第16話 しゅごい
「ねぇ、本当に大丈夫?」
「さすがに魔法を使い過ぎですよ」
「……大丈夫だ」
口ではそんな風に言っていても実際には全然大丈夫じゃない。
あの後、迷宮で魔法を何度も使用した。それこそ魔力がカラカラになるレベルまで使用した。万が一の場合に備えて残しておいたので枯渇してはいないが、かなり辛い。
そこまで魔法を使用してしまったのも子供たちがキラキラとした目を向けてくるからだ。
あれだけ期待の籠った視線を向けられたら応えない訳にはいかない。
「でも、さすがにやり過ぎよ。空に何種類もの色の花火を打ち上げたり、巨大な氷の華を咲かせたり、土で城を造ったり、竜巻を起こしたり……」
アイラが指を折りながら俺のやった事を言う。
とにかく思いつく限りの派手な魔法を試していった。
うん、身内以外には誰も見ていないからと調子に乗ってしまった。
「しゅごかった!」
「「あい!」」
シエラと双子は満足したのか笑みを浮かべている。
ソファに座ったアルフがシエラに向かって手を突き出している。どことなく魔法を使用した時の俺に似ている。おそらく父親の姿を真似しているのだろう。
「ちがうよ」
シエラも俺の真似をし始めた。
そうなるとソフィアまで真似するようになる。
「良かったですね」
傍に控えてくれていたメリッサにも助かっている。
派手な魔法を使うので万が一のことがないよう近くで控えてもらっていた。
「ねぇ、おとさん」
「うん?」
下を見るとシエラが俺のズボンを引っ張っていた。
「シーもやりたい」
「やりたい……?」
「まほう!」
シエラが【雷霆の矢】を使った時の姿を真似る。
もちろん、魔法が発動する訳もない。
「うぅ……」
「魔法を使うには魔力が必要になるんだ」
「?」
「今のシエラは、まだまだちっちゃい。魔法を使えるだけの力はないんだよ」
「やぁ!」
どうやら魔法に興味を持ってしまったらしく、自分も魔法を使いたいとごねてしまった。
しかし、魔法を使う為に魔力が必要なのは当たり前。
今のシエラのステータスは、魔力以外の数値がようやく2になったところ。当然、魔力の数値は1のままだ。1でも初級魔法ぐらいなら発動させることは可能だが、威力は弱いし、使った直後に魔力枯渇で倒れてしまう。
なので、それほど心配していなかったのだが……
「たぁ!」
シエラの手から微風が発生していた。
威力は予想できた範囲。その程度の風では旗を微かに動かすのが精一杯だろう。
その先にいたのが赤ん坊でなければ問題なかった。
「へぷっ」
微風を受けたアルフが顔を顰めて、横にコテンと転がる。
ソファの上でよかった……いや、それよりも!
「ふぇ……ええぇぇぇぇん!」
「ア、アルフ!?」
慌ててシルビアが抱き上げてあやす。
すると――
「ふぇ……ええぇぇぇぇん!」
ソフィアまで同じように泣き出してしまった。
双子なので片方が泣き出してしまうと釣られて泣いてしまうことが多々あった。
そして、もう一人――
「ご、ごめんなさぁい!」
シエラまで大粒の涙を流しながら泣いてしまった。
謝る理由は分かっている。
シエラが無防備に発動させてしまった魔法はアルフを転倒させ泣かせてしまうことになってしまった。
アルフが泣いている原因は自分にある。
弟を泣かせる姉は悪い子だ。
「大丈夫よ、シエラ」
「でも……」
「アルフだって怪我をしている訳じゃないでしょ」
シルビアに抱かれているアルフを見上げる。
急に風を受けたせいで驚いて倒れ、泣いてしまっただけだ。
「でも、泣かせちゃった」
「そうね。悪いことをしたらどうするの?」
泣きたいのを必死に堪えてシルビアに近付く。
シルビアも抱いていたアルフを姉の傍へ持っていく。
「……ごめん、ね」
「ぐすっ……!」
謝られたことでアルフも堪えていた。
「あぅ!」
兄と姉が仲直りしたことを察したのかソフィアもどうにか泣き止んでくれた。
子供が多くなると泣き出した時の対処が大変になる。
「ただいま」
その時、屋敷にエルマーとジェム、ジリーが帰ってきた。
3人は俺たちの世話になりっぱなしは悪い、ということで学校に通いながら冒険者として雑用依頼を引き受けて少しばかりのお金を稼いでいた。
「じゃあ、そろそろご飯にしましょうか」
「あ、わたしも手伝うわね」
シルビアとノエルがキッチンへと消える。
先ほどの騒動で相談事ができてしまったのでメリッサとイリス、後は母親であるアイラを集める。
「どうする?」
というのもシエラの扱いだ。
今は帰ってきたエルマーたちと一緒にアルフとソフィアの面倒を見ているが、1歳になったばかりで魔法を発動させるのは異常だ。
「やっぱり迷宮主の子供だということが関係しているのでしょうか?」
「ちょっと! あの子は普通の子供として育てるつもりでいるんだから、そんな事は言わないでよ」
過去にも迷宮主の子供がいない訳ではない。
というかリオにもベントラーにも子供はいる。
『その辺は関係ないんじゃないかな?』
「どういうことだ?」
『さすがに幼いけど、イメージさえしっかりしていれば無詠唱で魔法を発動させることだけは可能だよ』
迷宮核が何も問題はない、と言ってくれる。
『おそらく相当楽しかったんだろうね。もしくは、大好きなお父さんみたいに魔法を使ってみたかったんだよ』
要は俺の真似がしたかった。
そして、凄い魔法をポンポンと出していた姿がキッカケになって魔法が発動した。
「さすがに、こんなことは予想できないぞ」
とはいえ、魔法が発動してしまった以上は慎重にならざるを得ない。
なにせ相手は事の判断も覚束ない幼女。弱い威力しか出せない内は問題ないかもしれないが、このまま威力が増して不用意にでも発動して誰かを傷付けるようなことになれば目も当てられない。
「私がシエラの教育をします」
「メリッサが?」
「そうですね。後は――ジリー」
名前を呼ばれたジリーが首を傾げながらも子供たちの輪から離れてメリッサの元へとやって来る。
「なんですか?」
「魔法はどうですか?」
「あ、はい。学校にも通わせてもらって、たくさん勉強しましたからパレントにいた頃よりも強くなっています」
元々、才能があったのか簡単な下級魔法なら扱うことのできたジリー。ただ、孤児だったため毎日を生きるだけで精一杯。そのため満足な教育を受けるだけの余裕がなかった。
今は栄養を考えられた食事を満足に得て、十分な教育を受けているおかげですくすく育っている。というよりも同じ齢の子供に比べて早熟なぐらいだ。以前が栄養不足だったせいもあって尚更そのように見える。
「もう下級魔法なら自由自在に使うことができます!」
「それは良かったです。では、中級魔法を覚えるつもりはありませんか? 私が今以上に魔法を使えるよう教えてあげますよ」
「えっと……たしかに覚えたいとは思うんですけど、そこまで迷惑を掛ける訳にはいかないです。毎日ごはんが食べられるだけで十分です」
その言葉だけでパレントにいた頃はどれだけ酷い生活をしていたのか、と思える。
それにジェムとジリーは一人前になる為にも俺たちへ世話になった分のお金を返そうと考えている。健気な考えではあるのだが……
「返済がどれだけ大変なのか分かっていますか?」
「……」
思わず無言になってしまう。
毎日の食事と教育。たった、それだけの事なのだが、それだけでもかなりの金額になるのは間違いない。
チマチマ返済していては、いつまで経っても終わらない。
「ここは少しずつ返済するよりも大きく返す為に強くなった方がいいですよ」
「強く、ですか?」
「はい。エルマーはアイラさんに鍛えられたおかげで強い剣士になれます。冒険者として稼ぐことも可能ですが、年齢が同じこともあって次期領主のエリオット様に近い位置に就くことができるかもしれません。たしかに大金を稼げる高ランクの冒険者に比べれば稼ぎは少ないかもしれませんが、普通に働くよりも多くの給金をもらえるのは間違いありません」
高ランクの冒険者など全体で考えれば僅かしかいない。
エルマーならなれるかもしれないが、一種の博打になる。
「時間がある時にジリーは私が教えます。ジェムはシルビアさん辺りに教わるといいでしょう」
「……分かりました。お願いします」
明日は、魔物騒動の影響から学校も休みになる。
それにギルドの方でも騒動への対処へ人が割かれているので緊急の依頼以外は控えるようになることが決まっている。
ジリーたちが受けられる依頼はないだろう。
そういう訳でエルマーたちパーティには時間がある。
そして、メリッサには……
「もしかして、あたしが妊娠中で暇な時にエルマーを育てていたのが羨ましく思っている?」
「さて、どうでしょう」
惚けるメリッサだが、間違いなく自分も教育してみたいという想いが見える。
「ジリーへの教育はついでです。一緒にシエラへ最低限の教育を施します。あの年齢で最も恐ろしいのは魔法を暴発させてしまうことです。それだけは起こらないようにしたいと思います」
「頼む」