい」
「説明したくないから逃げたかったんです」
「いいから来な」
ルイーズさんに連れられる形で隊舎内にあるエリオットの執務室へと向かう。そして、強制的にエリオットへ報告をさせられる。どうにもルイーズさんがいると話を断ることができない。
もちろん言えない部分は伏せて報告する。言えたのは、魔法道具でワイルドコングを連れて転移し、被害の出ない場所で強力な魔法を使って倒した……うん、肝心な部分が全然言えていない。
「分かった。今日は疲れただろうから下がっていいぞ」
「エリオット様」
傍で報告を聞いていた行政官が咎める。
明らかに何かを秘匿している。領主としては見過ごす訳にはいかない。
「お前たちの言い分も分かる。だが、そのように強い魔物が森には確実にいる。そして、デイトン村にも居る可能性が高い、と私は踏んでいる。彼の協力は必要不可欠。多少、報告を秘匿する程度は見逃してやった方がいい」
「……出過ぎた事を言い、失礼しました」
咎めた行政官が下がる。
報告書を書き上げるのに困るだろうけど、彼には頑張ってもらうしかない。
「ちょっと想像以上に大変な仕事になるかもしれないね」
「大丈夫ですか?」
「まあ、何とかするよ」
ルイーズさんと共に執務室を後にする。
そのまま屋敷へ帰ろうとする俺たちに付いて来る。
「……どこまで付いて来るんですか?」
「屋敷へ帰るんだろ。アタシも同行させてもらうよ」
どうやら屋敷へ来るつもりらしい。
家族と一緒にアリスターへ来たルイーズさんにはアリスター家から家が与えられているし、家族もそっちに住んでいる。
「家族と言っても最近は離れて暮らしていた連中ばかりだよ。アタシはアタシで自由にさせてもらうことにするよ」
「はぁ……」
付いて来るつもりだというなら拒む必要はない。
ただし、屋敷には伝えておいた方がいいだろう。念話でシルビアに客が一人来ることを伝える。
「アタシがアリスターへ来た理由はいくつかあるけど、その中にアンタへ聞きたい事があったんだよ」
「聞きたい事?」
「何を飼っている」
飼う。
思い当たる節がたくさんある。
屋敷の門番はゴーレムに任せているし、身内と呼べる人たち全員にシャドウゲンガーを張り付けている。地中から攻められてもいいよう屋敷の庭にはアイアンモールという土を一時的に金属化させることができる魔物を放っており、屋根の上にはサファイアイーグルが常に監視を行っている。他にも隠密が可能な魔物を潜ませている。
今では一種の魔境と化していた。
そんな屋敷で飼っているもの。
どれの事だ?
けれども、今さら改まって尋ねられると、どれでもないような気がする。
「アンタの屋敷から神の気配を感じる。一体、何を飼っているんだい?」
奴(ティシュア様)かぁ―――――!
ノエルがいることもあって、すっかり屋敷に入り浸るようになってしまったティシュア様。神としての力のほとんどを失った状態だったが、残滓が屋敷に残されていた。そして、最近ではエスタリア王国での戦闘で力を回復させている。
「アリスター家には以前から打診を受けていてね。その頃はトラブルもなかったから王都にいるつもりだったんだけど、あまりに勧誘がしつこいんで正式に断る為にアリスターまで来たことがあったんだよ」
俺たちは留守にしていたらしく、来た事を誰かに教えることもなく帰ってしまった。
が、屋敷の近くまでは来た。
その時に僅かに残った神気を感じ取ったみたいだ。
神気の影響を受けて育ったエルフなら神の残した気配を感じとれても仕方ない。
「どうするの?」
イリスから尋ねられる。
どうするべきか……そんな事を考えながら歩いている内に屋敷へと辿り着いてしまった。
もう、なるようにしかならない。
「ティシュア様を追い出すか? 無意味だろ」
ルイーズさんはしばらくアリスターにいる。
そして、ティシュア様は数日に1回のペースで来る。
今日を凌いだところで、いつかは必ず顔を合わせることになる。遭遇する危険性に心を痛めるぐらいなら今日の内に会わせてしまった方が気は楽になる。
屋敷の中の気配を感じれば……ティシュア様はいる。
「いらっしゃいませ」
屋敷の扉を開けた瞬間、シルビアが迎えてくれた。
事前に連絡しておいたおかげで準備は万全だ。
「母親になったみたいだけど、そんなに変わっていないみたいで何よりだよ」
「ありがとうございます」
「あんたはそのままでいな」
笑みを浮かべながらシルビアがリビングへと案内する。
そこではルイーズさんのお目当てであるティシュア様がいたのだが……
「あれが神様だっていうのは分かるよ」
ルイーズさんもリビングにいるティシュア様を見たことで神だと分かった。
ただ、ティシュア様の姿が全く神らしくなかった。
「ほいほい」
「おぉ~」
シエラとティシュア様が床に座っている。
そして、シエラを楽しませる為にティシュア様がボールを3つ右手から左手へと投げて回している。
グルグル回る3つのボールにシエラは少なからず興奮していた。
「楽しい?」
「うん!」
「よし、頑張っちゃうよ」
はっきり言おう。
全然、神様らしい威厳はない。
「……アタシは神様がいるんじゃないかと思って警戒していたんだけど、ね」
目の前にいるのは孫娘と遊ぶ祖母そのものだ。
おまけに……
「ばーちゃ、もっと!」
シエラの呼び方だ。
屋敷へよく来る母親よりも年上の女性。メリッサの母親であるミッシェルさんのこともあって祖母の一人だと認識していた。
「う~ん……私も遊んであげたいところだけど、お父さんが帰ってきたよ」
「う?」
シエラが振り向く。
「ぷいっ」
「え……」
俺の姿を見た瞬間、顔を反らされてしまった。
それまでに見せたことのない態度。
思わず胸を押さえながら倒れてしまった。
「ちょっと!?」
「……シエラが反抗期」
「おとさん、なんて知らない! アーくんたちのところいってくる!」
目を合わせることもなく立ち去ってしまった。
俺と生活することになった、と知った時のガエリオさんの心境が少しだけ分かってしまった。
「俺、何かしたかな?」
「むしろ何もしなかった事が気に入らないのよ」
「アイラ」
隣にいるイリスに尋ねたのだが、メリッサと仲良くテーブルで頭を悩ませていたアイラが教えてくれた。
「あの子、午前中は魔法の練習を楽しくやっていたんだけど、お昼になってお父さんがいないことに気付いたらしくて拗ねちゃったのよ」
シエラとは昨日は遊ぶ約束をしていた。
ところが、急な騒動により今日も遊べなくなってしまった。そのせいで拗ねてしまったとのことだ。
「明日までには必ず騒動を収束させる。で、お前らは何を悩んでいるんだ」
アイラが悩むなんて珍しい。
あまり頭がいい方ではないのだから悩むだけ時間の無駄だ。
「これは、あたしが頭を悩ませないといけない問題なの」
「どういう……」
「シエラのステータスを確認して下さい。それで全てが判明するはずです」
「げっ!」
言われるままシエラのステータスを確認してみたところ、今朝まではなかったはずのスキルが増えていた。