第5話 おでかけ
庭を見渡せる縁側に座って日差しを受ける。
庭では、シエラが偶然やって来たチョウチョを追い掛けている最中なので、いつまで見ていても飽きない。
そんなことをして、かれこれ1時間以上が経過していた。
「いや、仕事しましょう」
気付けばアイラが隣に腰掛けていた。
「どうしたのよ」
「いや、ちょっと考えさせられて……」
まさか、こんな齢で5人もの子供を持つことになるとは成人した頃には思いもしなかった。
だからこそ覚悟が足りていないんだと思う。
収入はあるから、お金に困るようなことはない。
ただし、それだけで子供を真っ当に育てられる訳ではない。
「シエラは、いい子に育ってくれたな」
あまり手の掛からない子供。
今もリビングの惨状を見て迷惑を掛けないよう一人で遊んでいる。
「現実逃避はそれぐらいにしなさい」
アイラから叱られてしまった。
彼女の目はリビングへと向けられている。
「……俺にできることは何もない」
現在、リビングでも口論交じりの話し合いが行われている。
勢いに任せて秘薬を使ってしまったメリッサとノエル。そのことに対してイリスは憤りを感じていた。本来なら、3人の中で次に誰が使用するのか話し合い(ガチな喧嘩)によって決められるはずだった。
ところが、順番からイリスを抜いてしまった。
それが彼女は許せなかった。
そして、メリッサとノエルを助ける為にシルビアがフォローを入れている。
既に秘薬を使ってしまった身として二人の気持ちが分かるし、二人の体調を鑑みてストレスを与えないようにしている。
そんな話し合いに俺が混ざる?
「無理だ。燃え上がっている火薬庫に燃料をさらに投下するようなものだ」
イリスの怒りの矛先は俺にも向かうだろう。
ここはシルビアに任せるのが一番だ。
「そもそも、そんなに欲しかったのか?」
「さあ? あたしにはよく分からないわね」
真っ先に子供を得てしまったアイラには分からないだろう。
だが、シルビアがそうだったように他の3人も心のどこかで羨ましいと感じていたのかもしれない。
そんな気持ちに気付けなかった時点で主としては失格かもしれない。
なら、せめて現状を受け止めるしかない。
「――仕事しようか」
結局、家庭内のトラブルからは逃げるしかない。
「仕事っていうけど、何をするの?」
「別に依頼を受ける訳じゃない」
冒険者の仕事は、ギルドへ行って依頼を遂行することにある。
ただ、俺たちのようにAランク冒険者の集まったパーティを必要とする依頼など早々ない。常時、出されているような依頼は引き受けられないこともないが、態々俺たちが引き受けるまでもない。
逆に緊急時には必要とされる。
「エスタリア王国から帰って来た報告をまだしていないからな」
冒険者ギルドに自分たちがアリスターにいることを伝えていつでも緊急依頼を引き受けられるようにしておく。
それは、高ランク冒険者の義務みたいなものだ。
「じゃあ、行きましょうか」
アイラが立ち上がる。
どう考えてもついて来る気満々だ。
「一緒に行くのか?」
「必要ないかもしれないけど、万一のことを考えれば護衛は必要でしょ。他のメンツは今――」
ちょうど言い争いをしている最中だったので、とてもではないが声を掛けられるような雰囲気ではない。
用事があったとしても『念話』があるのだから後で連絡を取ることはできる。
「よし、行くか――」
俺も立ち上がった。
その瞬間、足に何かがぶつかる衝撃があった。
下を見ればシエラがしがみ付いていた。
「えっと……シエラ、お父さんたちはお仕事に行って来るから……」
「やぁ!」
明確な拒絶。
しかも、しがみ付く力が強くなった。
「もしかしたら、また何日も離れ離れになると思ったんじゃない?」
アイラの推測はおそらく正しいのだろう。
エスタリア王国へ行っていた1カ月ちょっとの間。俺は子供たちを放置することになってしまった。その間、シエラは寂しい思いをしていたに違いない。
「大丈夫。ちょっと行って、すぐに帰って来るから数時間で帰って来るよ」
すぐに帰る。
そう言ってもシエラは首を横に全力で振っていた。
「困ったな……」
冒険者ギルドへは今日行かなければならない訳ではない。
それでも、何日も放置したままになってしまうと文句を言われることになる。
そんな事態は大人として避けたい。
「じゃあ、連れていったら?」
「アイラ?」
「だって、ちょっとギルドへ行って報告を済ませるだけでしょ。だったら、ついでに散歩でもしてきましょう」
リビングの様子は、すぐに収まりそうもない。
「……そうだな」
「じゃあ、着替えてこようか」
「うん!」
シエラはピンク色のワンピースを着ていたのだが、庭で遊んでいる内に土が付いて汚れてしまった。
戻って来たシエラは白いブラウスに赤いスカートを履いていた。
「えへへ!」
笑いながら、俺の近くで回って自分の姿を見せている。
うん、こういう姿を見せられると女の子なんだって感じさせてくれる。
「かわいいよ」
「やった!」
屈んで褒めてあげると駆け寄って来たので抱き上げる。
お、エスタリア王国へ行く前よりも確実に重くなっている。
「う~」
「ああ、ごめん」
俺の心が読めた訳ではないのだろうが、シエラは不満そうに俺の頬をペシペシと叩いていた。
女の子――それも自分の娘が相手だったとしても『重い』なんていう言葉は禁句だ。
以前よりも大きく成長したシエラを抱えて屋敷を出る。
☆ ☆ ☆
「お、マルス帰っていたんだな」
大通りを歩いていると店で果物を売っているとおっちゃんから声を掛けられた。
この店は、店主の厳つい顔に反して品物の手入れが繊細なことからシルビアが気に入っており、俺も荷物持ちという付き添いで来たことがあった。
「ええ、昨日帰って来ました」
「……ん? その腕に抱いているのは……もしかして」
「娘のシエラですよ」
「はい!」
シエラが元気よく挨拶をする。
おっちゃんが隣にいるアイラとシエラを何度も見比べる。同じ紅髪、顔立ちもアイラに似ているし、見る人が見ればアイラの子供だと分かるはずだ。
「そうか。子供が生まれていたのはシルビアちゃんから聞いて知っていたけど、最初の子はもうこんなに大きくなったんだな」
シエラのことを優しい目で見ていると、思い付いたのかおもむろに商品の果物を手に取って皮を剥き始めた。
「ほれ、食うか?」
「う?」
シエラの口の傍へ小さくちぎったオレンジを持って行く。
一方、シエラは「食べていいの?」とでも言いたげにアイラを見ていた。きちんと母親に許可をもらってから食べた方がいい、というのを理解している。
「いいんですか?」
「いつもウチで買っていってくれるお礼だ。ちょっとぐらいなら構わないさ」
「ありがとうございます」
母親の許可も出たのでパクッと口の中へ運ぶ。
「……!」
どうやらシエラの口に合ったらしい。
満足した笑顔を浮かべながらオレンジを噛み締めている。
「美味しそうね」
その光景を見ていた5歳ぐらいの男の子を連れた女性が果物を手に取る。
「一つ、食うか?」
おっちゃんがシエラと同じように男の子にもオレンジを差し出す。
男の子も美味しかったらしく満足そうな笑顔を浮かべていた。
「そうか」
「じゃあ、これもいだたこうかしら」
「毎度あり」
その後、子供の笑顔に釣られたのか次々と果物が売れていく。
これはシエラを体よく使われたかもしれない。
「これも商売ってもんよ。悪いな」
「いえいえ、問題ありませんよ」
最後に俺たちも果物を大量に購入する。
屋敷に住んでいる人数が多いので1回の買い物で購入する量が多いのだ。