第6話 適齢期
冒険者ギルドに到着する。
朝の忙しい時間はとっくに過ぎているためギルド内には数人の冒険者とギルドの職員がいるぐらいだ。
早速、俺たちの担当であるルーティさんの元へ向かう。
彼女は今日も朝の内にできた書類の整理に追われている。
「こんにちは」
「あ、マルス君こんにちは。ちょっと待っていて下さいね」
カウンターの上に広げられていた書類を片付ける。
「それで、今日はどういった用件ですか?」
「いえ、エスタリア王国から戻って来たので、その報告です」
「……そういえば行っていましたね。随分と早い帰還ですが、その辺りは聞かないことにします」
移動時間の短縮は、【転移】などによってショートカットをした結果なので、聞かれても答えることができない。
まともな方法で移動していれば数カ月、最悪の場合は1年近く帰って来ることができない。本当に移動時間を短縮する方法があってよかった。
「では、手続きしてしまいますね」
ルーティさんが帰還の手続きをする為の書類を出す。
手続き、と言っても所定の書類にサインをするだけだ。
サインができるよう抱えていたシエラをアイラに渡す。
「……え?」
ルーティさんの視線が驚きと共にシエラへ固定されている。
「何か?」
「マルス君、いつの間に子守の依頼なんて引き受けたんですか?」
冒険者は街中の雑用を引き受けることもある。
と言っても、そんな依頼を引き受けるのは駆け出しのGランクやFランクの冒険者ぐらいでしかない。だから、Aランク冒険者である俺が引き受けるはずがない。
「……昨日、帰って来たばかりですから、そんな依頼は受けていないですよ」
「では、その子は……?」
ルーティさんだって本当は答えを分かっている。
ただ、なぜか認めたがらないのか頑なに受け入れようとしない。
「俺の子、ですけど……」
「いやあああぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げてカウンターに突っ伏してしまった。
その声にギルド内にいた職員や冒険者の注意を集めてしまっている。
「どうしたんですか?」
ここまで狼狽えるルーティさんは初めて見た。
「数年前に冒険者登録をして、この前まで子供だと思っていたマルス君が自分の子供を連れて来ています……」
なぜだかショックを受けていた。
「ルーティは子供がいることを知っていたんじゃないの?」
「知ってはいましたよ。けど、実際にこうして目にするのは初めてです」
目に見える形で現実を突き付けられたことで改めてショックを受けてしまったらしい。
そうして、大きく溜息を吐くと――
「ねぇ、あなたのお父さんとお母さんは誰かな?」
尋ねられた意味は分からなかっただろう。
それでも『お父さん』と『お母さん』という言葉に反応して俺とアイラを見てから「何を言っているんだろう?」とでも言いたげにキョトンとしていた。
シエラにとっては当たり前の反応だった。
「家にはシルビアさんの産んだ子供もいるんですよね」
「まあ……」
今にも泣き出しそうなルーティさん。
俺にもようやく彼女が辛そうにしている原因が分かった。
「……ルーティ、今いくつだっけ?」
アイラがズバッと聞く。
そういえば詳しい年齢を聞いたことはない。
「……29歳になりました。嫌味ですか?」
ルーティさんに浮いた話はない。
女性の結婚・妊娠適齢期とされている20代を過ぎようとしていた。
彼女にとっては10代で子供を持つアイラが羨ましくて仕方ない。
「お相手はいないんですか?」
「私は若い頃には付き合っていた彼氏がいましたよ」
冒険者ギルドに勤める女性職員の多くが稼げる冒険者を捕まえて退職していく。
ルーティさんも若い頃は優秀な冒険者を捕まえて退職する気だったらしい。
「ところが、もう彼はいません」
涙を流すルーティさん。
冒険者は常に危険を隣り合わせの職業でもある。ちょっとした油断から命を落としてしまうこともあり、女性を遺して逝ってしまうことも……
「ああ、先輩の彼氏だった人は死んだ訳ではないですよ」
隣にいた受付嬢が教えてくれる。
たしかルーティさんの次にキャリアの長い受付嬢だったはず。当然、ルーティさんとの付き合いも長いので過去の出来事についても詳しい。
「ちょっと!?」
「どうせ同情してもらって自分も引き取ってもらおうと思ったんでしょう。5人も奥さんを持つマルスさんなら一人ぐらい増えたって平気だと思って」
俺の資産なら5人も6人も変わらない。
そういった打算があったのだろう。
ルーティさんが以前に付き合っていた高ランクの男性冒険者だったが、一時的にアリスターを拠点に活動しているだけで生まれ故郷に結婚を約束した女性を残していた。むしろ、そっちが本命。
つまり、ルーティさんは自分の人生を賭けて付き合っていたにも関わらず、あっさりと捨てられてしまった。
そうこうしている内に若くてチヤホヤされる新人時代は終わり、気付けばベテランと呼ばれるような年齢になっていた。
「気付けば、私よりも上手くやった後輩が出産報告をしてくるようになりました。どこで、差がついてしまったんでしょうね」
「ええと……」
これ以上は話に付き合っていられない。
少なくともメリッサとノエルの件でさらに増えるなんて事を教えられない。
帰還報告書にサラサラッとサインをすると、ギルドを後にする。
「怖かった……」
アイラがいつになく怯えていた。
子供がいる事に対して嫉妬されていたせいで、ずっと睨まれていたのでそんな風になってしまうのも仕方ない。
「これから、どこへ行く?」
特に予定も決めずに出てきてしまったため目的地が定まっていない。
さっきみたいに露店に顔を出してもいいけど、シエラのことを考えると食べ物関係はよろしくない。それよりも女の子なのだから服屋などに寄って可愛らしい物を見るのもいいかもしれない。
「うっ!」
「どうしたの?」
アイラの腕に抱かれたシエラが一生懸命母親の服を掴んでいた。
「あそこへ行ってみたいの?」
シエラの視線が向けられている場所へと向かってみることにする。
☆ ☆ ☆
シエラが行きたいと願った場所――そこは街を囲む城壁の上だった。
街を魔物から守る壁であると同時にカップルなどから人気のある場所となっていた。高い場所から街の中や壁の向こう側に広がっている景色を遠くまで見渡すことができるからだ。
城壁は階段を使うことで上がれる。
再び俺がシエラを抱えて上がる。
「アイラ!」
「わ、久しぶり」
階段を上っている最中、上から下りてきた一組のカップルと遭遇した。
交友関係の広いアイラ。特に同年代の人たちとの付き合いが多いおかげで友達と呼べる相手が多い。
「この子がアイラの娘ね」
「はい!」
シエラが元気よく挨拶をする。
「今日は、お父さん、お母さんと一緒でよかったわね」
「うん!」
どうやらシエラを連れた母と会ったことがあるらしく、親子3人でいられることを喜んでくれていた。
軽く世間話をして別れる。向こうもデートの最中だったため中断させたままにしておくわけにはいかない。
「おおー」
シエラは遠くまで見渡せる景色に興奮している。
生まれて初めて見る外の景色、というのもあるのだろう。
「あっちが、お父さんの生まれた故郷だよ」
デイトン村のある南東側へと移動する。
さすがに、ここから村を見ることはできない。
シエラは故郷、というのがどういうものなのか分かっていないらしく反応が芳しくない。
「じゃあ、次はお母さんの故郷がある方へ行こうか」
「かけっこ!」
「う~ん……高い場所だから走るのは危ないんだ」
「ううん!」
てっきり走って移動してほしい、という要望なのかと思ったら違った。
「あっち!」
シエラが指差す方向――デイトン村のある方向を見ると100人以上の人間が全速力で逃げるように走っていた。
しかも、その中には見知った相手もいる。
「……どうやら、かけっこなんてレベルじゃなさそうだ」
休暇はここまで。
お仕事といきましょうか。