第2話 甘やかす
リビングの中央に椅子を置いて座る。
俺の前で母とオリビアさんが正座させられていた。
「1カ月近くもいなかった俺に言えるセリフでないことは分かっていますが、俺は子供たちの教育を任せていきましたよね」
以前にどんな子供になって欲しいのか伝えてある。
シエラは長女なのだから弟と妹を守れる存在になってほしい。幸い、先ほどの様子を見れば姉としてしっかりとしている……年齢を考えれば少々早熟過ぎる気がしないでもないけど、本人が満足そうにしているようなので問題ないだろう。
そして、双子についてはお互いが協力できる信頼関係を築いてほしい。
だというのにソフィアは兄であるアルフを下に見ているように感じられた。
シルビアによれば合流する前まではそんな様子はなかったらしい。
そうなると――
「事の発端は、アルフとソフィアがケンカを始めたことからです」
オリビアさんが淡々と語ってくれる。
どんなきっかけだったのかは分からない。だが、少し目を離している間に取っ組み合いになってしまった。
赤ん坊のケンカ。取っ組み合いになったところで大したことにはならない。
それでも祖母として心配せずにはいられなかった。
そこで、妹であり女の子であるソフィアを優先的に助けてしまった。
男の子と女の子の違いを考えれば当然の行動だった。
だが、当事者である双子は違った。
妹だけあやされる光景を見てアルフはショックを受け、ソフィアは優越感に浸ってしまった。
自分だけが優遇される。
そのことに楽しさを覚えてしまったソフィアはオリビアさんに対して積極的に甘えるようになる。
オリビアさんも念願だった女の子の孫を世話していて、ついつい甘やかすようになってしまった。
「ええ、私が叱らなければならない時でも叱らずに甘やかしてしまったのがいけなかったんです」
オリビアさんが正座したまま頭を下げてくる。
「彼女だけの責任だけじゃないのよ」
母がオリビアさんを庇う。
どうやらオリビアさんだけに責任がある訳ではないらしい。
「私も孫に甘えられる祖母っていうのが羨ましくてね。ほら、シエラは赤ん坊にしてはしっかりとした子供だったから、わがままを言うことも少なかったじゃない」
「そうだな……」
アイラが自分のお腹にいる頃から立派な姉になるよう言っていたせいか、シエラはしっかりとした子供だった。
それは、アルフとソフィアが生まれてから顕著になっていて先ほどはわがままを言う妹を叱るほどだった。
……まだ、1歳ちょっとなんだけどな。
「で、母さんも甘やかしてしまった、と」
「そういうことね」
ついつい甘やかしてしまった。
その結果、ちょっとわがままな子に育ってしまった。
「俺もちょっとぐらいのわがままは許容するつもりです。子供なんて親に甘えるのが仕事みたいなぐらいです。ただし、兄のおやつを奪い取るようなわがままは看過できません」
聞けば、あのような出来事は一度や二度では済まされず、何度か似たようなことはあったらしい。
その度に母もオリビアさんも叱るのだが、甘やかしてしまった影響なのか効果が薄いとのことだ。
「でも、注意を聞かない訳じゃないのよ」
「え、でも今……」
「私たちの注意は聞かないけど、姉の言うことは聞くのよ」
「ああ……」
先ほどもシエラに叱られてショックを受けていた。
赤ん坊なのだから意味は分かっていない。そもそもシエラだって意味のある言葉を発していた訳ではない。それでも大好きな姉に怒られているのは子供ながらに分かってしまい、ショックだった。
「二人とも今後は気を付けて下さいね」
「はい……」
こちらにも育児を任せていた負い目がある。
少しばかり注意をして解散しようとしたところで……
「ただいま戻りました」
ノエルの母であるノンさんが帰って来た。
左手は次女であるノキアちゃんと繋がっており、右手には野菜や果物が入った袋があった。
「あ、帰っていたんですね」
「お久しぶりです」
「どうしましょうか。夕食の材料、足りますかね?」
ノンさんはのんびりとした様子で夕食の献立を考えている。材料については足りなければ道具箱から出せばいい。
とりあえずキッチンに袋を置いてくるとリビングへ戻って来る。
「それで、これはどういう状況ですか?」
「ああ、これはですね――」
帰って来た時に起こった出来事について語る。
「そういうことですか」
目の前で二人の女性が正座させられている理由に納得したノンさん。
オリビアさんの隣へ行くと自分も正座をしてしまった。
「え、ええぇぇぇ!?」
「反省するということなら私も同罪ですね」
ノンさんもソフィアを甘やかしてしまった。
まだまだ若いノンさんだったが、自分の娘にとって娘に等しい存在は本当に可愛らしく映ってしまった。自分の娘ならきつく躾けなければならないところだが、孫は甘やかしてしまった。
「……屋敷にいる3人の祖母全員が全力で甘やかしてしまった訳ですね」
思わず頭を抱えてしまった。
そうして間に新たなる悩みの種がやって来た。
「こんにちは。さっきメリッサが帰って来たので他の皆さんも帰って来ていますよね。ですから今日は飲みませんか?」
宴会でもするつもりなのかお酒の入った瓶を抱えたメリッサの母であるミッシェルさんがやって来た。
そうして、ノンさんと同じように目の前の惨状について説明をするとノンさんの隣で正座をしてしまった。
「あなたもですか……」
「だって、『おばあちゃん』って感じで甘えてくるのですよ。だったら祖母として応えない訳にはいきません」
4人ともソフィアの可愛さに骨抜きにされている。
こんな状況が続くのは教育上よろしくないだろう。
「しばらく4人ともソフィアとの接触は禁止です」
『えぇ~~~』
「これは決定事項です。しばらくはアリスターにいられる予定ですから、その間にソフィアを躾けます。後、アルフを甘やかします」
4人とも甘えてくる女の子が可愛くてソフィアばっかり構っていたらしい。
その間、アルフは寂しい思いをしていたに違いない。
「分かったら仕事をしますよ」
「仕事?」
「久し振りに帰って来たのでミッシェルさんが言っていたように宴会をします」
それで少しは溜飲を下げてほしい。
材料は道具箱から出せば事足りるだろう。
「分かったわ。今日は騒ぎましょう」
「そういえば他の皆は?」
屋敷には母たちと赤ん坊たちしかいなかった。
他に屋敷で生活している面々の姿が見えない。
「カラリスは今日が非番だったから奥さんと子供を連れて外へ出掛けているわ。クリスたちは、もう少しすれば学校を卒業だから色々としているわ」
「色々?」
「卒業後の進路については私たちも口出ししないようにしているわ。大丈夫よ、あの子たちは私たちが思っている以上にしっかりとした子だから将来のことで無謀なことをするはずがないわ」
夏が終わる頃には学校を卒業となる。
その後は、大人の仲間入りを果たして生活をしなければならない。
クリスたちと進路について話をしたことはないが、便宜を計れるかもしれないから話をした方がいいかもしれない。
「止めておいた方がいいわ。あの子は、アリスターへ来てからあなたの世話になりっぱなしになっていることを負い目に感じていたわ。将来のことについてまで世話になってしまうのは負担にしかならないわ」
「分かりました。ただ、相談してくるようなら話には付き合います」
「それでいいわ。さあ、エルマーたちが学校から帰って来る前に準備を終えましょう」




