第9話 壊滅―後―
「そ、村長……!?」
「どうした、いきなり?」
自宅で書類の整理仕事をしていると村人の一人が駆け込んできた。
いや、外が騒がしい。
何か緊急事態でも起こったのかもしれない。
「詳しく話せ」
「それが――」
慌てている村人から聞けた話は、とても信じられるものではなかった。
「すぐに行く」
村の中心には広場があり、そこに見知らぬ者が何十人と地面に座り込んでいた。
「デイトン村の連中か」
中には数人見知った者もいたので気付けた。
デイトン村とセージュ村は隣同士だったため付き合いもそれなりにあった。
「何があった?」
「……」
デイトン村の人々は答えない。
「村長!?」
南側と東側の門から悲鳴に似た声で呼ぶのが聞こえる。
他にも叩き付ける音が聞こえる。
「答えろ!」
蹲っていたリューを掴み上げて尋問する。
村長であるリューには答える義務があった。
「……分からない。突然、奴らに村を囲まれたんだ。気付いたら村が襲われていて皆、喰われて――」
「チッ、使い物にならん」
掴み上げていたリューを放り捨てる。
「これだから力がないのに若くして村長になるような奴は信用ならない」
他の村人たちと同じように意気消沈しているリュー。
本来なら村人に対して指示を出さなければならない立場にいるので、そのような態度を取られることが同じ村長として腹立たしかった。
「ウチの防御は大丈夫か?」
「はい。幸いにして数年前の事件をきっかけに塀を強固な物に作り変えてあります。問題ありません」
「そうか」
セージュ村の外周は土を固めた塀で囲われていた。
数年前の事件――デイトン村の近くにある森から1000体を越える魔物が出現してきた。あまりに近い場所でそんな事件が起こったために襲われても耐えられるよう防備を強化していた。
魔物の突進を受けても今のところは耐えられている。
「ライヤはいるか?」
「何です?」
「お前は、この件をモルト村の連中にも伝えろ。それからアリスターまで行って領主様と冒険者ギルドへ救援を要請しろ。金に糸目をつける必要はない。村の存亡が懸かっている」
「分かりました!」
ライヤと呼ばれたセージュ村の中で最も足の速い青年だった。
そのため救援を呼ぶ為の人員として選ばれた。
だが、結果を分かっている身から言わせてもらえば、そんな救援はモルト村にもアリスターにも届いていない。おそらく、何も為せずに魔物に喰われるなりして死んでしまったのだろう。
「我々は、このまま耐え続けるぞ」
『はい!』
村長の指示のもと村人が一丸となって作業に取り掛かる。
そんな光景をリューは歯痒く思いながら見ていた。村長になった経緯が経緯なので村人から信頼はされていなかった。それでも自分なりに必死にやってきた。その甲斐あってか村の老人たちは自分から犠牲になることを選んでくれた。
自分にもセージュ村の村長のような統率力があれば……
慌てて進められた籠城作業は陽が沈む前にひと段落した。
「後は、救援が来るのを待つだけだな」
「そうですね」
セージュ村は安堵に包まれていた。
魔物たちも陽が出ている間の攻撃で疲れてしまったのか手を休めてしまっている。
「よし。大丈夫だとは思うが、見張りをしない訳にはいかない。最低限の人数だけを残して他の者は休も――」
その時、空から甲高い声が聞こえてきた。
誰もが空を見上げる。
しかし、相手を見定める前に村の中心に下り立ってしまった。
「鷲と馬の魔物――ヒッポグリフだと!?」
リューも俺が森から出てきた魔物を撃退した時にヒッポグリフの姿を見ている。
村の中心に下り立ったのは間違いなくヒッポグリフであり、凶暴な鋭い視線を村人へ向けているのが3体もいる。
強固な壁で村を囲ったとしても空から攻められれば防ぎようがない。
「あ、あぁ……」
村を明るくする為に焚いていた松明を持っていた男が恐怖から松明を落としてしまう。
落ちた時の衝撃で炎が爆ぜる。
その音がヒッポグリフたちの注意を惹いてしまった。
「ひぃ……!」
男へと一斉に群がる3体のヒッポグリフ。
男は小さな呻き声を上げながら少しずつ喰われていった。
その間、周囲にいた村人たちは見ているしかできなかった。あまりの事態に行動を起こすことができずにいた。
そして、行動を起こせる程度に冷静さを取り戻した時には手遅れだった。
食事を終えた3体のヒッポグリフが村人たちを見据える。
「逃げろッ!」
そこから阿鼻叫喚の様相をしていた。
村を囲む魔物から守ってくれるはずの塀は、ヒッポグリフと同じ場所へ閉じ込める為の檻へと様変わりしてしまった。
「おい、さっさと開けろよ!」
「無茶言うなよ!」
頑丈に閉じていた門は簡単に開けられない。
どうにか村から逃げ出すと、その先にはゴブリンやフォレストウルフが待ち構えていた。
「く、くそっ……」
「助けてくれぇ!」
悲鳴を上げるセージュ村の人々。
もう、村を捨てて逃げるしかない状況に陥っていた。
☆ ☆ ☆
「これが、アリスターまで逃げてきた理由です」
「そうか」
話を聞き終えたエリオットは腕を組んで考えていた。
「モルト村はどうした?」
モルト村の村長が首を振る。
敵にヒッポグリフのような獰猛で空を飛ぶことが可能な魔物がいる以上は村にある戦力程度では籠城することに意味などない。
デイトン村とセージュ村の生き残りが辿り着き、事情を聞いた時点で村を放棄することを決めるしかなかった。
「団長」
「おう、数え終わったか」
「はい。アリスターまで逃げてきた者の集計が終わりました。生き残りはデイトン村が23名、セージュ村が38名、モルト村が78名です」
逃げてきた人々のケアに当たっていた騎士が報告していた。
元々の人数はデイトン村が107名、セージュ村が133名、モルト村が129名だった。
たった3割程度の人間しか生き残ることができなかった。
「これから、どうすればいいんだ……」
「村なんて滅茶苦茶だぞ」
「畑作業だって、ようやく落ち着いたところだったのに……」
村長たちは意気消沈している。
聞くべき話は聞いたので今は大人しくさせておいた方がいいだろう。
「邪魔するぜ」
会議室へ一人の冒険者が入ってきた。
「ガンザスさん」
やって来たのはアリスターを拠点に活動するBランク冒険者の一人であるガンザスさんだった。
「とりあえず集められるだけの冒険者を門の前に集合させておいた。これでいいかい、ルーティちゃん?」
「はい、問題ありません。皆さんには遊撃としてアリスターへ来る魔物へ対処していただきます」
「おう。それは構わないぜ。逃げてきた村人連中からちょっと話を聞いたが、数年前にどこかの誰かさんがたった一人で片付けちまった魔物の群れに匹敵するらしいな」
ニヤァ、といった笑みを浮かべるガンザスさん。
以前にデイトン村の近くにある森が氾濫を起こした際には俺が一人で全ての魔物を片付けてしまった。当然、膨大な量の魔物の素材は全てが俺の物となった。自分に可能だったかも考えずに妬んでいた者もいた。
「今回は俺たちも稼がせてもらうぜ」
「それは、構いませんよ」
迷宮の為にも金はあるだけ必要としている。
けれども、地元の人たちとの間に要らぬ軋轢を生んでまで稼ごうとは考えていない。今回は譲ってあげることにしよう。
「そうですね。戦力的な事を考えるならマルス君たちのパーティに出てもらいたいところですけど……」
「6人で手分けしたら瞬殺ですよ」
時間さえ掛けていいなら俺一人でも十分なのだ。
全員で分担すれば、あっという間に終わる。
「アリスターの防衛はこちらで行う。冒険者の諸君には近付こうとしている魔物を1体でも駆逐してほしい」
「任せておきな」
緊急依頼が始まった。