第17話 アリスターの最強戦力
「……どこ、いくの?」
翌朝、魔物騒動の為に外へ行こうとしたところシエラに呼び止められてしまった。子供ながらに父親が遠くへ行く気配を察知したのだろう。
「ごめんな。お仕事に行かないといけないんだ」
「やぁ! いっしょに、あそぶの!」
駄々をこねるシエラ。
そこへ救いの言葉が届く。
「シエラ、魔法の練習をしますよ」
昨日、魔法の指導をすると言っていたメリッサだ。
「まほう?」
「そう。貴女も練習する必要があります。ジリーお姉ちゃんと一緒に勉強しましょうね」
「うん!」
ホッと安心して息を吐いた。
今のシエラは魔法に興味のほとんどが割かれている。よほど昨日見せた魔法が気に入ったのだろう。それに拙い魔法による危険性もなんとなく理解している。
メリッサに手を引かれて庭の方へと移動していく。
隣にはアイラもいるのでマズいことにはならないだろう。
今日は、イリスを連れて外出する。
他のメンバーは色々と忙しいので今のところは留守番だ。
「静か、ね……」
「そりゃあ、魔物が大群を押し寄せてきているからな」
隣を歩くイリスが呟くのに返した。
魔物に3つの村が滅ぼされ、村人が避難してきた話は昨日の内に広まってしまった。どれだけ領主が緘口令を敷いたところで噂は止められるものではない。
もっとも、噂が広がる原因になったのは俺がアリスターの近くで大きな魔法を何度も使ってしまったのが原因だ。
今のアリスターは商魂逞しい商人が店を開いているだけで普段は露店で食べ物や貴金属を売っている露天商の姿が全く見当たらないせいで静まり返っている。
「マ、マルス!」
静かな大通りを歩いて防衛隊の隊舎へ辿り着くなり、俺の姿を見つけたリューがしがみ付いて来た。
「なんだよ」
「カレンが帰って来ないんだ……!」
「あいつ……」
どうやら昨日、訓練場を出て行ったきり戻ってきていないらしい。
「金は持っているのか?」
フルフルと首を横に何度も振る。
辺境の奥にある村だと金は最低限しか使わない。そのため、カレンも買い物ができる行商人が来た時にのみリューを頼って欲しい物を手に入れたらしい。
当然、自分で稼いだ金なんて持っていない。
「どうやって金もないのに夜を明かすつもりなんだ?」
「ここへ逃げてきたばかりの頃は、屋根もない場所での生活に不満ばかりぶつけていた」
だとしても朝を迎えられるだけの設備はどうにか整えてある。
寝泊まりできるテントに空腹を満たせるだけの食事。それだけあれば、しばらくの間は無事に過ごすことができる。
「で、俺にどうしろと?」
「カレンを探してくれ」
そんな無茶な要求をしてきた。
「こっちは、これから仕事があるんだ。何があったのかは分からないけど、お前らの村を襲った魔物への対処だ。少なくともアリスターの最強戦力の一人である俺がこの場を離れる訳にはいかないんだよ」
「そこをなんとか……」
「探したければ一人で行け」
「土地勘のない俺が行っても見つけられる訳がないだろ」
まず見つけられないだろう。
それに、戻って来ないカレンだって土地勘がないせいで迷っているのかもしれない。ただ、土地勘がないせいで最悪な選択をしてしまった可能性はある。
その状況を想像すると見捨てる訳にもいかない。
「……分かった。手の空いた時に探すようにするよ」
「助かる!」
それで満足してくれたのか離れてくれた。
カレンの事は心配かもしれないが、デイトン村の村長であるリューには他にやらなければならない事がある。今は自分と同じように避難してきたデイトン村の生き残りを慰撫する必要がある。
それに今後を考えればセージュ村やモルト村との連携も大切だ。村長同士で意思を統一する必要がある。
「本当に探すの?」
「……探さない訳にはいかないだろ」
最悪な事態。
栄えているアリスターでも表には出せない負の部分はある。
それがスラムだ。
何の根拠もなく成功を夢見て田舎から出てきた若者。成功する者がいる中で、失敗してしまう者もいる。そういった者は、田舎に帰れない事情や物理的な理由からアリスターに残ってしまうものの表にいることはできない。
結果、同じような境遇の者が集まりスラムが形成される。
アリスター家の方でも色々と方策を出しているらしいが、芳しい結果は今のところ得られていない。
「もしも、スラムなんかに迷い込んだ場合は、たった一晩でも目も当てられない姿になっている可能性があるぞ」
「……さすがに同じ女として看過できないかも」
「そういう訳で間に合うようなら助けてやるべきだろ」
せめてもの情けだ。
ただ、リューに説明したように忙しいのは間違いない。そのため俺が自分で探す訳にはいかない。
「ま、使い魔に探させるのは問題ないだろ」
建物の陰にサンドラットを【召喚】する。
迷宮生まれの魔物は、俺の記憶を見ることもできるのでカレンの姿を伝えるのは非常に簡単。あとは1000匹ばかり放つだけで見つけてくれるだろう。
「よろしくね」
あいさつをする。
彼らに任せておけば大丈夫だ。
「どうしました?」
「ひゃっ……!」
おっと、指示を出すのに忙しく、後ろから近付いてきていたルーティさんに気付くことができなかった。
イリスが気付いてもよさそうなところだけど、相手に敵意がなかったこともあって警戒対象にいれられなかった。
「大丈夫です」
「そうですか。ところで、体調はどうですか?」
「怪我をした訳ではないので大丈夫なんですけど、魔力の方が万全とは言い難いですね」
「どれくらい回復しましたか?」
「半分程度ですね」
そこまで消耗してしまったのは、シエラに魔法を見せたのが原因の大半だ。
そんな事は言えないので、グリフォンと戦ったせいだと勘違いしてもらうことにした。
「こちらへ来てください」
ルーティさんが訓練場の一角へと俺とイリスを案内する。
既に昨日から魔物の討伐に参加していた冒険者だけでなく、近隣の街から集まってくれた多くの冒険者もいる。
彼らの中心には大きなテーブルが置かれ、アリスターからデイトン村までの地図が広げられていた。
「アリスターの最高戦力を連れて来ましたよ」
「ちょ、何を言っているんですか!? 俺は、そんな……」
「残念ながらマルス君はアリスターにいる冒険者の中で最も強いです。それを昨日は実証してしまいました」
グリフォンの単独討伐。
Sランク冒険者なら可能かもしれないが、その性質上アリスターには常駐しておらず、王都から呼び寄せるには時間が足りなさすぎる。
「グリフォンを一人で討伐するような奴がいれば余裕だろ」
「頼りにさせてもらうぜ」
好意的な声が挙げられる。
だが、感情は好意的なものばかりではない。その証拠にこちらへ鋭い視線を向けてくる高ランク冒険者もいる。
グリフォンの単独討伐は偉業だが、同時に討伐報酬を独り占めしていることになる。
多額の報酬を手にする。
その事を妬んでいる者がいる。
そういった感情を持つ者は、自分に単独討伐が可能かどうか考慮することなく多額の報酬を得た、という事実にのみ着目して嫉妬してくる。
こういう手合いは、まともに対応しても意味がない。
多少賢い者なら俺との実力差を理解して身内に危害を加える可能性がある。
ただし、以前のレンゲン一族とのトラブルから反省して身内の範囲を広げて護衛を張り付かせている。もしも、俺たちのところへ来なかった場合には地獄を見ることが決定している。逆に直接来た者は地獄を見ることなく葬られることが決定されている。
「じゃあ、最強戦力が来たところで作戦を説明しようかね」
「え……」
地図の前には冒険者を指揮する立場にいる人物が立っていた。
「どうして、あなたがここにいるんですか――ルイーズさん」
その人物は、王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしているはずのエルフの女性だった。