第8話 壊滅―前―
先ほどまでは騎士団の中から若手である兄だけが先発としてやって来ていたが、時間が少し経てば他の騎士も合流。
「では、詳しい事情を聞かせてもらいましょうか」
今はアリスター家の騎士団の団長が場を仕切っている。
騎士団長は、身長が2メートル近くあり、鍛え上げられた筋肉をしていることもあって領民から慕われている銀髪の偉丈夫な男性だ。
場所は騎士団の宿舎にある大きな会議室。
そこに今回の事件の関係者が集まっていた。
まず、魔物から逃げていた3つの村――デイトン村、セージュ村、モルト村それぞれの代表者として3人の村長。セージュ村とモルト村の村長が中年なのに比べてデイトン村の村長であるリューはまだ若く、二人の村長が隣にいて委縮してしまっている。もちろん村長だけが委縮している原因ではない。
そして、魔物が関連している騒動ということで冒険者ギルドからルーティさんが赴いている。俺も真っ先に駆け付けた冒険者として参加させてもらっている。腕の中にいるシエラがウトウトし始めたので帰りたいところだけど、状況を考えるとそうもいかない。屋敷から迎えに来るよう言っても口論が白熱しているのか応答すらしてくれない状況なのでこのままだ。
最後にアリスター家から騎士団長と最も状況を把握している兄。
さらに……
「ちょっと待ってくれ。そっちの子供は何だ?」
セージュ村の村長が全員を見渡せる位置にいる子供を見ていた。
誰の姿も見ることができ、全員の言葉を聞くことができる位置にいるのに普通の子供なはずがない。
だけど、子供にしか見えないから仕方ないかもしれない。
「無礼な! こちらにいるのはアリスター家の次期当主になられるエリオット様だぞ!」
声を荒げたのはアリスター家の執事さん。
幼い頃からエリオットを教育してきた人物で、今日は本当なら授業参観のような気持ちでこの場にいるはずだったんだけど、失礼な言葉を聞いて咎めずにはいられなかったみたいだ。
その隣にはアリスター家で働いている家臣が3人いる。
それぞれ違う分野の代表者で今回の騒動に対して実務的に対応する為にいる。
「し、失礼しました!」
村長が慌てて頭を下げている。
村の中では最も権力を持っている村長だけど、その程度の権力は現在この部屋にいる人間の中では下から数えた方が早い。というか3人の村長が最下位で同列だ。
「よい、気にするな」
「ですが……」
「危急の事態故、そのように些末な事を気にしているような場合ではない」
「……かしこまりました」
執事もエリオット本人から言われて下がる。
「話の腰を折ってしまってすまない。話を続けてくれ」
「では、デイトン村の村長から」
「は、はい!」
エリオットと騎士団長から話を促されて緊張しながらリューが起こった出来事を語る。
☆ ☆ ☆
3日前。その日は、森の入口付近でしか猟をしていないにも関わらず、大量の肉を得ることに成功した。そのため、肉を消費する意味も含めて村人全員が参加できる宴会を開くことになった。
ただし、村人の何人かにとっては、それが最後の晩餐になった。
酒が回り、酔い潰れる者が出始めた夜に異変は起こった。
「な、何だ……?」
突如として狼の遠吠えがあちこちから聞こえるようになった。
何箇所から聞こえるのではない。村全体が完全に囲まれている。
「そ、村長……!」
村の若者の一人が駆け寄ってきた。
まだ成人前なので酒を控えていたおかげで酔っていなかった。
「村が大量の狼――いいえ、フォレストウルフに囲まれています!」
「何だと!?」
報告を受けてリューも村を囲う柵の傍まで近付く。
「なっ……!?」
村の外に広がっていた光景に思わず言葉を失ってしまった。
本当に囲まれてしまっていた。
暗くてはっきりとは見えなかったらしいので、その時には包囲網に隙間があったかもしれない。しかし、普段の彼らが目にする魔物は森から飛び出してきた数体の魔物のみ。村を囲むほど大量の魔物を見たことはなかった。
村長の恐怖は、すぐに村全体へと広がることになる。
囲まれていることを知った村人たちは、どこかにフォレストウルフの包囲に隙間がないか必死に調べた。
しかし、状況が改善されるようなことはなかった。
そうして――翌朝。
ゴブリンやコボルトのような弱いが数は多い魔物がフォレストウルフの隙間を埋めるようにビッチリと取り囲んでいた。
朝になったことで誰もがそんな状況を目にすることができるようになる。
絶望する村人たち。
彼らの意見は真っ二つに割れることになる。
無理をしてでも村から抜け出す者と村に閉じ籠ろうとする者。
抜け出そうと考えた者のほとんどが若者で、閉じ籠ることを決めた者のほとんどが老人だった。老人の足では魔物から逃げるなど不可能だったからだ。
これから、どうするべきか?
真っ二つに分かれた意見による話し合いは平行線を辿ることになる。
だが、話し合いはいつまでも続かなかった。
頑丈に作ってあるとはいえ、取り囲まれるほど大量の魔物に襲われれば村の柵など簡単に壊されてしまう。
「うわぁ!」
「に、逃げろ……!」
すぐにパニック状態になってしまった。
「落ち着け! 闇雲に逃げても魔物の餌食に――」
その時、鮮血が舞った。
村の中でも力の強い大きな男がフォレストウルフ10体に噛みつかれていた。
「た、助け……」
誰の目から見ても助からないと分かった。
「逃げるんじゃ!」
老人の一人が叫んで走り出す。
それに他の老人も続いていた。
彼らは一斉に同じ方向へ走り出していた。
「逃げるって言ってもどこへ……」
「こんな非常事態で頼れるとしたら領主様の所じゃ。とにかくアリスターまで全力で走れ! お前も村長なら、こういう時こそ行動を起こすべきじゃ」
「わ、分かった……!」
しかし、彼らの行き先には魔物が詰め掛けていた。
村からの脱出口などどこにも存在していない。
「ないならば作るまでじゃ」
老人たちが力を振り絞って魔物に突撃を掛ける。
「ぎゃあ!」
「この程度……」
「行けぇ!」
老人が魔物に喰われている。
だが、食事に夢中になっているおかげで包囲網に隙ができた。
「どうして……」
「老い先短いワシらが残るよりも若いお前たちが残った方がいい」
「けど……」
「行くぞ!」
傍に残っていた村の老人が走るよう促す。
若者や幼い子を持つ親たちが次々と魔物の横を通り抜けて行く。
「グルルルッ……!」
人の肉を貪っていた魔物が鋭い視線を向けてくる。
「む……」
「気付きおったか」
いくら食事に夢中でも数十人の人間が逃げ出せば気付く。
「くっ……」
リューが気付かれたことを歯痒く思っていると残っていた老人たちの何人かが足を止めた。
「ここはワシらに任せて先へ行け」
「ああ、任せたぞ」
「そんな……!」
村の戦力では全員の力を合わせたところで魔物の群れには敵わない。
せめて少しでも多くの村人が逃げ切れるため老人たちが選んだ未来は、自分たちが犠牲になることで魔物の足を少しでも止めておくことだった。
その後、魔物に追われながらも隣村へと到着。
人の足でも走れば1、2時間で辿り着ける距離。
たった、それだけの時間で村にいた老人17名が犠牲になった。
それだけじゃない。逃走について来られなかった子供、犠牲になった子供を助けようとした親、運悪く襲われてしまった者。
何人もの人間が犠牲になったことで隣村まで辿り着いた段階で、村人の人数は3割ほど減っていた。
そして、アリスターまで逃げ延びた現状を考えれば犠牲者はまだ増える。