第15話 もっかい
体を電撃の矢に貫かれたグリフォンが空から落ちて行く。
「あ、やべっ……」
思わず、そんな声が漏れてしまった。
討伐することを優先させてしまったせいで、倒した後のことまで考えていなかった。
空で倒してしまったためグリフォンが外壁を越えて都市の中へ落ちようとしていた。しかも、落下地点として予想されるのは訓練場のど真ん中だ。普段なら周囲に被害が出ることがないので喜ばしいところなのだが、今は避難してきた人たちがいる。そんな場所へ落とす訳にはいかない。
急いでグリフォンを追う。
けれど、俺が行動を起こすよりも早く動いた人物がいた。
「……ったく、倒すならきちんと後始末もつけなさいよ」
外壁の壁面を駆け上がってグリフォンの上に躍り出たアイラが収納リングから剣を取り出してグリフォンを串刺しにすると地面に突き刺す。
きちんと誰もいない場所を選んでいる。
『おぉ~~~!』
その光景を見ていた人から歓声が上がる。
ただ、俺は表情が強張るのを抑えられなかった。
「ふふん。どうよ!」
地上へ下りてきた俺に対してドヤ顔をしているアイラ。
ポカッ。
「ちょっと、何するのよ!」
思わず頭を軽く叩いてしまった。
「アホ! シエラがいるのに何をしているんだ!?」
アイラは事もあろうにシエラを抱えたまま壁面を駆け上がり、空いている手でグリフォンを串刺しにしていた。
危険だったのだが、当の本人が……
「もっかい! もっかいやって!」
きゃっきゃっ、と楽しそうに笑っていた。
手拍子までしているので相当気に入ったのだろう。
「シエラ、危ないからダメだぞ」
「やぁ!」
アイラを見る。
見られたアイラはサッと首を逸らしていた。
失敗した自覚があるらしい。
「もっかい!」
「あのな。シエラ……」
「おとさんのもみたい!」
「え……」
「うん、と……バチバチ、ギューン、ドーンってなるやつ」
たぶん俺が使った【雷霆の矢】の事だろう。
あれも子供の興味を惹くには十分派手な魔法だった。
「……どうするのよ」
「……とりあえずお前は屋敷に戻れ。俺も後始末を付けたら帰ることにする」
「分かった」
シエラを抱えたままアイラが隊舎の外へと出て行く。
今は、興奮しているシエラを落ち着かせるのが優先なため人目につかない所まで移動したら【転移】で屋敷へ戻るだろう。
「や、やぁなの!」
アイラの腕の中で最後まで暴れていたけど、我慢してもらうしかない。
「もう、いいですか?」
「あ、どうぞ」
近くに来ていたルーティさんに応える。
ルーティさんの目は討伐されたグリフォンへと向けられている。
「……単独でグリフォンを討伐されますか。そんな事が可能なのは、Sランク冒険者の中でも一部の者なんですけど」
「俺はランクアップするつもりはありませんよ」
Sランク冒険者は国に雇われた冒険者。
そんなことになれば王族からの依頼を引き受けやすくする為に王都で生活することを余儀なくされる可能性だってある。そんなことをしている余裕はない。
「もちろん分かっています。それにアリスターのことを考えるなら強い冒険者には残っていてもらいたいですからね」
「そうだぜ。今回だって、お前がいなかったらグリフォンにどれだけの人間が食い殺されていたのか分からないんだぜ!」
ヒースさんもシエラと同じように興奮していた。
やはり、グリフォンの単独討伐が影響しているのだろう。
「で、これはどうします?」
目の前には地面に縫い付けられたグリフォンの死体。
「もしも、譲って頂けるのだとしたらギルドで買い取ります」
「いいんですか!?」
「もちろんです。ここまで状態のいいグリフォンはそうそうお目に掛かれません。高値で買い取らせていただきますよ」
「え……?」
「はい?」
ルーティさんの言葉に思わず首を傾げてしまった。
最初は、グリフォンが貴重であることから状態がいいまま討伐しようとしていた。だからこそ【壁抜け】を使用して魔石を抜き取ろうとした。それが失敗してしまったので感電死させようと思ったのだが、元々がタフだったのと風の鎧と纏っていたせいで思ったほどダメージを与えられなかった。
結局、最後には【雷霆の矢】などという派手な魔法を使ってしまった。
おかげでグリフォンの体に前後に貫く大きな穴が空いていた。
おまけにアイラが止める為とはいえ、上から串刺しにしてしまったせいで上下にも穴が空いている。
普通の魔物なら買い取り額が下がる案件だ。
「たしかに完全な状態に比べれば価格は下がるかもしれませんけど、ここまで綺麗な状態で討伐された例は少ないですからね」
元々が遭遇する確率の低いグリフォン。
おまけに強いため討伐するには高ランクの冒険者が何人も集まって物理系の攻撃を何度も与えたり、大火力の火魔法によって焼いてしまったりするのがほとんどらしい。
実際、俺だって討伐をもっと優先させるなら大爆発でも起こして木っ端微塵にしていた。
「では、お願いします」
「任せてください」
ギルドなら冒険者に損をさせるような真似はしないだろう。
ルーティさんにグリフォンを任せたところで膝をつく。
「だ、大丈夫ですか……?」
「やっぱりグリフォンとの戦闘で消耗してしまったみたいです。この辺で6人分の活躍をしたってことで今日のところは帰ってもいいですか?」
「もちろんですよ。ヒッポグリフとグリフォンの討伐なんて6人分の活躍では済まされませんから大丈夫です」
「ありがとうございます」
弱々しく答えるとアイラと同じように隊舎を後にした直後に【転移】で屋敷へと戻る。
もちろん、グリフォンとの戦闘で消耗したなんて嘘だ。
☆ ☆ ☆
「もっかい! もっかい!」
「「あう! あう!」」
屋敷に帰ると騒がしい子供たちの声が聞こえてきた。
どうやら何かをせがんでいるようだ。
「ただいま」
「お帰りなさい」
すぐさまシルビアが迎えてくれる。
「……これ、何だ?」
リビングではシエラがアルフとソフィアと一緒になって手を叩いていた。
「それが……」
言い難そうにしながらもシルビアが起こった事を語ってくれる。
アイラと一緒に帰ってきたシエラは興奮したままリビングで遊んでいた二人の傍まで駆け寄ると何が起こったのか語った。
「あのね、しゅごいの! バチバチ、ギューン、ドーンってなっていたの!」
「「おお~」」
要領を得ない説明。
それでも双子には大好きな姉が興奮していることと自分が見た光景を弟と妹にも見せたいんだという想いは伝わった。
ちなみにシルビアたちは【迷宮同調】で俺が何をやったのか知っている。
「みせて!」
俺が帰ってきたことに気付いた瞬間、シエラがもう一度魔法を見せてくれるようせがんできた。
シエラがこんな風にワガママを言うのは珍しい……というよりも初めてかもしれない。
「あのな、シエラ。さっきも言ったけど、あの魔法は危ないんだ。だから我慢しような」
「やぁ、なの! アーくんとソーちゃんにもみせるの!」
アーくん――アルフ。
ソーちゃん――ソフィア。
今まで二人のことをそんな風に呼んだことはない。さすがに名前を認識できるほどではなかったのだが、家族が何人もいて子供たちの名前を何度も呼んでいる。自然とシエラも覚えていたのだろう。
「ダメェ……?」
シエラが魔法を見たいと言っているのも見ていなかった二人に魔法を見せたいからだ。
そんな風にせがまれては断ることはできない。
「どうしますか?」
ここは年長者である母たちに頼ることにする。
どんな魔法を見せたのか、外でグリフォンが現れたことすら知らない母たちはシエラの様子に少し困惑していた。
「そうね。それでシエラが納得するなら少しぐらい見せてあげてもいいんじゃないかしら」
「仕方ない」
屈んでシエラと目線を合わせる。
「これから魔法を見せてやる」
「ほんと!」
「ただし、すっごく危ないからお父さんたちの言う事をよく聞くんだぞ」
「うん!」
とてもではないが、街中で使えるような魔法ではない。
そこで、子供たち3人を抱えると迷宮の地下35階へ転移する。高山フィールドのあそこなら空に向かって撃てば誰に迷惑を掛けることなく派手な魔法を見せることができる。
――この選択が、後にあんな出来事を招くことになるとは思いもしなかった。