第22話 カレンの都市生活
迷宮で死んだ者は、最後には命を魔力へ換えて力となってくれる。
それは、強制的に連れて来られた魔物でも変わらない。
「うわっ、なんだこれ……」
迷宮の魔力量がかなり増える。
たしかにワイルドコングは強い魔物だ。だが、迷宮の運営に力を及ぼすほどの魔力は持っていない。
可能性があるとすれば途中からの変化だ。
あの変化により、目に見えるほどの瘴気を保有し、ステータスも向上させられた。
『そっちはどう?』
ワイルドコングの変化に頭を悩ませているとイリスから念話が届く。
「問題なく討伐した。ただ、やっぱり普通じゃなかったみたいだ」
『迷宮にいるワイルドコングと比べて?』
「ああ」
迷宮にもワイルドコングはいる。
そのため、どれくらいの魔力を消費する必要があるのか、倒せばどれだけの魔力を得られるのかも分かっている。
だからこそ今回倒したワイルドコングは異常だと言える。
「とにかく合流しよう」
いつまでも迷宮にいる必要はない。
『その事なんだけど――』
俺がいなくなった後に起こったセージュ村での出来事を語ってくれる。
強化されたワイルドコングの身から溢れ出る瘴気によって周囲から多くの魔物が呼び寄せられてしまった。それは、ワイルドコングが消えた後も続いており、一時セージュ村は魔物の巣窟と化していたらしい。
とはいえ、あの時のセージュ村には多くの冒険者がいた。
グリフォンやワイルドコングのような魔物がいなければ対処は可能。
現在は、落ち着いているらしい。
『それでも負傷した人はいた。だから、負傷者は護衛をつけてアリスターへ戻すことになった』
そこへアリスター家の代理であるルイーズさんも同行する。
やはり、現在の村の状況がどうなっているのか自分の目で確かめた事を報告する必要がある。
ルイーズさんならセージュ村との往復も苦にならない。
さらにイリスも戻ってくるらしい。
「……大丈夫なのか?」
戦力的な事を考えるならイリスは残った方がいいように思える。
『ルイーズさんの命令』
村の防衛戦力として残すよりも自分や負傷者の護衛として選んだらしい。
「分かった。戻ってくるなら俺はこっちで待つことにする」
イリスたちが戻って来るまで時間がある。
その前にやらなければならないことを済ませよう。
☆ ☆ ☆
アリスターは東西南北に門がある。
北と西は王都や栄えている都市が多くある方向だけあって人の往来が多くある。東も奥の方まで行かなければ魔物の数も少なく、比較的安全なため農作業が行われていることもあって人で賑わっている。
ただし、南側は出没する魔物の数も多く、村も3つしかないため静かなものだ。
そういった影響もあって門から離れた南西や南東の一角には貧しい人が身を寄せるスラムが出来上がっていた。
都市を囲う外壁によって出来た影によって全体的に暗い。
俺もアリスターに住んで数年になるけど、スラムに足を運んだことはない。
だが、アリスターに住んでいる真っ当な人間ならスラムへ足を運ぼうとは思わないし、最低限の人付き合いをしていれば誰かからスラムの危険性を教えられて近付くような真似はしない。
だからこそ、ここへ来るのはスラム以外へ行く場所を持たない者。
そして、スラムだと知らずに足を踏み入れてしまったバカだけ。
「本当。何をやっているんだか」
薄暗くて人の顔も判別し難い。
しかし、迷宮主のステータスが薄暗い場所でもはっきりと相手の顔を判別してくれた。
積み上がったゴミの中に幼い頃から知る女性がいた。
☆ ☆ ☆
「リューはいるか?」
騎士団の隊舎へ着くなりデイトン村に住んでいた男に尋ねる。
「マ、マルスかよ……」
酷く怯えた様子の村人。
一昨日から魔物に怯える生活を送っていたためアリスターに着いた今でも不安で仕方ないみたいだ。
「あいつなら村長同士で会議をしているよ」
「そうか」
大きな布袋を持ったまま隊舎の中へと入って行く。
自分の事で精一杯な避難民や俺の顔を知っている騎士たちは素通りさせてくれる。今の誰にも会いたくない状況では非常にありがたい対応だ。
「マルス?」
昨日、村長たちへの聞き取りの為に使用された会議室。
今日は、村長同士での会議の為に貸し出されているらしく、部屋の中には3人の村長しかいなかった。
「ちょっといいか?」
「なんだよ……」
一言、二人の村長に断りを入れてから俺の傍へと来るリュー。
あまり二人の村長にも話を聞かれたくないため部屋の隅へ移動する。
「カレンを見つけた」
「本当か!?」
「使い魔を街中に放った。今の状況なら街の外にいるとは考えられないからな」
魔物を警戒して門では厳戒態勢が敷かれている。
外から来る魔物を警戒しているのもそうだが、都市の住人を守る為に外へ出ないよう見張るのも彼らの仕事だ。そんな状況で素人のカレンが兵士の目を盗んで外へ出られる訳がない。
そうなると確実に都市の中にいる。
「で、数時間掛けて見つけた訳だ」
もっと見つけ易い場所にいてくれたなら1時間と掛からずに見つける自信があった。しかし、カレンがいたのはゴミの中。サンドラットたちも嫌厭してしまった。
結果、見つけるのに時間が掛かった。
「どこにいるんだ?」
そっと地面に置いていた布袋へと視線を向ける。
「まさか……」
ずっと気になっていたはずだ。
人が入れるほどに大きな布袋。
不安に駆られながらも布袋の口を開ける。
「う……」
思わず顔を顰めてしまった。
布袋の中にあったのは、全身に暴行を受けたカレンだ。肉体的にも性的にも酷い暴行を受けた形跡があった。大人になっても可愛らしさの残っていた顔は見る影もなくなっており、布袋に付与された匂いを誤魔化す魔法効果がなければ直視することができないほどの匂い。
とてもではないが、同じ女性に見せることができない状態だ。
「どうして、こんな事に……」
「俺がカレンを発見したのはスラムだ。アリスターに住んでいれば、スラムが危険だっていうことは子供でも知っている。大方、行く宛もなく彷徨っている内に迷い込んだんだろ」
「……領主に抗議してくる」
「無駄だ」
「どうして! アリスターで起こった問題なんだから領主が責任が負うべきだ」
「たしかにその通りだ。けど、スラムだけは別だ」
夢破れた若者たち。
身を寄せるような場所が全くなければ犯罪に走ってしまうが、行く宛のない彼らは自然と吸い寄せられるようにスラムへ身を寄せるようになる。
表の華やかな場所で犯罪を起こさせないようにする為の政策。
それがスラムだった。
スラム内では、どのような犯罪が起ころうとも関知しない、という暗黙のルールがある。そのため、一般人がスラムへ立ち入らないよう注意喚起しているし、兵士による見回りも行われている。
ところが、昨日の騒ぎから兵士もほとんどが狩り出されていたため巡回も最低限になっていた。
「訴え出たところで受理されることすらない。スラムに限っては、誘拐されでもしない限り、どんな被害に遭ったとしても近付いた者の方が悪い」
目撃者も最初からいないので誘拐として処理されることもない。
アリスター家もスラムとのトラブルを避ける為に何かをすることはない。
「……生きているのか?」
「生きてはいる。けど、よほど酷い暴行を受けたのか何をしても全く反応がない」
既に心が死んでしまっている。
こんな状態では生きているとは言えない。
回復魔法で肉体的な傷を治癒することはできても心の傷は魔法ではどうにもならない。
「なんとかならないか?」
「なんとか、ねぇ……」
「こんな状態、お義母さんにだって言えない」
できないことはない。
「肉体的な傷は回復魔法や回復薬を大量に使用すればどうにでもなる。問題は心の方だ。そっちも魔法を使用すればどうにかなるけど……」
「頼む! やってくれ」
「非常に特殊な魔法を使う必要がある……その意味を分かっているのか?」
「……もちろんだ」
特殊な魔法を受けるにはそれだけ大金が必要になる。
俺にはカレンの傷を癒せるだけの魔法があるが、妥当な報酬を請求するのだとしたら金貨数百枚は軽く請求することができる。
「いいんだな?」
「ああ! こんな俺だからこそ馬鹿な幼馴染を見捨てることができない。これから先、大変なことになるかもしれないけど、それぐらいは受け入れてやるさ」
「分かった。返せるアテはあるだろうから金貨200枚で請け負ってやるよ」
イリスから【天癒】を借りて肉体的な傷を癒す。
同時に迷宮魔法を使用し、カレンから該当する記憶を全て消去。さらに負傷していた魂を修復。
しばらくすれば目を覚ますだろうが、そこまでは面倒を見ることができない。
今後、開拓が進めばデイトン村には特需が舞い込むことになる。
そうなれば村全体が潤い、村長であるリューの手には大金が舞い込むようになるはずだ。