第44話 見透かした先
パティに向かって走る。
間には何もなければ、周囲には誰もいない。
「それはどうでしょうか」
また思考を読まれたみたいで、わたしの考えに対して反応する。
突如、視界を塞ぐように1メートル四方の柱が立ち上ってくる。障害物を用意してわたしの足を止めようっていう魂胆よね。
『ま、この程度で止まるはずがないよね』
正面に向かって全力疾走。
柱なんかすり抜けてしまえばいい。
『【形状変化】の弱点の一つは、あくまでも形を変えているだけだから性質を変えるような真似はできない。それに彼女は性質を変化させるスキルまでは持っていないみたいだ。だから――』
突き出てきた柱は、普通の地面の同じ物。
わたしの【壁抜け】でも易々と通り抜けられる。
パティまで5メートル。
『で、どうするの?』
『……』
迷宮核の質問には答えない。
【読込】を持っているパティに知られてしまうから。
と、思っていたら大きく右へと跳ぶ。
そっか。答えなくても頭で考えただけで読まれてしまうんだから、読まれないように、と考えた時点でアウトだ。
「随分と危険な思考をお持ちですね」
「そう?」
「普通は、人の心臓を掴もうと考えたりはしませんよ」
強力な魔物を相手にしている時は、【壁抜け】で通り抜けてサクッと魔石を破壊するようにしている。どれだけ強力な外皮や鱗を持っている魔物でも命の源である魔石を破壊されれば生きていくことはできない。
それと同じように人間だって心臓を潰されれば生きていられない。
……ただ、パティを相手にそこまでするつもりはない。
「わたしは、家族の為にどんなことをしたってあなたたちを止めるつもりよ」
収納リングから取り出し、空中に現れる10本のナイフ。
それらを次々と投げ付ける。
「無駄です」
【形状変化】によって今度はパティを守るように壁が出現する。
分厚い地面の壁はナイフ程度を簡単に弾くことができる。
ただし、わたしが使ったのは普通のナイフじゃない。
「ぐっ、あっ……」
右肩と左腕にナイフが突き刺さったパティがよろめく。
壁を出現させたことで安心し切っていたパティは、まさか壁を擦り抜けてナイフが襲い掛かってくるなんて予想もしていなかった。さらに言えば頑強なガントレットを通り抜けて刺さるとは思わない。
「ミスリル製のナイフはいかが?」
わたし自身も壁を擦り抜けて斬り掛かる。
けれど、斬れたのはパティの胸を薄く斬れただけ。わたし自身も壁に視界が阻まれて距離感を失ってしまったみたい。
それでも、パティの不意を突くことができた。
「ミスリルは魔法やスキルとの親和性が高いため一時的なら効果を付与させることができるわ。だから【壁抜け】を付与したナイフを投擲したのよ」
「そんな作戦は……」
「ああ、そのこと。収納リングから取り出した残り8本のナイフは、切れ味は最高だけど普通のナイフ。そして、2本だけはミスリルのナイフだったの」
壁の向こう側を見ることができればナイフが8本落ちているのが見えるはず。
わたしは、こういう時に備えてナイフを何百本もストックしてある。収納リングなんていう持ち運びに便利な魔法道具を持っているから最低限の整理しかせずに収納していた。そして、収納リングから取り出す時は『ナイフを10本取り出す』としかイメージしていなかった。その中にミスリル製のナイフを何本混ぜるとかは考えていない。
だから、パティは『10本のナイフを取り出した』としか読めなかった。
「あなたは自分で言ったわ。メリッサの思考は、ゴチャゴチャし過ぎてよく読めないって……生憎、わたしの場合はたくさんのことを考えるのは苦手だから最低限の事だけを考えることにするわ」
メリッサがきちんと弱点を示してくれていった。
それに、もう一つ弱点が存在する。
「相手を視界に入れていないと通用しない、これもしっかりと覚えておかないといけないじゃない」
「そうね。さっきも防御のタイミングを変えるだけで対処はできたかもしれない」
防御を優先させて自分の視界を塞いでしまったパティ。
その状態では、わたしの思考を読むなんて不可能ね。
10本のナイフの中に2本のミスリル製ナイフが混ざっていることをわたしはしっかりと確認していた。その時点までに視界を塞いでいなければ、ミスリル製のナイフが混ざっていることには気付けたはず。
「それに、もっと単純な方法があるわ」
超高速で動きパティの背後を取る。
その動きをしっかりと追って私から離れている。
さすがは迷宮眷属。高いステータスを持っているだけあって対応できている。けど、目で追えて思考を読めるだけで具体的な対応策が練れている訳じゃない。
「貴女を見続ければいいだけです」
現にパティは、今わたしの思考を読んだ気になっているだけで全く読むことができなくなっていることに気付いていない。
作戦は順調。
ただし、向こうも忙しいみたいだから短期決戦に持ち込む必要がある。
「これから右側面から斬り付けるわ」
「……どういうつもりですか?」
パティが必死にわたしの思考を読もうとしている。
そして、わたしの言葉が間違いでないと確信すると頷いてから自分の予想を告げる。
「自分の行動を敢えて言うことによって私の動揺を誘うつもりですか?」
「さあ?」
「……」
この質問に関しては何も考えない。
それがパティをさらに深みへと誘うことになる。
「いいでしょう。どのような作戦だろうと考えなくてはなりません」
大きく踏み込んでパティへと近付く。
同時にわたしが攻撃する瞬間に合わせて殴れるよう右側へ向かって拳を叩き付ける。
「え……」
けど、そこにわたしはいない。
なぜなら、わたしはパティの左側面にいたから。
「もらった」
全く反対方向へ体を向けているパティ。
無防備な姿を晒しているところへ毒を塗ったナイフを刺す。
「この……!」
拳を戻して再度殴り掛かってくるけど、空振ってしまう。
パティに与えた毒は即効性の強い麻痺毒。すぐに麻痺が全身へと広がって体を全く動かせなくなるだけの力があるはずなのに耐えている。
ここまでは相手が迷宮眷属なのだから予想できた。
わたしの目的は、最初からパティを倒すことにない。
「なぜ……」
「あなたがいなくなると本気で悲しむ人がいるでしょ。だから、わたしはあなたをどうにかするつもりは最初からなかった。少しでも時間が稼げればそれでいい」
もう、麻痺が全身に回っている。
彼女のステータスなら明日の朝ぐらいには麻痺が抜けるはずだけど、少なくとも明朝までは戦闘なんてできない体になっている。
「……どうやら、今は思考が正常に読めるみたいですね」
「そうね。今はメリッサにもこっちに構っているような余裕がないからね」
「彼女が……そういうことですか」
パティも自分が誰の思考を読んでいたのか気付いたみたい。
わたしは【壁抜け】を使って【読込】の効果を擦り抜けさせていた。それによってパティの【読込】は有効範囲内に誰もいなくなってしまったせいでスキルは対象を失って無効になってしまった。
それが、わたしに【読込】が通用しなかった理由。
同時にわたしは【迷宮同調】を使っていた。普段から使用している念話は、【迷宮同調】によって同じ眷属と繋がることによって会話を可能にするスキル。つまり、その瞬間だけはわたしとメリッサは繋がることができる。
わたしを擦り抜けてしまったことで【読込】の対象になったのは繋がっていたメリッサ。
「あの子なら、わたしの思考を真似るなんて朝飯前よね」
しかも、真似ていることを悟らせないよう思考しながら。
こちらの状況も【迷宮同調】によって分かっている。後は、わたしは適切な行動をすればいいだけの話。
読んだ思考とは反対の行動をされてしまったせいでパティは無防備な姿を晒すことになってしまった。
「……いいでしょう。少し休ませてもらうことにします。私が補佐しているギルドマスターは戦闘力以外には取り柄のない人間です。最近、働き過ぎだったのでちょうどよかったです」
「ええ、横になっている間に全ては終わりますよ」




