第50話 迷宮核の誓約
「まず、お前にはアリスターに対して手出しができないようになってもらう」
「誓約書でも書くか? それとも魔法で誓約するか?」
誓約書。以前、村長を嵌める為に使用した物で、書かれた内容は必ず遵守しなければならないというルールがある。ただ、書いた内容次第では抜け道なんていくらでもあるし、対抗魔法を用意しておけば違反した場合の対応も可能になっている。
それは、昼間に俺たちがやったような魔法による誓約でも同じだ。
だからこそ、もっと強力な物を用意させてもらった。
「迷宮踏争は知っているか?」
「何だ、それは?」
他の迷宮主になんて会ったことのないベントラーはやっぱり知らなかったか。
複数の迷宮主が一定の条件の下で競い合い、勝者は敗者に対して命令を下すことができる。
以前、リオとの間で行われた競争だ。
その時は、お互いに財宝を賭けたが、色々とあった末に勝負は有耶無耶にした。
それをベントラーとの間にも適用させてもらう。
「後付けで申し訳ないが、今回の競争は俺たちがお前の迷宮を最下層まで辿り着けるのかどうかを競うものとさせてもらった。結果、俺たちの勝利に終わった訳だ」
「それで?」
「当然、勝利したからには命令を下す権利がある訳だ」
こちらが要求することなど決まっている。
「お前や眷属、それからお前の【階級支配】の支配下にある人間がメティス王国へ入ることを禁ずる」
国内への侵入を禁止するぐらいのことをしなければ安心などできない。
「そんなことでいいのか……」
ベントラーが戸惑っている。
だが、内心では制約の裏を掻く方法を考えているに違いない。
尤も、これはそこまで生易しいものではない。
「ああ、いいぞ」
特に深く考えることもなくベントラーが了承する。
「がぁ……あっ!」
胸を押さえて苦しみにのた打ち回る。
「なんだ、これは……!」
「誓約に違反するからそうなる」
「なに……!?」
誓約に違反した場合には相応の苦しみが襲うことになる。
高いステータスが与えられているだけに死ぬようなことはないが、誓約に大きく違反しているベントラーは死んでしまいたいほどの激痛に苦しんでいた。
「さっさとスキルをオフにした方がいいぞ」
「どういうことだ!?」
「簡単な話だ。【階級支配】は自分よりも身分の低い相手を支配するスキル。もちろんエスタリア王国出身で外国にいる人間だって支配下に置くことができるんだろ」
どうにか外国へ逃げ出す人間は必ずいる。
これまでベントラーは外国に対して興味を持っていなかった。だからこそ支配下に置いて命令を下すだけで自国へ連れ戻すことができるにも関わらず命令を下すことを面倒に思っていた。
そして、無事に逃げ出せた人間はメティス王国にもいるのだろう。
だが、彼らは命令が下されていないだけで支配下にいることには変わりない。
「その状況はメティス王国に入国しているのと同義だ」
「クソッ……!」
ベントラーがスキルを解除する。
すると苦しみが幾分か和らいでいた。
「これで、お前は苦しみを我慢しながらでないと【階級支配】を使うことができない」
苦しみから解放される為にはメティス王国にいるエスタリア王国出身の人間を全員国外へ連れ出せばいい。
しかし、どれだけの人数がいるのか分からない。
そして、どこの誰なのかも分からない。
苦しい状況から逃げる者なら自分がどこから来た人間かなんて言うはずがない。
手掛かりが全くない状況から探せるはずがない。
「いいや、既に命令は下した」
全員に対してメティス王国から出るよう命令を下せばいい。
「それなら、それでいいさ」
今ので誓約を破った場合の苦しさは分かった。
何よりも迷宮踏争による誓約に抜け穴など存在しない。
『ご安心して下さい。彼には私からきつく灸を据えておきます』
神殿の奥から一人の青年が姿を現す。
イリスが横へズレて見えた姿はベントラーに似た銀髪の青年だった。
『もう、お分かりですね。私は、ここの迷宮核の意思です』
迷宮核に意識を転写した人物。
おそらくベントラーの先祖だろう。
『私は、この国に蔓延る身分格差をどうにかしたかった。だからこそ、心の奥底にあった願いを迷宮核が汲み取って【階級支配】という力を与えてくれた。だけど、人の寿命では私の願いを叶えることはできなかった』
身分格差を失くすまでには至らなかった。
だからこそ信頼のできる子孫にスキルと迷宮の座を渡した。
『私は亡くなる直前に迷宮へ細工を施して【階級支配】のスキルを持つ者だけは自由に迷宮の最下層へ転移できるようにした。スキルを渡した子も他人を思い遣れる本当に心の優しい少年だった』
だが、それは表向きの姿でしかなかった。
少年は、手にした力を確認すると迷宮からの干渉を全て断ち切ってエスタリア王国にいる人々を支配することだけに注力していった。
そうして、何世代にも渡ってスキルの悪用を続けた結果、国を裏から支配できるまでになった。
『残念なことに私の意識は封印されてしまい、最低限の維持ができるだけで何もできない状態が続いていました』
しかし、今になってこうして自由に出てくることができるようになった。
『それはあなたのおかげですよ』
「俺?」
『ええ。さすがに【階級支配】でもこれだけの人数を相手に命令を与え続けるのは至難です。迷宮核の助力もあって初めて可能となることです』
さらにダメ押しとなったのが『誓約』だ。
『私を縛っていたのも【階級支配】によるものです。そして、スキルによる影響が消えたことで私は自由になることができました』
意図した訳ではないが、迷宮核を自由にすることができたらしい。
『今回の一件は私の方からも謝ります』
「謝る必要はないですよ。こっちも本気でやりましたから」
『そう言っていただけると助かります』
そろそろ全員を集めることにしよう。
【召喚】でノエルを呼び寄せると背中に錫杖を突き付けられたファラも一緒におり、シルビアの傍には毒で動けなくなったパティもいる。アイラはいつの間にか簀巻きにされたリズベットを抱えていた。
「すみません、負けました……」
「同じく……」
「負けちゃった」
3人がベントラーに対して謝る。
「お前ら……もっとしっかりやれ!」
ベントラーから怒られてビクッと震える。
「お前たちが奴らの足止めをできていれば、こんなことにはならなかったんだぞ……!」
「ですが……」
「言い訳なんて聞きたくない!」
まるで駄々をこねる子供だ。
見ていられない。
「おい……!」
「なんだ!?」
「彼女たちは主であるお前の為に全力を尽くしてくれたんだ。主だったら労うことはあっても罵倒するようなことは絶対にあってはならない」
殴りたい衝動に駆られたが殴らない。
こんな奴でも帰って来るのを待っている人がいる。
「シルビア」
「はい」
パティに掛かっていた麻痺を解毒する。
ついでにアイラもリズベットを簀巻きから解放される。
3人とも自由を取り戻すとベントラーの傍へと駆け寄っていた。
「こっちは目的を果たした。後は、好きにしな」