第8話 模擬戦
短剣を装備したシルビアと長剣を装備しているアイラではリーチに差がある。
シルビアが有利に戦う為には、アイラの懐へと飛び込み、長剣の使い難い距離で戦う必要がある。
目論見は見事に成功し、シルビアに肉迫されたアイラは首元へと短剣を突き付けられる。
これは模擬戦なのだから致命傷になりうる攻撃ができる場所へ剣を当てることができれば勝利となる。そのためシルビアは首元に刃が当たる前に寸止めするつもりでいた。
「え……?」
だが、寸止めする直前に振り上げられたアイラの長剣によってシルビアの握る短剣が弾かれていた。
そのまま振り上げた剣がシルビアの肩へと振り下ろされる。
もちろん模擬戦だと分かっているのでアイラも寸止めしてくれた。
「そこまで」
一応、審判役が必要だと思って俺が自主的に審判を務めることにしたが、結果はやはりシルビアの負けになった。
ただ、シルビアは納得していないらしい。
「もう1回……もう1回お願いします!」
「いいわよ」
再び距離を置いて離れる2人。
短剣を回収したシルビアが今度は攻め込むのではなく、持っていた2本の短剣を投擲する。さらに双刃術を有効にする為に収納リングから新たな短剣を瞬時に取り出す。
投げられた短剣は、致命傷にならないようにアイラの肩へと向けて投げられていた。
だが、投げられたアイラはそこに投げられるのが分かっていたように剣を振るって2本の短剣を叩き落とす。
叩き落されたことに少しばかりショックを感じていたシルビアだが、ステータスを全開にした状態でアイラの背後に回り込むと投げた短剣と同じように肩を狙って短剣を振るう。
それをアイラは振り返ることなく剣で受け止めていた。
「どうして、自分の攻撃場所が分かるのか? って顔ね」
「……!」
指摘されたシルビアが言葉もなく驚いていた。
横からではさすがに分からないが、おそらく俺でも正面に対峙すればどこから攻撃が来るのか分かるはずだ。
「理由を教えてあげるわ。あなたの攻撃は素直なのよ」
「素直?」
アイラが剣を鋭く振るい、シルビアが考え事をしていたこともあって体勢を思わず崩してしまう。
だが、追撃するような真似はしない。
そのまま地面を転がりながらシルビアは再び収納リングから武器を取り出して構える。
「なるほど。どうやら装備品は一級品みたいね。武器を落とせば負けを認めてくれるかと思ったけど、そんな風にポンポンと出されたんじゃ、いくら落としたところで意味はないわね」
「ええ、それよりもさっきの言葉はどういう意味ですか?」
素直――という言葉の意味。
「あなた、ステータスはそれなりに高いみたいだし、魔物と戦った経験も……おそらく迷宮で積んだんでしょうけど、対人経験についてはちょっとしかないわね」
アイラが指摘するようにシルビアの対人経験は暗殺者デイビスぐらいしかない。
暗殺者デイビスも本来は正面から向かい合って戦うような人物ではなく、暗殺が専門であるため気付かれることなく近付いて無防備な体を一撃で絶命させるのが彼の本当の戦い方だったはずだ。
だが、シルビアの探知能力によって隠れることができず、自分の力では敵わないと判断すると自分の能力を全て逃げる為に使用していた。
父親の復讐を糧に戦ったおかげで臆することなく戦えて人と戦う経験にはなったが、対人戦闘にはならなかったと考えている。だからこそ正面から戦ってくれるアイラとの模擬戦は渡りに船だった。
と、対人戦闘について語っているが、俺も対人戦闘の経験はそれほどない。
俺が人と戦った経験だって迷宮主になった直後に盗賊紛いのことをしてくれた冒険者たちを倒した時と冒険者ギルドで受けた商人の護衛依頼で本物の盗賊を相手にした時ぐらいだ。
実際、評価できるほどの経験もない。
それでもシルビアの10倍近くあるステータスのおかげでアイラがどんな動きをしていたのか細かく見ることができた。
「あなたは攻撃する時にどこを攻撃するつもりなのか、攻撃する場所をあらかじめ視線で追っているの。あなたの攻撃じゃなくて、その視線を追えばあたしよりも速い攻撃でも簡単に対処できるわ」
どこに攻撃が来るのか?
それが分かっているだけで1手も2手も先に行動することができる。
「それから魔物と人の戦いにおける違いが分かる?」
「違い、ですか?」
「魔物は本能のままに襲い掛かってくるけど、人間の場合は闘争心もあれば恐怖心もある。人が戦う時には常に物事を考えて体を動かす必要があるわ。逆に相手が考えていることを読んで戦う必要もある」
「え?」
今度はアイラが駆け出してシルビアへと近付いて行く。
近付いたところでシルビアへと剣を突き出す為に左足を踏み込み、右手に持っていた剣を平行に構えてわずかに引く。
その動作を見た瞬間、シルビアが後ろへ跳びアイラの剣を受け止められるよう短剣を盾のように構える。
だが、それらの行動はアイラがシルビアにそうするように仕向けたもの。
その場で剣を突き出すのではなく、強引に前へと突き進むとシルビアの肩へと剣を押し当てる。
「こういうことよ」
シルビアはアイラのフェイントにまんまと引っ掛かってしまい、剣を突き出されると判断してしまった。それ故に突きへの対処が優先されてしまい、振り上げられた剣に対して対応することができなかった。
「やっぱりステータスが高いだけじゃなくてスキルによるものなのか探知能力は優れているわね」
アイラのフェイントだが、シルビアレベルの技量なら普通は反応することができないほど速く行動に移してしまっている。
それだけ速く対処することができたのは、シルビアが探知能力に優れて相手の行動を全て把握してしまったせいだ。そのせいでフェイントをしっかりと見切り、逆に誘導されてしまった。
フェイントである場合の対処がなされていなかった。
それが上回っていたステータス差を埋めることとなり、アイラを勝たせていた。
俺ならフェイント掛けられ、引っ掛かってしまった時には無理矢理体を爆発させたように動かして強引に相手の背後を取る。そんな力業ぐらいしか思いつかない。というかできてしまう。
「まだ続ける?」
「いえ、降参します……」
やがて諦めてしまったのかシルビアがトボトボとした足取りで俺の方へと近付いてくる。
彼女としても色々と考えさせられる模擬戦だっただけに反省するべき点があるのだろう。とりあえず1人にさせておく。
「ありがとう。俺と戦ってもシルビアの糧にはならなかっただろうから、ちょうどよかったよ」
「そう?」
「ああ、俺はシルビアの主人になるから。俺に負けても、それはステータスや関係性によるものだって考えていたかもしれない」
「そういうこと。役に立てたのなら恩を返すことができたって考えてもいいのかしら?」
「問題ない」
「でも、賞金が手に入ったらきちんと食事は奢らせてもらうわ」
そこまで言うのならご馳走になることにする。
「じゃあ、またね」
迷宮で得られた素材が詰め込まれた鞄を持って地下12階にある地下11階へと繋がる魔法陣へと歩いて行く。
って、ちょっと待て!
「おい、転移結晶は使わないのか?」
魔法陣を使用して上へ戻ることは可能だが、普通の人は転移結晶を利用しているので、わざわざ魔法陣を再度使って戻るような真似はしない。
「転移結晶?」
だが、アイラは転移結晶の存在を知らないのか首を傾げていた。
どうやら本当に迷宮に関する情報を集めずに来てしまったらしい。
いや、俺も初めて迷宮に潜った時には転移結晶のことすら知らず、迷宮に関する知識をほとんど持たずに来てしまったから人のことは言えない。
「各階の入口にあって、これに触れるとこれまでに触れた転移結晶の下へ一瞬で移動できるって代物なんだけど……その様子だと触れていないみたいだな」
「あはは……まさか、そんな便利アイテムがあるとは知らなかったから、このままだと歩いて帰る羽目になっていたから、もしかしたらまた行き倒れになっていたかもしれないわね」
上層なら吸収される魔力も少なくなる。
行き倒れになるほど追い詰められるようなことにはならないと思う。
せっかく仲良くなったのだから、と俺たちも転移結晶を使わずにアイラに同行して地道に迷宮を上へと上っていく。
食事を奢った報酬
・シルビアとアイラの模擬戦




