第12話 シエラの励まし
道具箱からジュースを取り出したシエラ。
取り出したのがジュースだったからよかったものの道具箱の中で大量に死蔵されている剣みたいな刃物を取り出してしまった時には非常に危険だ。早急に原因だけでも解明する必要がある。
道具箱は、迷宮魔法の一つだ。
迷宮で困った事があれば、まず迷宮核に頼る。
『ああ、今の件?』
迷宮核には既に理由が分かっているらしく、簡単に教えてくれた。迷宮核にも子供が簡単に物を取り出せる状況の危険性は理解できる。
『まずは、勘違いから訂正しておこうか』
【迷宮魔法:道具箱】は、迷宮内にある保管庫と空間的に繋がった箱を出現させる魔法。出現させた箱から物を取り出すだけなら最低限の条件さえ満たしていれば誰でも取り出すことが可能になる。
その条件が迷宮の関係者――迷宮主もしくは迷宮眷属であること。
ただ、魔力の性質が関係者に近しいと取り出すだけなら誤作動を起こして承認されてしまうことがある。
『シエラは迷宮主と迷宮眷属の子供だからね。二人に魔力性質もある程度は似てきちゃうんだよ』
『じゃあ、アルフとソフィアは……』
『可能性がない訳ではないね』
今回の一件で迷宮主と迷宮眷属の間にできた子供の危険性を認識できた。
道具箱の中には途轍もない兵器も眠っているので、おもちゃのように手にされてしまうと非常に危険だ。
『対策としては、子供たちの前では道具箱を使わないようにするぐらいしかないね』
結局、大人が気を付ける以上の対策はない。
満足そうな顔でジュースを飲み終わったシエラに近付く。
訓練場の隅の方に置かれた資材に座ったアイラの膝の上にいるシエラと目線を合わせる為に屈む。
「う……?」
「シエラ、今のはすごく危ないことだったかもしれないんだ。もしも、何か欲しいなら、お父さんかお母さんたちの誰でもいいからお願いしてから取ってもらうんだよ」
自分の手にあるジュースを見るシエラ。
次いで俺とアイラの顔を見る。その表情には心配している様子が現れているだろう。アイラにも迷宮核の言葉は聞こえていた。
「いい子なら分かるね」
「うん……」
落ち込んでいるシエラ。
とはいえ、今回は俺たちにも原因があるので注意するのはここまで。
「ああ、食べようか」
「おお!」
道具箱からオレンジを取り出して皮を剥くと一つずつ口へ運んでいく。
こうして食べさせることで欲しい物がある時は大人に頼むんだと教えていく。
お腹いっぱいになったシエラがアイラの膝の上から下りるとテトテトと覚束ない足取りで歩いて行く。
見守っていると辿り着いたのは意気消沈している村人のところだった。
住んでいた場所だけでなく、あらゆる資産まで失ってしまったのでこれからどうすればいいのか分からないのだろう。
村人の肩をポンポンと叩く。
項垂れているせいでシエラでもギリギリ届いた。
「げんき、だして」
「え……」
「たべる?」
いつの間にか手にしていたオレンジを渡した。
村人も目の前にいる小さな子から気遣われているのが分かったので無理矢理笑顔を作ってオレンジを受け取る。
「ありがとう。美味しいわね」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるとアイラのところへやって来た。
「久し振りね」
シエラが話し掛けたのはデイトン村の女性であるノーラさんだった。
疲れた様子ではあるものの大きな怪我はしていない。
「無事だったんですね」
「ええ、村のおじいさんたちが犠牲になってくれたおかげでね」
「……じい様やばあ様たちの姿を全く見掛けなかった事情は聞きました」
逃げ延びられた人の中に老人たちの姿が全くなかったことを最初は不審に思ったが、事情を聞いた今では同情しかない。
「だから、いつまでも落ち込んでいられないわ。村がなくなって、これからどうなるのか分からないけどおじいさんたちの分まで私たちが生きないと」
まだまだ覇気はないものの前を向こうという意思は感じられた。
少しはシエラが励ました甲斐があったみたいだ。
「ところで、隣にいるのは前に村へ来たことのある子よね」
「そうですよ」
以前エルフの里へ行こうとしていた時にデイトン村へ立ち寄っている。
娯楽なんてほとんどない村。1年以上も前に村を出て行った若者が同年代の女性を4人も連れて村に戻るような真似をすれば注目を集める。そのため去年の開拓時にはいなかったアイラのことも覚えられていた。
「じゃあ、一緒にいる子は……」
「俺とアイラの子ですよ」
「みゅ?」
自分の事を話されているんだと気付いたシエラが大人たちを見上げる。
アイラがシエラを持って立ち上がる。
「シエラ、挨拶してごらんなさい」
「はい!」
元気よく手を挙げて挨拶をする。
そのことに対してノーラさんが酷くショックを受けていた。
「うぅ……昔は私が面倒を見ていたマルス君が私よりも早く子供を作っている」
理由はルーティさんと似たようなものだった。
ノーラさんもそろそろ適齢期を越えそうなので焦っているのだろう。
「村にいる男の人と噂になるようなことはありませんでしたけど、いい人はいないんですか?」
「……村の男連中だと、ちょっとね」
ノーラさんの目には頼りなく映ってしまったらしい。
「そうだ。マルス君なら私を養えるぐらいお金を持っているんじゃない? その気があるなら尽くしてあげるわよ」
「いや、もう子供が3人……5人になる予定なので結構です」
「冗談よ。でも、子供が5人?」
さすがにノーラさんも弟のように思っていた俺とそういう関係になろうとは考えていなかった。
ただ、ウッカリ口にしてしまった言葉を咎められてしまった。
どうやって流そうかと考えているとノーラさんの言葉を冗談だと受け取らなかった女が現れた。
「あんた、お金持っているの!?」
「はぁ……」
話し掛けてきたのは前村長の娘で今は村長夫人であるカレンだ。
こいつは自分勝手な村長に育てられたせいで子供とは違った意味でワガママなところがある。子供の頃はそれほどでもなく、笑って誤魔化せるレベルだったので子供たちの中ではアイドル的な存在だったのでモテていた。
ただし、大人になっても子供の頃の事を引き摺っているので溜息して出てこない。
「そりゃあ、金なら持っているさ」
その気になれば避難してきた人たち全員を養うことだって可能なぐらいに収入はある。
それに生活は、おそらく村長よりも贅沢ができている。
「けど、養うなんて不可能だからな」
「なんでよ……! 村がなくなって、知り合いだってたくさん死んでいるのよ! これからどうやって生きていけばいいのかも分からないんだから、ちょっとぐらい助けてくれてもいいじゃない!」
やっぱり何も分かっていない。
「そりゃあ、ここにいる全員を数日でも支援するぐらいならできる。けど、今回の騒動が落ち着いた後はどうするつもりだ? 仕事もせず俺の厄介に一生なるつもりなのか? 多少の支援ならしてあげられるけど、それ以上のことは自分たちでどうにかしてもらわないと話にならない」
騒動が落ち着いたら復興になる。
金銭的な方法で少しばかりの支援、依頼を引き受けて魔法による工事ぐらいなら力を貸してあげてもいい。
だが、永続な協力など不可能だし、する気も起きない。
なので、自分たちでどうにかしてもらわなければならない。
「もう、いい!」
もっとも、理屈を述べたところでカレンには伝わらない。
そのまま訓練場を出てどこかへと姿を消してしまった。
「いいの?」
アイラが尋ねてくる。
「何が?」
「あっちは街中でしょ。彼女、不慣れなんじゃない?」
「そうね。村から出たことすらなかったはずよ」
村の中で大切に育てられたカレン。
そのためアリスターだけでなく、他の村へ出向いたことすらなかった。
にもかかわらず、自分は都会へ行けば成功する、という全く根拠のない自信を抱いていた。
「悪いが、世話になっているのにこっちの指示に従えないような奴にまで気を配っていられるほどの余裕はない。食事は時間を決めて配給するようにする。後から食べさせてほしいと言われても受け付けるつもりはない」
カレン一人の為に待っていられるほどの余裕はない。
そして、脅威はすぐそこまでやって来ていた。
「――ヒッポグリフが接近しています」
周囲を警戒して飛ばしていたサファイアイーグルの1体が消息を絶っていた。




