第13話 VSヒッポグリフ
デイトン村の近くで起こった魔物の氾濫。
原因は未だ判明していないが、アリスターへと魔物が迫って来ているのは間違いない。
そこで、冒険者ギルドは強制依頼を出すことにした。
強制依頼を出された場合、その街を拠点に活動している冒険者は拒否することができない。絶対に参加しなくてはならない。
相手にする魔物は、高ランク冒険者でも命の危険があるほどの量。
強制依頼を拒否することは可能だが、その場合には冒険者としての活動ができなくなってしまい、社会的信用も失われることになるので大半が盗賊に身を窶して冒険者の手によって討伐されることになっている。
リスクばかりでは冒険者の士気も上がらない。
そこで、報酬も弾まれることになっていた。討伐するだけで報酬が貰えるうえ、相手が強ければ強いほど金額が上がる。さらに討伐した魔物は、討伐した冒険者に所有権がある。
魔物討伐には加われない低ランクの冒険者たちは、魔物の回収に参加させられていた。素材の回収、という理由もあるが、それ以上に魔物の死体を放置したままだと血の匂いに惹かれて他の魔物を呼び寄せ、戦場が混沌としたものになるのを防ぐ意味もあった。
「悪い、ミスった」
門のある場所までやって来ると体の至るところを負傷したAランク冒険者のヒースさんが仲間に支えられながら帰還していた。
「何があったんですか?」
「ヒッポグリフにやられたんだ」
「え、でも……」
ヒースさんの後ろの方を見る。
彼のパーティは、見所があると判断した若者を入れ、実戦を通して次代の強者を育て上げている。言ってみれば弟子みたいな存在だ。
その内の二人がヒッポグリフを引き摺りながら運んでいた。
損傷も少ない申し分ない素材だ。
だが、こうしてヒッポグリフの死体があるということは討伐に成功した、ということである。
さすがに弟子たちではヒッポグリフの討伐は難しい。
「ああ、そっちは俺が絞め殺したヒッポグリフだ」
「絞め殺した!?」
ヒッポグリフと格闘戦を繰り広げながら後ろから首に飛び付ける瞬間を狙い続け、隙ができた瞬間に首を圧迫して討伐したようだ。
随分と荒っぽい討伐方法だが、その甲斐あって綺麗な状態でヒッポグリフを手に入れることに成功した。
だが、その直後に危機は訪れた。
「もう1体のヒッポグリフが襲い掛かってきたんだよ」
仲間がやられたことを察知したのかヒッポグリフが気を抜いていたヒースさんに攻撃を仕掛けた。
奇襲のせいで負傷してしまった。
それでも、さらにダメージを負いながら2体目のヒッポグリフを討伐することに成功したのでAランク冒険者の面目躍如といったところだろう。
「こいつは綺麗に討伐できたからな。他の魔物に荒らされないようにする為に無理言って運んでもらったんだよ」
その場に放置してしまうと食糧のように食い荒らされてしまう。
こうしてアリスターまで持ち帰れば荒らされることもない。
「で、2体目のヒッポグリフは荒れていたから捨ててきた訳ですね」
討伐を優先させたため荒っぽい攻撃が中心になってしまった。
持ち帰る労力と討伐報酬を比べた結果、その場に捨て置くことを選んだ。報酬も大切だが、常に命の危険に晒されている冒険者であるため安全性を優先させた。実際、負傷した状態では迎撃は難しい。
「ただ、できることならヒッポグリフはきちんと後始末してほしかったですね」
仲間の死体を見つけて怒り狂ったヒッポグリフ。
さらに死闘が繰り広げられたことで、その場にはヒースさんたちの匂いも遺されている。魔物なら後を追うのも難しくないだろう。
「仕方ないだろう。そこまでの余裕がなかったんだ」
「でも、この場には避難してきた村人がいるんです。それにアリスターを危険に晒すような真似はしてほしくなかったです」
村人たちのいる訓練場の方を見る。
訓練場は開放されたままになっているので外の様子を確かめようと思えば魔物の姿を見られるようになっている。
「ヒィッ!」
「また、魔物だ!」
「どこかへ逃げないと……!」
辺境なら魔物は珍しくない。
しかし、多くの知り合いが短い時間の間に殺されてしまったことで恐怖心が大きくなり過ぎている。
そんな人が多くいる場所へ魔物を連れてくる。
非常識だと言われても仕方ない。
「それなら問題ないだろう……お前がいるんだから」
ニヤァ、と笑みを浮かべるヒースさん。
その時、森からヒッポグリフが飛び出してきた。かなりの速度が出ているため、ここまで到達するのに時間はそれほど掛からないだろう。
「お手並み拝見といかせてもらおうか」
ヒースさんが見たいのは、自分が1体目のヒッポグリフを仕留めた時と同様に俺がどれだけ綺麗に仕留められるか、だ。
魔物の素材は綺麗であればあるほど高く売れる。
状態がいいほど素材として利用された武器や道具は質がよくなる。さらに傷が少ない状態で全身を手に入れることができれば剥製にされ、貴族が高値で取引されるだろう。ヒッポグリフほど強い魔物なら値段も跳ね上がる。
「さて、どうしようか」
個人的にも挑戦してみたい。
デイトン村の近くで迎撃した時は、迷宮主になって数カ月だったため力の使い方が思ったほど分かっておらず、討伐を優先させてしまった。
可能な限り綺麗な状態で討伐したい。
「うん。心臓を止めよう」
「いや、何を言っているんだ……」
近くでヒースさんが何かを言っているが適当に流す。
さすがに危ないのでシエラはアイラに預ける。
「あたしが斬ろうか?」
「それだと真っ二つになるだろ」
傷は最小限に留める。
アイラに任せてしまうと被害を出さずに討伐はできるだろうが、素材の状態としては悪くなってしまう。
指を迫って来るヒッポグリフへ向ける。
直後、指先で電撃がバチィッ! と爆ぜる。
そして、3秒後――ヒッポグリフが倒れた。
「よし!」
想定していた以上に上手くいったことで思わず拳を握ってしまう。
今までで最も綺麗に討伐できたと思う。
「な、何をしたんだ!?」
ヒースさんの目には何をしたのか映っていなかったようだ。
他の冒険者に至っては、俺が何かをしたことにすら気付いていない。
「見てみるといいですよ」
恐る恐るヒッポグリフへ近付いて行く冒険者たち。
「……?」
「どうやって討伐したんだ?」
しかし、ヒッポグリフの状態を確認しても死に至ることになった原因が分からない。
「ここですよ」
言いながら胸を覆っていた毛をどける。
そこには針先ほどの穴が空いていた。
「まさか……」
ヒースさんが俺のやったことに気付いて慄いている。
「そうです。電撃をこのぐらいの大きさまで凝縮させて射出させてもらいました。さすがに針ぐらいの大きさまで小さくしてしまうと安定させるのが大変でしたね」
迷宮魔法で生み出した電撃だったからこそ可能だった攻撃だ。
普通に同じような魔法を発動させようとすれば安定せずに暴発して周囲に電撃をまき散らすだけに終わっていた可能性の方が圧倒的に高い。
心臓に電撃を受けたヒッポグリフは、外傷そのものは小さくても強力な電撃を受けてしまったため心臓を停止させてしまった。
「これなら高く買い取ってもらえるでしょう」
「たしかに……傷口は針程度の小ささだし、お互いに魔石を抜き出した時の傷口ぐらいしか残らないか」
剥製にする場合でも魔物の素材の中でも最も高値で取引される魔石を取り出さないなどありえない。手を突っ込めるぐらいの穴を開けることになる。
ヒースさんは、勝手に勝負を仕掛けておいて引き分けだと納得していた。
もっとも、俺の場合は【壁抜け】で傷をつけることなく魔石を回収させてもらうつもりだ。それで、傷は最小限に抑えられる。
「喜んでいるところ申し訳ないんですけど、あっちはどうします?」
「あっち?」
森の奥の方を指差す。
まだ点ほどの大きさしかないが、空を飛ぶ新たな魔物が接近していた。
「グルゥ!」
遠くからでも鳴き声が聞こえてきた。
仲間を倒されたことで明らかに怒っている。




