第45話 どさくさ紛れ
アイラVSリズベット
アイラ視点
数万人という数えるのも呆れてしまうほどの人々に囲まれてしまった。
「目的地まではすぐだし、少し時間を稼ぐだけでいいでしょ」
その瞬間、取り囲んでいた人々が一斉に襲い掛かってくる。
「どこかで見たことのある光景……ああ、生きている人間に群がるアンデッドの群れに似ているのね」
これだけの人数がいるにもかかわらず、あたしにだけ敵意を向けて襲い掛かってきている。
襲撃者の容姿はバラバラ。
シャツにズボンという本当に一般人な格好をした者がいれば、都市を守る為に日夜頑張っている兵士の姿まで見られる。それらが成人男性だったのならまだいいけど、幼い子供や老人まで混じっているのは許せない。
子供はあたしに到達する前に後ろから押し寄せてくる大人たちに踏み潰されているし、老人は動かない自分の体に鞭を打って走っているせいで体が既にボロボロになっている。
角材を持った男性が近付いて来る。金槌も持っているし、大工かな?
大きく振り回して来た角材を跳んで回避する。そうなれば、あたしを中心に密集しようとしていた人たちに角材が当たる。
あ~あ……死にはしないだろうけど、当たり所が悪ければ可能性はある。
「ぐっ」
男の腹を叩いて強制的に眠らせる。
と、今度はコックが包丁を構えながら突っ込んで来る。
「危ないな、もう」
コックの手首を掴むと地面に倒す。
ついでに握る手に力を込めてやると手から力が抜けて包丁を手放す。怪我をさせないようギリギリの手加減で力を込める。料理人にとって手を負傷することは死ぬよりも辛いはずだ。
「げっ」
そうしている間にあたしの目に飛び込んできたのはハサミやら包丁を手にした主婦のみなさん。逞しく、男たちの中にあっても真っ先にあたしへと駆け付けていた。
一人ずつ武器を持つ手を叩いて武器を落としていく。
「はぁ、厄介ね……」
ここまで強くなってしまうと手加減をする方が難しい。
「だからこそアンタたちみたいな方がやりやすいのよね」
後ろから斬り付けられたため聖剣を後ろ手に掲げて防御する。
どさくさに紛れて攻撃してきた男の大剣を受け止める。そのまま大剣を弾くと男の頭を聖剣でペシッと叩く。
気絶した男が後ろへ倒れる。
同時に左右から二人の男が襲い掛かってくる。一人は、ナイフを手にした軽装のシーフで、もう一人は細い剣を手にした女性。
二人の攻撃をいなしながら後ろへ下がると突撃しか考えていなかった二人が衝突する。頭からぶつかった二人は気絶して倒れる。
そこへ一本の矢が飛んで来るけど、聖剣で斬ってしまう。矢が飛んで来た方向を見れば建物の屋上にいる青い髪の女性が攻撃を失敗してしまったことに顔を曇らせていた。
「パーティだったのかな?」
4人の間ではそれなりに連携が取れていた。
本来なら3人があたしのことを足止めしている最中に矢を当てるつもりだったんだろうけど、あっという間にやられてしまったせいで活躍する機会を失ってしまった。
「でも、キリがないわね」
突っ込んできた男の体当たりを逆に手首を掴んで投げ飛ばす。
金槌や斧、果ては木製の椅子なんて物を持ったまま突っ込んできた男たちを次々と叩いていって気絶させる。
全員、ベントラーに操られているだけの一般人。
殺してしまうのは申し訳ない。
けど、敵が尽きる様子はない。
10人を気絶させて地面に転がしたかと思えば20人が近くにいる。
100人を気絶させて広くなったかと思えば建物に潜んでいた200人が窓や扉から飛び出してくる。
走るゾンビのように手を突き出しながら近付いてきた女性を叩いて気絶させる。
「……!」
その影からヌッとローブに顔を隠した誰かが出てくる。
咄嗟に聖剣で斬り掛かると出てきた女性に紙一重でかわされる。
地面を聖剣が砕き、刃の上に足を乗せた女性が蹴りを繰り出してくる。
「見覚えのある顔ね」
蹴った時の衝撃で女性のローブが捲れていた。
あたしたちを以前に襲ってきた暗殺者の女だ。
「そういえばスウェールズ伯爵と会談中だったのよね」
ザルバーニュ伯爵の使いとしてエスターブールへ赴いていたアサシンは、簡単に支配されてしまい、今はベントラーにいいように使われている。
「とりあえず、しばらくは戦えないようにしておいてあげるわ」
聖剣で斬るとお腹から血を流して倒れる。
そこにおかしな姿はない。
けど、あたしはたしかに見た。倒れるアサシンが冷たい笑みを浮かべているところを……!
斬り捨てて離れようとしていた視線を倒れたアサシンへ向けたところ、そこにアサシンの姿はなかった。代わりにあったのは紫色のショートヘアーの女性――リズベットだ。
元の姿へと戻ったリズベットの手にはナイフが握られている。
左腕を前に出してナイフを受け止める。
そのまま右腕で円を描くように聖剣を振るうと【飛翔斬】によって飛んで行った斬撃が近付こうとしていた人たちの手前にある地面を斬り裂いて大きな溝を作った。
たしかに彼らは、あたしたちに対して敵意を抱いている。
けど、同時に生への執着も持っている。目の前に明確な死の危機があれば逃れようともする。
「やっぱり、このドサクサに紛れて攻撃してきたわね」
痛む腕を我慢してリズベットを持ち上げる。
目の前で20代の女性が苦しそうにしている。
「ええ、本来なら人混みに紛れて4人を一人ずつやっていく作戦だったんだけど、いきなり3人が姿を消すし、絶対の自信を持っていた暗殺はギリギリのところで見破られちゃうし……」
人は成功した後が最も油断する。
斬り捨てて有象無象と変わらないと判断してアサシンへの意識が緩んだところで攻撃してきた。
ところが、ギリギリになってあたしの勘が働いたことで失敗に終わった。
「これじゃあ、時間稼ぎにならないじゃない」
「もう、時間稼ぎをする必要はないわよ」
【迷宮同調】で繋がっているおかげでマルスたちが現在どこにいるのか理解することができる。
「ちょ……! どうして、あんたの仲間が最下層にいるのよ!」
当然、リズベットにだって主の置かれている状況が理解できる。
ベントラーの現在の状況――迷宮の最下層でマルスたちと対峙している。
「あたしたち……と言うよりもメリッサは、裏技みたいな方法で迷宮の最下層まで一気に行く方法を見つけたわ。それを実践しただけの話よ」
「そっか。これまで楽しかったけど、ここまでか」
なんだか諦めている様子のリズベット。
「安心しなさい」
手首を拘束する為の金属の環を取り出してリズベットの腕に填める。
「これは……?」
「魔力の抑制を制御する為の魔法道具。あたしたちぐらいの魔力があれば効果は薄いけど、向こうからの招待があるまでは大人しくしてもらうわよ」
「……殺さないの?」
「しないわよ、そんなこと」
あたしたちは目的さえ果たせばベントラーたちのことはどうでもいい。
だから、ベントラーたちをどうこうするつもりは最初からない。
「あんたがいなくなったら悲しむ相手がいるでしょ」
「な、何の事……?」
「惚けたって無駄。子供がいるでしょ」
「……」
リズベットは答えない。
それが答えを物語っているようなものだ。
「相手はあんたの主でしょ」
「そうよ」
「後、パティにもいるんじゃないかしら」
「その通りよ」
反論する気が起きないのかあたしの確認に一つ一つ答えていく。
やっぱり、二人に子供はいたか。
「どうして、分かったの?」
「勘、かな……」
そうとしか言いようがなかった。
二人ともなんとなく雰囲気の中に芯があった。あたしが母親になったから分かるようになったのかもしれない。
「……エスターブールの迷宮は、前の迷宮主が死ぬと一族の中から適任者を選び出して、その者に迷宮主とロンヴェルト子爵家を任せる仕組みになっているわ。で、迷宮主を支える眷属も一族の中から何名か選ばれることになるわ」
最大の選考基準は、迷宮主と良好な関係を築けるかどうか。
そして、何よりも強い血縁関係を持てるかどうかにある。迷宮主の一族と言っているが、選考の中にいる一族全員が前の迷宮主の子孫というのが実情だ。
人を支配することに特化した迷宮主は他人を信用することができなくなってしまった。敢えて信用するとしたら自分の子孫ぐらいしかいなくなってしまっていた。
複数いる迷宮眷属と関係を結んでいる迷宮主の下には多くの子孫がいる。
「それまで碌に話もしたことがないような間柄だったけど、関係は良好だし、数年も一緒にいれば子供ができるのは当然のこと。別に愛していないわけじゃない。けど、わたしとパティにとって最も大切なのは自分の子供よ。そして、最も辛いのが子供を遺していくこと」
それには、あたしも同意できる。
だから、遺していった者も遺された者も悲しむような展開にはしたくない。
「安心しなさい。あたしたちの選んだ未来はあんたたちにとっても悪くないはずよ」