第14話 VSグリフォン
グリフォン――獅子の体と鷲の頭を持つ魔物。
初めは豆粒程度の大きさしか見えなかったので魔法でレンズを作り出して姿を確認する。
「クッ、あんな魔物までいるのか……」
隣でヒースさんが悔しそうに歯を食いしばっていた。
「どうしました?」
「グリフォンはAランクの魔物だ。が、ほとんどSランクに近い力を持っている。前に遭遇したことがあるが、その時は仲間を犠牲にして逃げるのがやっとだった。今も負傷していなかったとしても倒すのは不可能だったはずだ」
強くなることを信条としているヒースさんにしてみれば自分よりも強い魔物というのは受け入れにくい存在なのだろう。
さて――
「どうやって倒そうか?」
「ば……! お前は倒すつもりでいるのか? グリフォンが現れた時には基本的に家の中に閉じ籠ってやり過ごすのが普通だ」
「それで、助かるんですか?」
「いや……グリフォンは人間を喰うが、自分の喰う分しか襲わない。そして、何日か狩りを楽しんだら他の場所へと移って行く」
グリフォンにとって人間を襲うのは娯楽向けの狩りに近い。
そのため、人間が諦めて無抵抗で仕留められるようになってしまうとつまらなく感じてしまい、どこかへと去ってしまう。
そうした習性を知っているためグリフォンが現れた場所は、グリフォンが立ち去るまで暗く沈んだ日々を送ることになる。
「今回も同じようになりますか?」
「どういうことだ……?」
「ヒッポグリフはどういう訳かデイトン村の近くに突然現れました」
しかも3体だ。
なかなか遭遇するような魔物ではない。
もしも、グリフォンも同様に森の中で唐突に現れたのだとしたら全く異なる生態をしているかもしれない。
不確かな情報に頼る訳にはいかない。
「うん。倒そう」
「ちょっと待て!」
待たない。
森のある方へ向かって駆ける。
アリスターの近くで戦ってしまうと被害が出てしまうかもしれないと思ったからだ。
グリフォンもこちらに気付き、空中に静止すると俺のことを見下ろした。
「グルゥ!」
位置的な意味もあったが、確実に見下していた。
人間は空を飛ぶことができない。対して自分は空を自由自在に飛び回ることができる。戦闘においてこれほど有利になることはないだろう。
見下した証として前脚に掴んでいた獲物を見せる。
見知ったCランク冒険者だ。今回の強制依頼を受けて外へ出て行ったのだろう。そこでグリフォンにやられた。Aランク冒険者でさえ逃げるのが精一杯なのだからCランク冒険者では為す術もなかっただろう。
グリフォンが掴んでいた冒険者を捨てる。
やはり、狩りを楽しんでいる。
しかも、自分の腹を満たすような戦い方ではない。自分よりも弱い存在を狩って愉悦に浸っている。
「そんなに余裕を見せていていいのか?」
「グゥ……」
「こっちは、お前の親戚を討伐しているんだ。空を飛べる程度は有利にはならないぞ」
グリフォンとヒッポグリフ。
戦闘力は圧倒的にグリフォンの方が高い。それでもお互いに鷲の体と他の動物の体を併せ持つ魔物だ。親戚扱いでも間違いないだろう。
こっちの言葉がそのまま伝わった訳ではないのだろうが、グリフォンの目付きが鋭くなる。
……本当に良かった。
地上へ目を向ければグリフォンの接近を察知した冒険者が気配を殺して隠れている。グリフォンの探知能力がどれほどのものなのか分からないが、俺を警戒している間なら襲い掛かるような真似はしないだろう。
「まずは、下りて来てもらおうか」
周囲に電撃を生み出して槍状にしてから射出する。
槍で貫いて撃ち落とす。
「なにっ……?」
しかし、電撃の槍はグリフォンに当たる直前で弾かれて消えてしまった。
目を凝らして見てみるとグリフォンの周囲に風が渦巻いていた。それが、まるで鎧のようにグリフォンを守っている。
「なるほど」
風による鎧。
以前、炎を鎧のように纏う魔物を見たことがある。俺は実際に炎鎧の姿を見た訳ではないのだが、イリスから話は聞いているし、【迷宮同調】で何かあったのかは共有している。やっていることは炎鎧と似たようなものだ。
ただし、あの時のように鎧を凍らせる、という方法は使えない。
なら、俺にできる方法は一つぐらいしかない。
「風の鎧を突破できるぐらい強力な攻撃を以て落とす」
「グルゥ!!」
グリフォンが風を纏って突っ込んで来る。
あれでは風の砲弾だ。
「【跳躍】」
迷宮魔法でグリフォンの背後へと一瞬で移動する。
直後、グリフォンが俺の立っていた場所に突っ込んでいる。
地面に下り立ったグリフォンへ手を伸ばす。
だが、伸ばした手は空を切ってしまう。
目の前にいたグリフォンが巧みに横へ軽く跳んで手を回避していた。
背後へ回られたことを察知する能力もあるし、巨体に似合わず回避できるだけの身体能力もある。
「だが、甘い!」
地面を蹴るとグリフォンに飛び付く。
「グルゥ!?」
背中にいる俺を必死に振り落とそうとしている。
しかし、こんな千載一遇のチャンスを逃すはずがない。
「どれだけ強かろうが魔物は魔物だ」
体内にある魔石を取られれば動かなくなる。
ヒッポグリフと同様に胸の心臓付近から魔石の気配を感じる。【壁抜け】を使用しながら手を伸ばして魔石を掴み取ろうとする。
が、いつものように擦り抜けない。
「何で!?」
スキルは発動している。
それでも、普段のように擦り抜けることがない。
『今は非常事態だから教えてあげるよ』
「頼む!」
迷宮核が擦り抜けられなかった理由を教えてくれる。
その時、グリフォンが空へ向かって飛び上がる。
落とされないよう咄嗟にしがみ付いてしまった。
『本来、【壁抜け】は無機物の障害物を擦り抜ける為のスキルだよ。主やシルビアみたいに生物の体内から特定の物を取り出す使い方の方が異常なんだ』
間違った使い方をしているのは理解していた。
だが、便利だったので深く考えることもなく使い続けていた。
『グリフォンとヒッポグリフは、たしかに姿が似ているけど、保有している魔力の量が全然違うんだ。それにヒッポグリフ以上に風属性の力を使うのが上手い。だから、常に風の鎧で体を守っているんだ』
迷宮核によれば【壁抜け】でも生物の肉体を擦り抜けることは可能。
しかし、擦り抜ける為には対象の纏っている魔力以上の量を使ってスキルを使用する必要がある。
俺も生物を相手に【壁抜け】を使用した際には通常以上に魔力を消費していたのは知っていた。まさか、そんな理由があるとは思わなかった。
少々、便利なスキルに頼り過ぎていたかもしれない。
『で、どうするの?』
説明を聞いている間にグリフォンは遥か上空へと飛び上がっていた。
それでもしがみ付いている俺を見て首を斜め下へ向ける。このまま全速力で落ちて攻撃するつもりなのだろう。風の鎧で守られているグリフォンは何ともないだろうが、さすがに俺もダメージを受けてしまう。
「上空まで移動してくれたのは好都合だ」
ノエルからスキルを借りる。
使用するのは【天候操作】だ。
あっという間に雨雲が頭上に生まれる。
「落ちろ、雷」
落雷がグリフォンを貫く。
全身に電撃が迸ってダメージを与えている。
……ついでに、しがみ付いている俺にもダメージがある。
「グルゥ!!」
グリフォンの体から強力な風が衝撃波となって放たれる。
衝撃波により落雷が弾き飛ばされる。さらに、しがみ付いていた俺まで吹き飛ばされてしまった。
グリフォンが落ちた俺……ではなく、アリスターの方を見ている。
「チッ、回復を優先させるつもりか」
振り落としただけの俺を警戒していた。
そのためダメージを負った自分の状態を考えて回復――人間を喰らうことで傷を癒すことを思い付いた。
「そんなことをさせると思うのか?」
右手に蒼い輝きを放つ電撃を纏って握る。
回復する為に獲物を貪ろうと考えていたグリフォンも俺の手の中にある強力な電撃を見て戸惑っている。
「落雷程度でお前が倒せるとは思っていないさ」
さらに空中で静止する。
迷宮魔法を使用すれば空を飛べないはずの人間が空中を自由自在に動き回るなんて簡単だ。
「その落雷を利用して撃たせてもらう」
拳に纏っていただけの蒼い電撃は、形を矢のように変えると俺の手の中に収まる。
矢だけで弓はないので投擲する。
「射貫け――【迷宮魔法:雷霆の矢】」
放たれた矢がグリフォンの体を貫く。




